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第3話 適性試験

浪人派遣組合では組合への加入登録時に、例外なく適性試験を受けなければならない。

 これは、加入初期における仕事あっせん時のミスマッチを防ぐためであり、加入時に与える階位ランク認定の為でもあった。


 組合は、階位制度を設けており、肉体労働職を甲種、事務職を乙種に分けた上、7級から1級、1級から先は初段、二段と数字が上がっていき、組合員は能力と実績に応じて甲乙の両面で格付けされる。


 そして格付けが上になるほど、あっせんを受けることが出来る仕事の種類の増加、難度の上昇があるのだ。

 当初ハロー〇ークと思ったが、実際は読んで字のごとく派遣会社の類だった。ただ非営利組織の性質があるため、報酬から差し引かれる仲介手数料はごく小さなものに設定されているらしい。

 試験は筆記、実技、面接があり、ついでに簡易的な健康診断もあるとのことだった。


 

 ――筆記試験。


「計算問題や読み書きは全問正解、一方で時事問題や歴史問題、政治、経済に関わる問題はほとんどが空欄。埋めてあるのは理論的な部分のみ。小論文は独特だけど、道徳的な節度は認められる内容ね」


 というような評価だった。端的には、常識はないけどIQは平均以上ですよということだ。


――実技試験。


 家事全般、機械の操作と整備(電子制御の類が無いだけで、日本でも十分通じそうな技術がある)、そして――


「戦闘技能を試験します。通常試験官は別の担当が居るのだけれど、今回は特別に私が試験を担当するわ」


 浪人派遣組合・オグラ支部の建屋の一角にある修練場で、僕、十野錬太郎(とおのれんたろう)とオグラ支部支部長の鬼頭きとうクリームヒルトは相対していた。

 修練場はかなりの広さがあり、自由に組手ができる3つのスペースの他に、ダンベルなどのトレーニング機器も用意されている。

 

 支部長が直々に試験を担当するのはかなり珍しいらしく、僕たちはかなりの耳目を集めていた。

 訓練をしていた者たちが皆その手を休めて僕達に注意を向けているのだ。


「一つ質問なのですが、どうして戦闘技能まで見る必要があるんでしょうか?」


 見た目が大型の灰色熊である彼女(?)に僕は質問した。


「あなたも<外>から来たならわかると思うけど、街の外は凶暴な魔獣がいるわ。それに時には同じ人に刃を向けなければならないこともある。派遣先によっては身体能力だけではなく荒事への対応力も問われるから、組合員には戦闘技能の習熟も推奨しているのよ。向き不向きはあるにしても、心構えだけでも鍛えておくと、これがけっこう違うものなのよ」


