第2話 浪人派遣組合
「よし、そちらに掛けてくれ」
城塞都市オグラ、その東門にある詰め所の取調室に案内された僕は、手錠を外されて着席を促された。
取調室なだけに、部屋は狭く圧迫感がある。けれど、明かりはちゃんとつけられているのが救いだ。
僕の取り調べを担当するのは、東門の責任者の一人である木之塚シャルルと呼ばれる美丈夫だ。ちなみに先程は兜をかぶっていたのでわからなかったが、よく見ると耳が長く、先端は上に向かって尖っている。俗に言うエルフ耳というやつだった。
「さて、道中に聞かせてもらった話を統合するとだ。貴様は、十野錬太郎という名前と一定の知識以外の記憶失った状態で目覚め、あてもなく人のいる場所を目指した。その先で我々と遭遇し、我々の勧告がうまく伝わらず戦闘となる、か」
「概ね、その通りです」
「ううむ……与太話もいいところだな」
シャルルは困ったように自分の頭に手をおいた。
「だが、オグラを知らない、理力を知らない。見るものをすべてを物珍しそうに見る態度はまるで田舎から上京してきた世間知らずのようだった。一応、そういう前提で話を進めるぞ。これが全部演技でしたってことなら見事に騙されたということだがな。だが実際、今も理力が駄々漏れだからなあ」
「駄々漏れ、なんですか?」
言い方が気になって身体を見るが、特に異常は見当たらなかった。
「駄々漏れ、だ。正直こうして相対しているのが息苦しくてしょうがない。それにこれだけ長時間開放していれば、相当体力も消耗するはずなんだがなあ。あと、せめてその鋭い目つきはどうにかならんか」
顔にまで文句をいわれたのではたまらない。
しかし、そうか。この目つきは鋭いのか。川に写った自分の顔は、ブサイクではないなとホッしたものだが、そんな落とし穴が。
「自分じゃあ、よくわからないんですが」
「はぁ、そうかい。だがお前は、やけに戦い慣れしているな。身体能力の高さは理力で説明が付くが、戦闘技術や胆力はそうもいかない。堂に入っていたから一朝一夕で身につけたものでは無いはずだ。十中八九、カタギじゃあ無いな」
それは僕が一番疑っているところだ、ほっとけ。
「はぁ……身体が不思議と動くんで、流れに身を任せてるだけなんですが」
「無意識であれってか。案外、どこぞの犯罪組織の一員だったりしてな。実際今、その線で他の手配中の犯罪者と照会させているが」
「それ、本人を前にして言いますか」
「まあ、そろそろ結果が出る頃だろう……ほらきた」
取調室の扉が叩かれ、これまた美形の女性兵が入室し、シャルルに一枚の紙と腕輪を渡した。
シャルルは紙を見ると、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん、シロか。下がっていいぞ。 ――残念だったな十野。今のところ、該当する指名手配犯とお前は一致しないそうだ。あくまで、今のところは、だけどな」
そんなに強調しなくてもいいだろう。まあ、そんなところにリストアップされて無いのはほっとしているが。
シャルルは女性兵を下がらせると、腕輪を差し出した。細い金属で出来ており、男の腕でも余裕で余るほどの大きさだ。
「コレをつけてくれ」
言われるがまま、僕は腕輪を腕に通した。
すると腕輪僕の腕に大きさにするりと縮小され、ピタリとはまった。
しかしすぐにヒビが入って腕輪はこわれて外れてしまった。
「なんです。これ」
シャルルは壊れた腕輪を見て、目を丸くしたかと思うと、額に手を当てた。
「うわ、壊れたよ。なんつー馬鹿理力だよ。今の腕輪な、犯罪者用の理力吸収装置だったんだ。一定以上の力を出させないためのな」
「いや、犯罪者用って」
自分は指名手配からは外れていたのではなかったか?
「だってお前、理力を制御出来ないんだろ? 理力がなんかもわかってないんだろ? だったらさ、つけるしか無いだろう。緊急措置だよ、緊急措置」
ひでえ。つーか意外とノリが軽いなシャルル。さっきの戦闘の時は気を張ってたのか。
なんか敬語を使う気が失せてきたな。
「ところで、僕のことは全て話したが、僕はこの場所についてまだ何も教えてもらって無いんだが」
「この場所って、オグラのことか」
「そのことを含めてもろもろ。理力ってなんだ? この街がこんな壁で覆われているのはどういうことだ?」
言い募る僕に対して、シャルルは僕の前に手をかざして抑えるようなジェスチャーをした。
「待てよ。常識のないお前には、どれだけ時間があっても説明しきれん。それは俺の職務の管轄外だ。それより先に決めなきゃあならんのは、今後のお前の身の振り方だ」
シャルルは、机を人差し指でトントンと叩き、
「うちの連中に怪我させたのは大負けに負けに負けて、正当防衛ということで不問にするとしても、通常通りに東門の通行税は払ってもらう必要がある。だが、お前には金が無い。住むところも、職も、記憶も、常識まで皆無と来た」
むっ、改めて指摘されると辛いものがあるな。だが不可抗力だ。僕のせいじゃあない。だよな?
