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5話.彼女視点で語られる、彼と彼女のお話

 目の前で眠る人間の男を眺めながら、思考の海に埋没する。脳内では、何回も何回も同じシーンが再生される。それを思い出す度に、羞恥と怒りでどうにかしてしまいそうだ。だけれども、感情に任せて暴れ出すなんてはしたない真似はしない。それは妾の感情が、この人間によって揺さぶられていると認める行動に他ならないからだ。


 万の時を生きる妾が、こんなちっぽけな人間に心を動かされるなどあってはならない。生命としてのレベルが違うからこそ、妾は彼らとの約束を守ってやっているのだし、それは長い時を生きる妾の楽しみでもあった。


 ドラゴン――少なくとも妾は、弱者である人間に嘘はつかない。自分より弱い者に嘘をつくなど、まるで自分がそいつと同レベルだと自ら認めている様では無いか。それは強者たる妾に相応しいモノでは無いし、妾は未来永劫強者である事を望んでいる。人間とは愛でる物で、それ以上の期待はしていない。妾が勝手に約束を守り、人間共が勝手に妾に感謝をする。そうして得られた自尊心は、妾の心の隙間を満たすのに十分な役割を果たしていた。


 約束の履行は、妾にとって重要な物へと変わっていく。暇つぶし程度に始めたこの遊びは、思いの他自分に合っていたらしい。


 悲しい事に、妾は自身が圧倒的な力を持つ存在であることを知っていた。それも、まだまだ幼かった頃からだ。世界は広い、そして、沢山の生命がいる。だが、それらは総じて妾よりも弱い。妾と対等なのは同種族のドラゴンと、一部の選ばれた者達だけであった。


 妾と対等になるには神に愛された才能と、血の滲むような努力が必要だったのだろう。そうして、種族の限界値に達した者だけが妾と同様の存在となれる。妾が同格だと認める事が出来る。そのような存在に心揺さぶられるならば、まあ良い。


 今一度、目の前の人間――サルクといったか。そいつを眺める。何処からどう見ても普通の人間だ。特筆すべき力も、能力も何もない。吹けば飛ぶような、妾の本の気まぐれで生死が決まるような、そんなちっぽけな奴だ。つまりは明確な格下。それ故に、イライラする。


 ……狩の最中に油断をしたのは、完全に妾の失敗だった。


 百歩譲って、それは認めざるを得ない。ここら辺の獲物に、妾の生命を脅かす危険がある生物は一匹もいなかった。妾からしてしまえば奴らは敵では無く餌に過ぎない。

だからこそ、何処か意識も宙に浮いていた。昨日は少しばかり浮かれていたというのもある。


「久しぶりの面白い玩具」


 それが妾のサルクに対する評価。確かに最初は妾を見て硬直していた。人間達が妾を見て恐怖するのはいつもの事。それ故にその反応は特には気にしなかった。だが、物語を話し始めればその声に恐怖心は感じない。寧ろ楽しそうでもあった。だから、よっぽど豪胆な気性をしているのかと思えば、突然妾を恐れだす。良く分からない奴だと思った。


 極め付けは、妾があやつを殺そうとした時である。


「貴方に出来る最大の攻撃で、僕を殺して欲しい」


 ……妾は自分の耳を疑った。だがしかし、妾の耳が狂うことなどある筈も無い。死にたがりの戯言かと思ったのだが、サルクの瞳は爛々と輝きを放っている。殺して欲しいなんて言った人間とは思えない程、彼の瞳は生への渇望に溢れていた。


 言動や行動と、妾の抱く印象が全く繋がらない。それでいて、妾を出し抜こうとする気概も感じ取れない。久方ぶりに、妾の興味を引いた存在だった。


 忌々しいが認めよう。妾の退屈を紛らわす程の素質が、奴にあるのでは無いかと考えた。未知というのは、人生を彩るスパイスだと思う。だからこそ、昨日はちょっと浮かれていた。


 だからなのだろうか、背後から近寄るモンスターに気付かなかったのは。


 ポイズンウルフといったか、毒を持つ狼の魔物。そいつが背後から妾相手に攻撃をして来たのだ。人間の姿をしていると、実力差が感じ取れない愚か者が妾に攻撃を仕掛けてくる事はそれなりにある。


 まあ、奇襲自体には直ぐに気付く事が出来た。そして、その上で取るに足らない相手だと無視をした。人間の姿をしていると言っても、妾はドラゴンなのだ。狼程度では傷一つ負わせる事は出来ない。勿論、妾を舐めてくれた報復はしっかりとするが、それは後でもいい。無視しても特に問題は無いと判断したのだ。


 だがしかし、そんな妾を庇った存在がいた。サルクである。


 成程確かに、傍から見れば少女が恐ろしいモンスターに襲われている光景だったであろう。人間の男が助けに入るのはそう珍しい事でもない。……もっとも、その内容は天と地ほどの差があるのだが。


 まず、サルクは妾がドラゴンである事を知っているのだ。人や、その他のモンスター。それらが束になっても敵わない絶対的強者が妾で有る事を、あやつは知っておる筈だ。それにも関わらず、あやつは妾を助けた。


 意味が分からず困惑し、理解すると同時に怒りに震えた。


 こやつの中では、妾は庇護されるべき存在なのだ。


 思い返せば、こやつは最初に妾と会った時ドラゴンと呼び捨てにしやがった。曖昧で何を考えているのか分からなかった出来事も、そう考えれば全て辻褄があう。つまるところ、こやつは妾を舐めておるのだ。取るに足らない矮小な存在だと、妾の事を見下しておるに違いない。


 ……細かい感情は違うかも知れないが、間違ってはいないだろうと思う。

 

 サルクの行動は妾の誇りを傷つけるのには十分すぎた。このまま七日目を待っても良いが、舐められたまま終わるのは妾のプライドが許さない。秘蔵の万能薬を使う事に抵抗は無かった。


 この万能薬は人間にとっては強すぎる。どんな病気や毒も治療可能だし、生きてさえいればどんな怪我も――それこそ、四肢が欠損していても直す事が可能だ。だからこそ普通なら狼の毒で死ぬ筈だったこやつも、いずれ目を覚ます。


 その時に思い知らせてやるのだ。どちらが上で、どちらが下なのかを。


 もう一度、共に狩に行くのも良いかもしれない。ドラゴンの姿になって、大空を飛びまわってやるのも捨てがたい。単純に、面と向かって脅してやるのも趣があって良いかもしれない。


 なんにせよ妾が強者だと気付いた時、どんな反応をするのか楽しみだ。そしてその時もう一度「僕を殺して欲しい」なんて言葉が吐けるかな?


 妾はあやつとの約束を破らない。泣きわめこうが、絶望しようが七日目に最大の火炎で殺す。


 ドラゴンを侮った罪は重い。弱者に舐められたままでは終われない。妾の強さに平伏させ、その上で妾はあやつを殺す。その時が本当に楽しみだ。


 気付けば、怒りは消え失せていた。代わりに、別の感情が胸を占めている。それを自覚しながらも、妾はそれを否定した。……代わりに、絶対者としての言葉を投げかけよう。


「妾の薬を使ったんじゃぞ? ……早く目覚めるのじゃ」


 ドラゴンがここまでしてやったのだ。目覚めないなんて事は認められない。死ぬなんて以ての外だ。絶対に、妾が上なのだと理解させる。それまでは、こやつが死ぬ事は許されない。


 口から出た言葉は本心か、それとも出まかせか。少なくとも、妾は人間相手に嘘はつかないとだけ言っておこう――。


語尾を「-じゃ」で書きたかったが、違和感が仕事していたので断念。悲しみ。

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