 世界一かわいいかもしれない声から、この世界の現実の一端が伝わってくる。

 ある程度の荒事が許容されているのは、僕の中の日本人感からすれば違和感があった。

 けれど、必要とされるなら暴力を振るうことに躊躇いはない。

 荒事を好みはしないが、手っ取り早い(・・・・・・)という状況はあるだろうから。


「出来る限り理力を解放してやってみましょう。少しでも貴方が感知できるようにね。武器はそちらの練習用から好きなのを選んでね」


 クリームヒルト支部長が、両腕を広げるように高く上げた構えをとった。

 いかにも熊っぽいというか、猛獣というか。

 僕は一通りの武器の中から、拳を保護するオープンフィンガータイプのグローブを選んで装着した。


「うん? それは武器ではなくて防具だけど?」


「いえ、これでいいです」


 モリスザイン以外ではどうもしっくり来る気がしない。

 それに直感だが僕の本領はおそらく徒手空拳だ。

 グローブがしっかりとはまったのを確認して、僕はクリームヒルト支部長に向き直った。


「じゃあ、行きます。適当に加減をお願いします」


「それは無理そうね。こんな理力を前に手加減だなんて」


 先に仕掛けたのはクリームヒルト支部長だった。

 肌がひりつくような咆哮を上げて、あっという間に僕との距離を詰めてきた。


「っ!」


 振り上げた巨腕が僕に向かって振り落とされる。

 その動きは、鈍重そうな見た目よりも遥かに素早い。だが見える。身体は動く。

 振り落とされる彼女の腕を僕は横から当てることで軌道を逸らした。


「「おおっ」」


 ギャラリーからどよめきが起きた。

 間髪入れずに連続して振るわれる彼女の腕を僕は連続で弾き、軌道を逸らした。パーリングの技術だ。

 攻撃は鋭く、弾いただけでも僕の腕にはしびれが起きる。

 だが腕は動くから問題ない。直撃しなければそれでいい。

 攻撃を弾きながら、僕は大きく踏み込みクリームヒルト支部長の懐へ肉薄した。


 僕の手がとどく位置、彼女の振り下ろしに合わせ、カウンター気味の一撃を彼女に叩き込んだ。

 直撃だ。


「ぐうっ」


 しかしダメージを受けるのはむしろ僕の方。拳から伝わるはずの柔らかい筋肉の感触はまるでなく、まるで硬い鋼鉄を叩いているかのような印象だ。

 そして一瞬の僕の怯みをクリームヒルト支部長は見逃さない。

 姿勢を低くし、頭からのタックルで僕を吹き飛ばした。

 簡単に意識が飛んで、認識したときにはもう遅い。倒れた僕をクリームヒルト支部長が追撃とばかりに踏みつけた。


「ぐがっ」


 痛い。アドレナリンの分泌が追いつかない衝撃に頭がくらくらする。

 僕の冷静な部分は降参しろと叫んでいる。意識を手放せと警告してくる。

 でも、何故か意識は途切れない。

 クリームヒルト支部長が僕の頭を鷲掴みして身体を持ち上げると、空いたもう片方の手で、僕の身体を殴りつけた。


「がはっ」


「全然ね。貴方の理力は全然衰えない。本当はこんな攻撃全然聞いていないんでしょう?」


 嘘だ。何を言っているんだこのサディスト熊野郎。

 痛くて苦しくてしょうがないぞ。早く帰りたい。

 

 僕の身体を何度も殴りつけた後、クリームヒルト(・・・・・・・)は掴んでいた僕の身体を空中へ放ると、無防備な僕へ連続して攻撃を叩き込んだ。

 なすすべもなく、空中に浮いたまま傷めつけられ、トドメの一撃とばかりに放たれた蹴りが僕を修練場の壁まで吹き飛ばした。

 

「ぐ、が」


 うつ伏せに僕は倒れた。もはや言葉を紡ぐこともままならない。

 だが、それだけではなかった。


「……?」


 色が、見えた。

 微かに映るぼやけた視界の端、自分の手が淡い白い光に包まれているのが。

 同時に、身体の中から何かが湧き上がってくる。

 それは荒々しく衝動のような力。


「おおっ」


 僕は跳ね起きた。

 

「おおおおおっ」


 吼えずにいられない。

 与えられたダメージはすでになく、気力は充実して興奮状態。

 クリームヒルトが悠然とこちらに歩み寄ってくる。


「さらに理力が上がった。恐ろしいわね。まだまだやる気十分といったところかしら」


 クリームヒルトからも色が見えた。彼女の光は淡いみどりの光。優しい色だった。

 それに他のギャラリーの色も見えた。赤、紫、黄色……強弱はあれどそれぞれ固有の色を持っている。


「なんだ、この色は」


「ふうん、理力を視覚で捉えているのね。稀有な性質よ。普通はもっと感覚的な捉え方なのだけれどね」


「……では、この身体の中から湧き上がってくるこれが」


「そう、それが理力。森羅万象、あらゆるものに宿る根源的な力。理力が起こす力は物理法則よりも上位の次元。人間が極めればこの世に新たな法を生み出すこともできる、世界の支える力。そして、理力を極め、神威(カムイ)を得た人間のことを<(てん)>と呼ぶ」


「根源的な力……僕はこれが、だだ漏れだったと?」


「という風に他人には見えていただけでしょう。さらなる理力の発露を見た今となっては、あれでも抑えられていたものだとわかる。それだけ、あなたの理力を生み出す循環が優れているということ。それこそ身体から溢れ出すほどに」


 人はこの力を感覚的に捉えるのだという。自分の中から湧き上がるのなら活力となって頼もしい限りだが、外部から感じるソレは圧力となりうる。

 なるほど、息苦しいというのもうなずける。いわゆるプレッシャーという空気感だ。


「理力は、生命の危機により平時よりも大きく燃焼するというわ。だから私は貴方を追い立てた。加えて打撃には理力を込めて衝撃として貴方の内部へ打ち込んだ。ちょっと乱暴だったけど、貴方が理力を感じれるようになってよかったわ」


