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第4話 身分が保証されているのは幸せなのだということ(前)

クリームヒルト支部長との面接を無難にやり過ごした僕、十野錬太郎(とおのれんたろう)は審査の結果、甲種1級・乙種3級の浪人派遣組合員となった。

 この等級は、初期に与えられる階位としてはかなりのものだそうで、特に甲種――肉体労働系では、中堅やベテランの一歩手前ぐらいの評価ということだ。

 

 初めから段位まで取得しているのは、前歴で既に実績を得ているものに限られるのが通例となっていることから、無名の素人としては破格の待遇と言えた。

 これで初期に選べる仕事の選択肢の幅は増えるが、実績が無い状態からのスタートとなり、階位の査定は厳しいので油断しないようにと、クリームヒルト支部長には釘を刺されていた。



~~~



「ちっ、ついてねえなあ。なんで俺が修羅か羅刹みたいな野郎を相手に仕事しなきゃいけないんだ」

 

 目の前のむくつけき筋肉だるまが言った。

 僕が知るものかよ。あとほんのちょっぴり目つきが悪いのは認めてやらないこともないが、そんなの愛嬌のうちだろ愛嬌。

禿頭で眼帯つけてる従業員の方がよっぽど怖いわぶっ飛ばすぞ。


「そんな理力をむき出しにするなよ、冗談だよ、冗談」


「はて、なんのことか僕にはさっぱり」


「ケロッと虐殺しそうな気迫しやがってからに……」

 

 僕は今、浪人派遣組合の相談カウンターにて僕の初めての職場についてマッチングをしているところだ。

組合に加入した僕についた担当が、この目の前にいる口の悪い筋肉ダルマ、沢渡ランゲだった。

浅黒い肌にぴったりはりつく薄いシャツ、それを押し上げる筋肉にいかつい顔がよく似合う、事務なんて到底似合わない奴である。

理力制御の勉強中の身としては、理力を当ててもおびえない担当が必要とのことでこの人選らしいが……。


別にかわいい女の子を望んでいるわけではないのだ。


職のない自分に対し、親身になって相談に乗ってくれるなら、性別は問わないし、外見だって気にしない。

でもいきなり仕事相手を見てついていないとぼやくやつを誰が信用できるのか。

 ランゲは気のない様子で僕のデータが書かれた書類に目を向けた。


「十野レンタロウ。身長184cm、体重78kg。登録時の適性試験において優秀な成績を収め、甲種1級、乙種3級の階位を得る……前歴は記憶喪失のため不明と。まあ字面だけ見りゃあ真っ当だが、どう考えてもまとも(・・・)じゃねえよなぁ」


「……やる気が無いなら、担当から外れてくれませんかね。仕事以前に斡旋担当との間にそもそも不適合を起こしているみたいだ」


「せっかちな奴だなあ。本当に嫌なわけがないだろう、冗句ジョークだよ。なんだかんだ前置きはつけたが、こっちも仕事なんだ。優秀な人材を腐らせるような、国益に反することはしないさ。さて、希望を聞かせてもらおうか、お前さんの階位なら、大概の職種は斡旋できるぜ」


 ランゲはきりりと引き締まった顔をした。職務に対しては真面目であるのは本当らしい。

初めからそうしろよと言いたい。

 だが、希望と言われてもピンと来ない。<空っぽ>な身の上にそのようなものは無いのだ。

しいて言うなら食っちゃ寝してるだけで世界中の子供達から毎日1円ずつお恵みがもらえる仕事がいいのだが、それを言ったらぶっ飛ばされるだろうか。

  

 こちとら東門の通行税といい、組合から貸し与えられている寄宿舎の利用料といい、それらは保留ツケにしてもらっているだけで、免除されたわけではない。

 当座は早急に借金は返済し、綺麗な身の上になるのが最優先だ。

 ルールは守り、誠意は忘れてはならないのだ。でなければ、必ずどこかで足を救われることだろう。

 因果応報、情けは人のためならずという風に、生き方とは、必ず自分に跳ね返ってくるものなのだから。


「では、とりあえず。短期の仕事で日払い可、甲種、乙種の指定は無しで、そこそこ稼ぎのいいおすすめを幾つか紹介してほしい」


「職種の指定は無しでいいのか?」


「ああ。それなりに稼げるところであれば、ありがたい」


「わかった、ちょっと待てよ……」


 ランゲは、テーブルの上に立てられていた冊子ファイルを手に取った。

 ペラペラとめくると、その中身をいくつか取り出し、僕の前に並べた。


「とりあえず3つ、短期でってことだからな。鳶職とびしょくに、酒屋の給仕、それから役所の事務員」


 確かにどの案件も日払い可、日給も100えん前後だから気前はいい。生活費を差し引いても少しずつ貯金できる計算になる。

 余談だが、ここでの円貨幣価値は日本におけるドルレートに近い。

圓の下の位は銭と数える。こちらは二桁までしかない。


「では、この三つを順に受けます」


「おい、詳しい内容を聞かないでいいのか」


「かまわない」


「わかった。……じゃあこいつを持って行ってくれ」


 ランゲから手渡されたのは硬い紙のカードが3枚。


「これが紹介状だ。番号と斡旋先が書いてあるから、対応するものを向こうの責任者に渡して、仕事終わりにサインを貰え。それを組合に持ってきたら依頼料を換金する。期間の差はあれど、組合の仲介を受けた仕事の報酬は全部組合を通じて支払う。わかったか」


 僕はランゲの話に頷いて、そそくさと組合を後にした。



