第6話 モリスザイン、弾ける
大変な長らくお待たせしました。続きを待ってくれた読者の方に、感謝を
「********ーーー!?」
無数の銀の刃が空を疾走り、狼型の魔物を次々を絶命させていく。
「なんじゃこりゃぁ……夢でも見とるのか」
とある兵士の呆けたつぶやきは、その惨状を引き起こした者以外のその場に居る全員の気持ちを代弁しているかのようだった。
いや、だから僕を連れてきたんじゃないのかと。何を呆けているんだこの人達は。
事務仕事をしに来た浪人を捕まえて、魔物の大群の前に立たせているのはほかならぬアンタたちだろうに。
とはいえ、提示された報酬に目がくらんだ僕は、そんなやる気だだ下がりポイントには目をつぶっていた。
事務仕事を請け負っていたはずの僕、十野錬太郎が魔物退治に勤しんでいるのは、この世界の事情というやつが大きく関係していた。
***
街全体を囲うように建てられた長大な壁の内側にオグラはある。
これはオグラだけではなく、他の大抵の都市がこの形をとっている。
人間は根源たる力、理力を操ることができるようになり、程度の差はあれ、全員が超人化した。
だが、そんな進化を人間だけが遂げたわけではなかった。
人間以外の動物も軒並み理力の恩恵を受けて長所を伸ばし、短所を潰し、攻撃性を進化させて、魔物となった。
特に王種と分類される人語を解する強大な魔物は、至高天にも匹敵するほどの武威を備えているとされ、現在は死国地方の奥深くに生息していると言われている。
つまるところ種で見た場合、総じて魔物は人類よりも強大であった。
故に人類は防御壁を作り、さらに結界を張ってその中に街を作り、そこで生活するようになった、
防御壁と結界の組み合わせはかなり防御力のもので、理論上は王種クラスの魔物でなければまず破られることは無い。
しかも壁の内側は自給自足が可能なコロニーであり、保守的な人間であれば、一生を壁の内側で過ごすのも珍しくはなかった。
とはいえ、引きこもるだけでは街の外で魔物の氾濫を許すことになってしまうし、進歩という意味でも行き詰まってしまう。
そして、進化した魔物は人類にとって生活を豊かにする資源でもあった。
故に、時には人間側から魔物たちへ打って出ることもある。
僕はちょうど、そんな時に出くわしたのである。
***
組合から紹介を受けた三つの仕事の最後の一つを受けるため、僕は因縁深いオグラの東門へやってきていた。
仕事はいわゆる事務職で、乱雑になった過去の書類を整理、編集する仕事であった。
もちろん機密書類の類は除くのだが、こういった事務書類から、この世界のスタンダードな書式というのを学ぶつもりでもあった。
「げげぇ、銀薙の修羅……っ」
東門の守衛は、僕を見るなり持っていた槍を構えた。
まあ、警戒されるのは致し方無い。彼ももしかすると、あの時の戦闘で僕がぶっ飛ばした一人かもしれないし。
ただまあ、その訳のわからん二つ名はなんなんですかねえ。
「あの、浪人組合から仕事の紹介を受けたのですが」
僕は怯える守衛さんに、もはや伝家の宝刀と化した組合の紹介状を見せた。
守衛さんは恐る恐る紹介状を僕から取り上げると、僕と紹介状を交互に、信じられないといった様子で見比べた。
「ま、また暴れるとかじゃ、無いんだよな……」
コクコクと、僕は二度ほど首肯した。
「むむむ……了解した。済まないな、疑り深いのは職務上仕方なくてな」
未だ納得しかねるという風だったが、彼は精一杯平静に努めて、僕に紹介状を返してくれた。
「いえ、ご苦労さまです」
ほんと、もうすこし怠けてもバチは当たらないと思うのだが。
「……ああ。では通っていいぞ。入ってすぐのところに受付があるから、そこで入門証をもらって案内を受けてくれ」
***
「ひい」
「うおっ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
僕を見る人はたいてい恐れおののき、目線を合わそうとしない。
たしかに僕は人と馴れ合うつもりは無い。無いのだが、必要以上に恐れられる気もない。あんまり距離を置かれると、終いには泣きそうなんだが……?
だが、そんな僕にも気軽に声をかけてくる人も居たようで、
「よお、もう通行税を払いに来たのか」
声の方を見ると、東門の衛兵隊長のエルフ、木之塚シャルルがいた。
「シャルル。助かった」
「何のことだ……って、お前、ほんのちょっぴりでも愛想よく出来んかね。そんな仏頂面じゃあ、無駄に面倒を招くのじゃあないか?」
シャルルは僕の顔を見るなり呆れ混じりに言った。
――愛想? はっ、その発言に思わず失笑するわ。
シャルルよ、飲食店の接客で愛想笑いしたら大半がガチで怯えられるか極稀に爆笑されるかのどちらかの僕にソレを求めるというのか……?