「だが十野。お前は身体能力は申し分ないし、常識はないにしても、頭が悪いというわけじゃあなさそうだ。そしてこの街は常に労働力を必要としている。使える奴はいつでも歓迎できるということだ」
シャルルは立ち上がった。僕を見下ろし、皮肉げな笑みを向けてくる。
「十野レンタロウ。お前を、浪人派遣組合に推薦する。そこでいろいろ学んだ上で、またここに通行税を払いに来てくれ。その時までツケにしといてやる。」
「なんだ、そのなんとか組合というのは」
「仲介屋さ。職業斡旋のな」
~~~
――浪人派遣組合。
その起源は創世の時代、開拓者協会を前身とする、職業斡旋を主に取り扱う労働者の互助組織である。
「ハロー●ークってことか」
一晩を衛兵隊の詰め所で過ごした僕はシャルルに連れられ、件の浪人派遣組合の建屋に来ていた。表に出している看板には、浪人派遣組合・小倉支部と達筆で書かれている。
シャルルが言っていたこの街の名前って、北九州の小倉だったのか
「ぼうっとしてないで、行くぞ」
シャルルに続いて組合の建屋を入ると、そこには強面で屈強な男たちが、臨戦体制で僕を出迎えてくれた。
新人歓迎会?
「事前に通達してるだろう、こいつが例の理力駄々漏れ男だ。自分からふっかけない限り安全だから不用意に関わらないように」
シャルルが僕をぞんざいに紹介すると、男たちは散ってくれた。
「これも僕の理力のせい?」
「そうだ。警戒しないほうがおかしい。理力制御は最優先習得しろよな」
シャルルは受付にて支部長に面会の旨を伝えると、程なく係の人がやってきて、僕らを奥の部屋と案内した。
「支部長。お客様をお連れしました」
係の人に入室を促されると、そこには椅子に腰掛けた灰色の熊がいた。ベストを着込んで、小さな丸メガネを掛けている。
「いらっしゃい、木之塚隊長」
まあ、なんということでしょう。熊の口から発せられたのは、世界一かわいいよと賞賛してしまいそうな萌え萌えボイスだったのです。っと思わず丁寧語になってしまった。
「ご無沙汰です支部長。どうです、こいつが例の十野レンタロウですよ。見たとおり、やばそうな奴でしょう」
熊、もとい支部長は首を縦に動かして、僕の姿をまじまじと見つめた。
「ふむ……隙の無い立ち姿、ギラギラとした鋭い眼差し、そして溢れ出している強大な理力。一体どちらの<天>でしょうかと身構えてしまうほどね」
熊だからあまり表情は読めないが、関心したような声だった。まあ、褒められていると、前向きに受け取っておこう。
「十野、こちらが浪人派遣組合オグラ支部の支部長。鬼頭クリームヒルト殿だ」
僕は軽く会釈をして、自分の名を名乗った。
「よろしく、十野レンタロウさん。珍しい響きのお名前ねえ」
「……はぁ、はじめまして。珍しいというのは、よくわかりませんが」
「はっはっは。中々愉快な人だねえ」
支部長は鷹揚に笑ってみせた。
「さて……むん」
支部長がやおら立ち上がり腕を腰だめに構えると、一息の気合を入れた。
熊が武闘家のような構えをするなんてシュールな姿だ。カラテベアー? オーソドックスに両手を上げてガオーとしたほうがまだ迫力がある。
「動じないか。結構頑張っているのだけれど」
「俺は冷や汗だらだら、体の震えが止まりませんよ。十野が特別鈍いんだ」
クリームヒルトやシャルルの言葉から察するにどうやら僕はなにかしらの試しを受けたらしい。まったくなにも感じなかったが。
「なるほど。木之塚隊長から聞いていた事情は確認しました。東門衛兵隊の推薦を受諾し、十野レンタロウ殿を組合で預かりましょう」
「ありがとうございます。これで肩の荷が下りましたよ」
シャルルは一人、部屋の扉へと向かい、
「じゃあな、十野。早くお前と安心して語り合える日が来ることを願っているぜ」
そう言い捨ててシャルルは部屋を出た。
扉が締まり、部屋には熊、もとい支部長僕だけとなった。
「さて、善は急げとも言うし、早速はじめましょうか」
支部長が立ち上がり、座ったままの僕に近づき、僕の肩に手をおいた。
「何を?」
その時、僕にもわかるほどの笑みを支部長がしてみせた。
「――試験よ」