 結果オーライ、みたいに言わないでくれ。本当に痛かったのだ。

 理力というのもなんとなくだが理解した。もっと勉強が必要な分野ではあるが。

 だけど僕は――


「やられっぱなしで引き下がるほど、大人しい性格をしていない……!」


「これは……本当に天に匹敵する理力の発露っ! どうしよう、本当に抑えが効かないかもっ」


「せめて一発は返します」


 僕は構え、一歩踏み込んだ。


「しっ」


 床に亀裂が走る。一足でクリームヒルトへ肉薄して拳を下から突き出した。


「ぐうっ……!」


 クリームヒルトは反応したが、ガードするだけにとどまった。

 ガードを弾き飛ばして、クリームヒルトを無防備にした。


 何発も殴られた。こんな痛い思いを記憶を失って幾ばくも無いうちに味わうとは思わなかった。

 その鬱憤をぶつけるように僕はがら空きのクリームヒルトの鼻っ柱に拳を叩き込む。


「おおおおおおっ」


 今度は肉を撃つ確かな手応えがあった。

 そしてクリームヒルトの熊の頭部が跡形もなく吹き飛んだ。


「っ……!?」


 やり過ぎたのかと一瞬思ったが、熊の頭部があった場所には、整った顔つきの美人がいた。

 やはり欧風の女性の顔つき、耳は尖ったエルフ耳、金髪がよく映えたお嬢さんであった。


「着ぐるみ……?」

 

 着ぐるみの頭だけ脱いだような美人のクリームヒルトは呆けた僕の前に、手をかざした。


「試験は終了します。此処から先はお互いただでは済まないでしょうから」


「あ、はい……」


 なんとなく気の抜けた僕は、構えを解いた。

 

「これにて、十野レンタロウの戦闘試験を終了します。お疲れ様でした。――はい、見学の人たちもこれで解散しなさいね」


 ざわざわと、それぞれ先の試験の感想を言いながら素直に散っていく。

 化け物、人相最悪、修羅、羅刹とか、色々不穏な言葉が聞こえたけど、聞かなかったことにした。

 そんな人物が僕であってたまるか。


「さて、あとは面接と簡易健康診断だけど、少し休む?」


気が付くと熊の顔に戻したクリームヒルトが僕に声をかけた。


「いえ、大丈夫です」


「そう、なら医務室で簡易健康診断を先に受けてきて、それから面接をしましょう。受付には話を通しておくから、終わったら、私の執務室に来てください」


 クリームヒルトはそう言い残して去っていった。

 先程までの獰猛な熊とは思えない穏やかさである。

 かくいう自分も、すでに心は穏やかなものだ。一発は返してすっきりしたのかもしれない。

 僕は医務室に向かうため、注目の視線を無視しながら修練室を後にした。





~~~



「くか、くかかかか」


 知らず、剣呑な響きを持つ笑い声が漏れてしまった。

 錬太郎に破壊されたのが嘘のように熊の顔は修復されている。

 その熊の顔の下で、鬼頭クリームヒルトは笑っていた。

 執務室に向かう道すがら、そんな彼女を見て、皆が硬直し身をすくませた。

 今の彼女は錬太郎で言うところの理力の駄々漏れ状態であった。つまり、彼女の意思とは無関係に人に警戒を抱かせ、圧力を掛けてしまう。

 人によってはそのプレッシャーに当てられただけで気絶してしまうだろう。


「間抜けな話ね。天を目指せるものが、浪人になって食い扶持を稼ごうとするなんて」


 理力の高さは、そのまま存在としての格を表す。錬太郎ほどにもなると、無意識で服従するものも出てくるほどの階位である。


「彼は間違いなく神威を得て天になる。そしてあの理力は波乱を呼ぶ類のもの」


 この皇国は天帝によって統治されているが、実際に取り仕切っているのは、天帝の下についている12名の至高天と呼ばれる存在だった。

 

 錬太郎はいずれ、彼らに接触するだろうとクリームヒルトは考える。

 天は同じ天同士、惹かれていくものだから。類は友を呼ぶともいう。 

 

 そうなれば衝突は避けられない可能性が高い。なぜならば、至高天は互いに争ってはならないと天帝に定められているが故に、彼らは己を試すことのできる存在を求めている。

 至高天ではないものの、天に至っているクリームヒルトでさえその()があるのだから、血の気の多い至高天であればおそらくは。


「でも、この地域を統治している至高天は争いは好まない気質だったわね」


 オグラを含む、玖州(きゅうしゅう)を統べる至高天、ここから一番近場の至高天は天としては稀有なことに争いを得意とする天ではない。

 けれどその芸能の力(・・・・・・)が特異かつ強力無比であるがゆえに、ついには至高天になってしまったという傑物なのだ。

 かくいうクリームヒルトもファンだったりする。


「まあ、彼自身が波乱を望んでいるわけでもなし。なるようにしかならないのなら、せめて彼にはちゃんと適性のあった職場を紹介しないと」


 アレだけの力を持っているにもかかわらず、十野錬太郎はまっとうに職を求めている人物だ。

 力に溺れることなく、労働に励んで対価を得ようとする心根は貴重なものだ。 

 彼が覇道を望まず日の下を歩きたいというのなら、その意志は尊重せなばなるまい。

 クリームヒルトは浪人派遣組合の執行員、労働者の希望と適性に従い、職場を斡旋する組織の一人なのだから。


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