「おい、だから理力駄々漏れで威圧するのをやめろっちゅうに」
おっといけない。セーブセーブ。
「おおっ、だいぶ上手くなったんだなあ、理力操作。息苦しさが随分と緩和されたぞ」
シャルルは僕の理力操作に随分と感嘆した様子だ。
「必要と言われて必死なんだ。結構しごかれている」
「へえ、お前を指導できるってどんな凄腕だよ」
「ピンクのエロフだ」
「エロ……?」
「なんでもない」
口をつぐむ僕を訝しげに見つめるシャルルだったが、少しして話題を変えてきた。
「それで、十野はなんで東門に? まさか本当に通行税を払いに来たのか」
「悪いが、まだ蓄えがないので払えない。今日はこれだ」
僕は組合の紹介状をシャルルにみせた。
「ええっ……? てっきりあっちの募集かと思ったのに。言っちゃあ何だが、似合わないな」
逆に聞くが、書類仕事が似合う男ってどんなやつなのか、ぜひご教授願いたい。
「……あっちの募集とは?」
「ああ、間引きだよ。最近オグラ周辺の魔物の活動が活発になっているからな。近々討伐隊を組織して、街の外に出るんだよ」
「ふーん」
魔物とは、いわゆる攻撃的に進化した野生動物の事だったか。僕がオグラに来るまで倒して食ってきたのも魔物だというらしいが。
まあ僕には関係ない。あまり油を売っていもいけないし、おしゃべりも程々にしなければ。
「それじゃあシャルル、僕はこれで――」
「そうだっ! せっかくだから十野も参加してくれよ」
シャルルが何か意味不明なことを言い出した。なにがどう「せっかく」なのだ。
「いや僕はこれから事務の仕事に――」
「俺の方から話は通してやるし、達成扱いにもしてやる」
「いや、そういう問題じゃ――」
「じゃあ、通行税の免除に、加えて稼ぎは出来高制にしよう。額面にして……これくらいかな」
シャルルが提示した額は、僕が向こう数ヶ月は衣食住には困らない程度のものだった。それがたった一日で……?
「乗った」
やはり、僕はどうにもチョロいらしい。
***
10人単位の部隊が4つ、そのうちの一つに僕がいる。
僕たちはオグラの近くにある森林地帯に足を運んでいた。
「モリスザイン」
僕の手の上でうにょうにょと蠢く金属球。
僕の武器たる謎のオーパーツ、モリスザインはその形を自由自在に変化させ、剣に、棍に、斧に、トンファーに、銃に、ありとあらゆる武器の形を取る。
便利だからと使っていたモリスザインだったが、どうにもこれは僕の理力を使って形や質量を変化させていることがわかった。
今まで僕は理力をだだ漏れにしていたそうだから、制御を覚えた今、ふと理力を遮断してモリスザインに触れてみることを思いついた。
思いつきは的中し、最初は変化を見せたモリスザインは、次第にその動きを緩慢なものになり、最後には動かなくなった。
形はともかく、質量まで増減するのには何らかの物質的なからくりがあると踏んでいたが、なるほど理力であれば納得がいく。
何しろ「根源」のエネルギーということだからな。謎物質の謎動力に転用できても不思議ではない。言ってて矛盾してるのはわかるけどさ。
「なあ、それ、どうなってるんだ。どこで手に入れたんだ?」
同じチームの一人が、恐る恐る興味本位に尋ねてきた。
「いや、僕にもよくわかっていないんだ。気がつけば傍にあったというか、ポケットに突っ込まれていたというか」
「はぁ……?」
僕の要領を得ない説明に、彼は首をかしげた。
自分でもよくわかっていないものを、うまく説明できるはずもなかった。
「良ければ使ってみますか?」
「ええっ、いいのかよ」
僕は彼にうなずいた。ここは一つ、検証にご協力頂きたい。
「銀閃の修羅の武器か……どれどれ」
「おい、やめとけって、人の武器にみだりに触れるもんじゃない。彼に失礼だろ?」
別の兵士が金属球状態のモリスザインを手に取ろうとする彼を咎めた。
いや、失礼とかそういうのはいいから。
「いいだろう、別に。本人がいいって言ってるんだから。なあ?」
最初はおっかなびっくりといった感じで話しかけてきた彼は、物怖じにせずに僕に同意を求めた。
いいことだ、後で名前を聞いておこう。
僕は、彼らにうなずいて見せた。