~~~


 

 鳶職とは、建設業界の花形である。とは聞いたことはあったが。


「よっ、はっ!」


「せいやっ!」


「いくぞぉ!」


 僕の目の前で展開されるアクロバティックな建築風景はなんだろうか。

 法被はっぴのような外套をまとった絞り込まれた肉体の男たちが、木材を片手に屋台骨を飛び交っているのだ。

 最初に選んだ鳶職の現場に来てみれば、そんな雑技団サーカスの演目染みた光景が目に入った。

 

「ようし、お前らいいぞう! その調子だ!」


飛び交う鳶職の男たちに大きな声を浴びせているのは、ねじりはちまきをしたロマンスグレーだった。紳士然とした風貌なのに、口調は荒々しかった。

 おそらく彼がこの現場の責任者なのだろう。

 記憶を失ってからの初めての仕事だ。声をかけるだけでも緊張する。


「あの、浪人派遣組合からの紹介で来たのですが」


「ん? おお、来てくれたかって――うおっ」


 責任者らしき男は僕を見るなり後ろにのけ反った。

 おそらく僕の理力と鋭い目つきに驚いたに違いない。

この手の反応はいよいよ慣れてきたので、構わず話を進めよう。


「組合の仲介表と僕の組合証です」


「お、おう」


 僕は、2枚のカードを彼に手渡した。

 仲介表は先にランゲに渡されたもので、組合証はごく簡単なプロフィールと階位、備考などが記載された名刺代わりの物だ。


「ほう、ランゲの仲介か。なるほど、確かに、いい体はしているか……」


 僕と手元のカードを交互に見ながら、彼は感心しているように言った。


「では、軽く使えるか見させてもらうとしよう。俺はここの棟梁だ、ついてきなさい。――お前たちは作業を続けてくれ!」


「「「ういーっす!」」」


 彼についていった先には積み上げられた角材が。


「じゃあ、こいつを抱えてみてくれ」


 棟梁が指定したのは、両手で何とか抱えこめそうな太さの木の角材であった。

 到底人力で持ち運びできそうなものではないのだが、ここは理力という不思議な力がある世界だ。やれないということはないはず。

現にアクロバティックを決めている徒弟たちもいることだし、チャレンジあるのみである。


「ふぅー……」


 これから僕が行うのは、理力操作による肉体強化。

理力操作で意識するのは、流れ。理力は血液のように僕の体の中を巡っている。

血液の流れを感じることはできないかもしれないが、エネルギーの祖と言える理力は例外だ。

 丹田を中心に、流動する力を感じ取る。

 あとは簡単だ、その流れを使いたいと思う方へ念じればいい。


「こぉぉぉぉっ」


 丹田に力を籠め、強く息を吐く。瞬間、体に力がみなぎってきた。

 理力の活性化だ。


「よし、腰を痛めないように、ジワリと持ち上げよう」


 声出しは、安全確認の基本である。

 力があると勘違いをして、ぎっくり腰にでもなったら笑えないからだ。

 しかし、そんな考えは杞憂とばかりに、角材は楽に持ちあがった。


「ふむ。それじゃあそのまま跳んでみろ。あの足場くらいまでの高さまでな」

 

 棟梁が示したのは5,6メートルはあろう高さだ。

 できないことはないだろうがジャンプの力加減は難しい。ついつい跳びすぎてしまうからだ。強化された肉体と意識の調整はまだ不完全だ。


「よっ、ほっ」


 最初は小さく、徐々に跳ぶ高さを大きくしていく。

 何回目かのジャンプで、棟梁が指定した高さまで飛ぶことが出来た。

 高所恐怖症でなくてよかった。


「うん。十分使えそうだな。いやあ、助かったぜ、一人ケガしちまっててな。納期もあるし、即戦力を募集してたんだ。よろしく頼むぞ」


 棟梁にぽんと肩を叩かれた。合格ということらしい。

 せいぜい、日給分は働いて文句を言われないようにしなくては。


「微力を尽くします」



~~~


のちに、建設業界の切りジョーカーと呼ばれる男の誕生の瞬間であった。

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