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4話.そして、彼と彼女は動き出す

 彼女からの余命宣告を受け入れて、翌日。僕は今更ながらに彼女との種族の違いを実感していた。……いや、前から分かってはいたのだが、ここにきて浮き彫りになったとでも言った方がしっくりとくる。


 人間である僕と、ドラゴンである彼女との違いは余りにも多い。単純な力の強さは言わずもがな、翼や爪など僕達には無い力も彼女は持っている。種族が違えば、力も特徴も違う。それは当然の事だ。


 そして、そういった特徴が身体的特徴が異なるのならば常識も違う。僕にとっての常識――人間にとっての常識は彼女には通用しない。何故なら、彼女は僕達には想像もつかない程の力を持っているからだ。僕達の常識は、弱い種族が生き残る為に生まれた知恵の塊に過ぎない。僕達が語る常識は、絶対者である彼女にとって不必要で非効率的な規約に過ぎないのだ。


 力を持つ者には、持つなりの常識がある。彼女の見る世界は、僕には理解など一生かかっても出来ない物なのだろう。何故なら僕は人間で、僕達は持たざる者だからだ。


 ……常識の食い違いから起こる意識のすれ違い。それは往々にして起こり得る。僕と彼女だってそれは例外では無かった。断言しよう、僕は限界が近い。


 少なくとも、後一週間もこの生活をする事は僕には不可能だ。このまま生活を続ければ、彼女との約束を果たせないまま僕は事切れてしまうだろう。早急に僕と彼女の常識を擦り合わせる必要がある。このままでは、普通に死んでしまう。


 僕が置かれている状況の深刻度はご理解頂けたと思う。知らない、という事は時に人を殺す。例え彼女に悪意が無いとしても、驚くほどあっさりと僕は死ぬ。人間とはそういうモノだし、そうやって世界は回って来た。


 ――端的に言おう。空腹で死にそうだ。


 最大の誤算は、ドラゴンが食事を余り必要としない事。そして、それを知らなかった事だったのだろう。無知な自分自身が招いた生命の危機。思い返せば、最後にご飯を食べたのは昨日の朝。それ以来僕は食材を口に入れていない。ざっと見積もって一日。たった一日、されど一日僕はエネルギーを摂取していないのだ。人間にとって、この状況は絶望的である。


 確かに昔は――具体的に言うならば、ドラゴンとの契約をしていなかった頃。その頃は一日か二日食べれない事が普通だったらしい。食事だけでは無い、彼らは外敵からも村を守る必要があった。男は武装して村を護り、女性は次代の男を育てる。ドラゴンとの契約前は、明日があるのかすらも分からない日々が続いていた。


 その生活が一変する事になったのは、目の前の彼女の力が大きい。


 ドラゴンとの契約によって、僕達は確かな安全を手に入れた。戦いに生きていた男たちは、農業に従事するようになり暮らしも豊かになった。そしてこの話は、僕が生まれる前のお話。

 

 僕達だって、ご先祖様は人外レベルの方々だったのだ。食事も満足に摂っていないのに、外敵と勇猛に戦っていた彼らには頭が下がる。……少し話が逸れてしまったか。


 つまりだ、今まで三食満足のいくまで食べる事が出来ていた僕としては、今の状況は耐えられる物では無い。かといって、この状況を変える妙案が浮かぶ気配も無い。正に八方ふさがりだった。


 ……いや、活路はあるのだ。僕のちっぽけなプライドを無視する事さえ出来れば、この状況を変える事は容易に出来る。


 ちっぽけなプライドを守り続けて、昨夜を過ごした。下らない理由だとは思う。でも、今更「腹が減りました」なんて言葉を発するのは出来ない。いや、発したくない。


 とはいえ、僕の空腹が既に限界状態なのも事実。そしてこれが、後五日続く。後五日……。


「あの、ドラゴン様」


「んん? なんじゃ? 人間」


「お腹が減って死にそうです……」


 誇りは投げ捨てた。真に優先するべき物の前では他の全てが無意味に等しい。僕は本当に大切なたった一つの真実に気付いたのだ。絶対に一週間後までは死ねない。それが彼女との約束で、そして僕の望みでもあるからだ。これを果たす為に今の僕は生きている。つまり、これ以外はどうでもいいとまで言える。何故気付かなかったのだろうか。


「お、おお? そうか、人間は食事が必要じゃったな……」


 僕の言葉を受け、困惑した表情から納得したような表情へ変わる彼女。コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。何時間でも、何日でも眺めていられそうだ。


「では食事といこうかの! 人間!」


 ――天からの迎えが来たのかと思った。


 パッと笑顔になり、そう言葉を発した彼女を、僕が忘れる事は無いだろう。彼女に送る言葉として、これは不適切な物だ。だから声に出す事はしない。心の中だけで、彼女を称えようと思う。


 ドラゴンが天使に見えただなんて、余りにも滑稽な話だ。でも少なくとも僕は彼女の一言で救われたし、後光が差しているように見えたのも事実。それに彼女が天使というのも、それはそれで良い気がする。そんな世界ならきっと、死んでも後悔は無いのだろう。


「着いて来るのじゃ!」


 先だって、洞窟の外に出た彼女を追いかける。ドラゴンの食事方法と言えば、古今東西一つしかない。


 ――狩。絶対的な力により糧を得る、最も原始的で最もスマートな方法だ。


 空腹感は完全に消失した。僕の胸中は、彼女が獲物を狩る姿を見れる幸福感で埋めつくされたのだ。外に出た僕を待っていたのは、人間の姿をしているドラゴンな彼女。彼女の銀色の髪に反射する太陽の光が、この上無く眩しい。


 眩しさに少しだけ目を瞑り、勿体ないと目を開ける。


 太陽の元で楽しそうに僕を呼ぶドラゴンはやはり愛らしく、そして美しかった。

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