「ありがとよ。それじゃあ……」
僕はこぶし大の大きさに戻したモリスザインを彼に手渡した。
「へえ、コレが……って、どうやって形を変えるんだ?」
「その球に理力を込めながら、変化させたい形を頭に思い浮かべてください」
「わ、わかった。……んん? やっぱり何も起きないぞ?」
……ふむ、もしかすると。
「あの、貴方も、試してみてもらってもいいですか?」
「な、俺もかぁ? いや、俺は別に……」
まあまあ、そう遠慮しなさんなって、という気持ちを込めて、理力を高めてみた。
「ひぃ、わ、分かった」
あ、これ便利だわ。多用したらそこらのチンピラと変わらないから自重は必要だろうけど。便利であっても堕落したいわけじゃあないからな。
「えっと、じゃあ……や、やっぱりダメみたいだ」
「……そうですか」
僕はモリスザインを彼から返してもらった。
なるほど、モリスザインは僕の理力にしか反応しないということか。
僕の専用武器か。悪用の心配はないし、なによりロマンがあるじゃあないか。
「*********ーーー……」
魔物の遠吠えが聞こえた。犬に近い響きにおそらくは狼型であるとあたりをつけた。
「様子を見てきます」
「え、ちょっと」
静止するようなことを言われた気がするが、あえて無視をした。
これは斥候役を買って出たまでのこと。手に負えない用ならすぐに退くだけだ。
一攫千金のチャンス、役所仕えに遠慮していたのでは、逃してしまうことになる。
「あ、いた」
魔物はやはり狼型。それも巨大、全長は数メートルはある白い体毛の狼の群れであった。
地球の生態系では考えられない異形、だが、ここではこれも珍しくない。
ま、オグラにたどり着くまでにも、似たようなのはいたし。
「さあ、はじめようか、モリスザイン」
モリスザインを槍の形に変化させ、僕は狼型の群れに突撃した。
***
「ふっ」
一振りで首をそぎ落とし。
「はっ」
噛みつくために間抜けに開かれた口の中へ槍をつきこんだ。
「おおっ」
絶命した狼を刺したまま、棍棒のようにモリスザインを振り回し、狼型たちを薙払った。
「*****……」
暴威を振るう僕という存在に、ようやっと警戒し始めたらしい。
十数体の狼型は僕の様子を伺うように、僕から一定の距離を取りつつ、僕を包囲している。
だが、それは悪手だ。
これは僕による狩りである前に生存競争なのだ。
彼我の戦力差に差があるのなら、撤退を視野にいれることは何らおかしなことではないのに。
「逃げれば追わない、と言ってもわからないか」
僕は理力の放出を高め、狼型を威圧した。
狩った分の出来高とはいえ、むやみに狩り尽くす気はない。
逃げたければ逃げろ。僕に向かってきたのならば、自己防衛のために倒すまで。
「*******ーーー!!」
僕の威圧に対し、狼型たちは咆哮を以って応じた。
「オーライ……」
人間ごときに背を向けるのはよしとしないらしい。まあ体格の差は明らか、矮小な奴相手に逃げ帰るのはすっきりしないだろうな。
だったら僕も、全力で相手をするまでだ。
モリスザインの特性を、理力を操作できるようになった今だから出来そうなことを、試してみたい。
「モリスザイン、弾けて増えろ」
僕はモリスザインを空中へ放った。
「*******……!?」
僕の意図の読めぬ行動に、奴らも狼狽を見せた。
僕の理力を受けたモリスザインは、水風船が割れるが如くにはじけ飛んだ。
流体の軟性を得て、モリスザインは次々と分裂して、その数を増やしていく。
分裂するモリスザインは、鋭利な刃へと姿を変えた。
そして――
「全弾、一斉射」
銀閃が、豪雨の如く降り注いだ。
「******ーーー!!」
形容しがたい悲鳴が、辺り一帯に響いた。
あとに残るのは、無残な狼型の死骸のみ。
とはいえ、死んだ魔物は全体からすればごくわずかだ。
「なんじゃこりゃあ……夢でも見とるのか」
部隊が追いついたようだ。
「どうも、お手間を取らせぬよう、先に片付けておきました」
「嘘です。本当は小遣い稼ぎのためだよ」とは、息を呑んで狼型の死骸を見つめる彼らには言えなかった。
結構、やっちまったらしい。