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第1話 モリスザイン、解放

「うう……! やっと街を見つけた……!」


 記憶をなくし、新たな一歩を踏み出した僕こと十野錬太郎は、三日三晩歩き続けた末にようやく街と言えるものを発見した。


 あれから僕は誰とも出会わず、民家一つも発見できずにいた。

 途中運良く見つけた川に沿って進み、途中で野犬や猪や熊に襲われながらも返り討ちにし、これを喰らうことで空腹をしのいだ。

 野生動物に対して、僕はまったくの忌避もなく暴力を振るうことが出来た。容赦も躊躇もなく、身体は自然と急所を突くべく動いた。

 そしてよどみなく血抜きをし、、皮をはいで、水で洗って、食べた。

 味はピンキリ、時々お察し。塩やコショウがあればもう少しマシになるのにな――と思う程度で腹も壊しやしない。


 どうなってんだ、かつての僕よ。無意識でこんな芸当ができるって相当アレな人じゃあないだろうか。


 そしてポケットに入っていた金属球、これがとんでもない謎アイテムだったのだ。

 僕が金属球を動物への牽制に使おうかと手にとったそのとき、金属球は脈動し、変形し、質量を増大させて一本の鈍器ハンマーとなったのだ。

 そして僕は、その鈍器で動物を殴り飛ばした。まあ、素手でもやれないことはなかったろうが、汚れちゃうしな。


 ひと段落ついてから色々試した所、この金属球は僕の意思に反応して自由に形を変えることができる上、質量や大きさも思うがままで、さらには分割、増殖させることも可能という僕の知っている物理法則を超越したオーパーツであったのだ。


 不可解の塊みたいな存在だが、便利には違いないので、今も捨てられずにいた。

 無意識で使える戦闘術・サバイバル術といい、この金属といい、記憶を失う前の僕という奴は一体何者なのだろうという疑問は尽きないが、どうせろくでもないのに違いない。

 きっとそうだ。だって今の僕は荒事を好まないのだから。

 

 ともかく今は街である。遠く丘から見た限りでは、街は長大な壁で囲われている。

 こんなのは、僕の知っている日本には存在しない。というか、日本以外を見ても当てはまるものはごく僅かで、それも僕の知っている形ではない。

 

 だがいい加減、人との出会いに飢えていた。

 今の僕の性格は自分でも言うのも何だが決して社交的というわけではない。

 人間大好きというわけでもない。

 それでもずうっと一人でいると、ひとり言が多くなっていけない。

 栄達を願う事はしない。一方で文明を捨て、社会を捨て、世捨て人になる気概は無い。

 程々の距離感で、程々の人間関係と社会の中で生きるつもりだ。

 友達や恋人が出来ないとしても、事務的なやり取りすらも無いと、流石に寂しいと思うのだ。


 自然、僕は駆け出していた。

 重ねて言うが、僕は人との出会いに飢えていたんだ。ようやく見つけた街にテンションが上がってもしょうがないじゃないか。

 けれど、ようやく門が見えてきた頃、


 「そこの男、止まれぇ!!」


 僕に向けて怒声が放たれた。

 僕を呼び止めたのは、門の前で拡声器らしき道具を向けた男である。

 そして門の前と外壁の上にはずらりと鎧を着こみ、武器を持つ兵士が立ち並んでいた。

 顔立ちは西洋系が多いだろうか。中には犬頭、熊頭など獣そのものといった毛むくじゃらの兵士もいた。

 アジア系は数えるほどしかいない。しょうゆ顔の姿は見えなかった。

 やはりここは日本ではない可能性が限りなく高い。しかし、一方で鎧や装備の端々には、和風の意匠が施されている。このちぐはぐした感じはなんだ? 

 被り物にしては、獣頭は精巧にすぎるし。


「貴様、一体何者だ! コレほどの理力を撒き散らすとは、宣戦布告と受けとっても仕方ないぞ!!」


 なんか物騒なことを言われた。意味がわからない。  


「敵対する意思がないのなら、今すぐその物騒な理力を収めろ。そして両手を上げるんだ!」


 やはり意味がわからない。<リリョク>とは一体何のことなのだろう。両手を上げろというのはわかるのだが。

 僕はしぶしぶ、緩慢な所作で両手を上げてみせた。


「……っ、だから! その理力を、収めろと言っている! なぜ更に強めるんだ!」


 ……いや、だからっ、知らんというのに。

 やっと人に出会えたというのに、なぜにいきなりこんな恫喝をされなくちゃあいけないんだ?

 お前は僕を知っているのか? 知らんのだろう? 


「リリョクとは何か? 僕はそれがなんなのか、まるでわからないんだが」


 勇気を出して一歩、僕は毅然と疑問を口にした。


「うっ……で、デタラメを言うな! 理力を知らぬ人間など、居るわけがないだろう! いいから理力を収めるのだ」


 一瞬、男は言葉をつまらせたが、すぐに激昂した。

 なんだよ、人が素直にものを尋ねたというのに。あんまりではないだろうか。


「これが最後通告だ。理力を収めろ、でなければ無力化の上、拘束させてもらう!」


 駄目だ。この手の手合は何を言っても無駄だろう。

 対話とは、双方の合意があってなされるものであって、相手その気が無いのでは、どうしようもない。

 

 僕は両手を下げた。それが合図となった。


「放てっ」


 壁の上から多数の青白い炎の珠が放物線を描いて放たれた。着弾先は当然僕だ。

 無力化と言ったな? あれは嘘だろう。こんなの当たったら火傷で済まないのじゃないか?

 

モリスザイン(・・・・・・)


 僕はあの金属球をポケットから取り出し、その名を呼んだ。

 金属球にはモリスザインと名付けた。<柔らかいもの>とか、そんな意味だ。

 名をつけ、言葉に出すと、より素早くイメージとの誤差なく形質を変化させることがわかっていた。


 形成したモリスザインは、長大な棒である。扱いやすく、リーチに優れている形態だ。


「伸びて喰らえ、モリスザイン」


 僕は降り注ぐ炎弾に向けてモリスザインを左右に振るった。

 モリスザインは僕のイメージに沿ってしなり(・・・)、伸長して炎弾を薙いだ。

 モリスザインが薙いだ軌跡の炎弾は、跡形もなく消え去った。


「何だ、あの武器は。――なんにせよ、やはりこの程度は、防ぐということか」


 男のつぶやきが聞こえた。

 いやいやいや、ちょっと待ってほしい。僕は必死なのだ。ぜひこの程度で終わらせてくれないだろうか。

 

「なんで攻撃を受けるのか、まったく覚え・・はないが……手を出したのは、そっちが先だからな」


 つまりこれは正当防衛だ。正当防衛なのだから、多少の抵抗はさせてもらうっ。

 僕はモリスザインを手に駆けだした。

 

 相手の兵士たちも号令を受けて、僕に向かってきた。

 雑兵に用はない。僕の狙いは、あの指示を出していた男だ。

 まるで戦国時代の合戦のような光景に僕は身のすくむ思いだ。

 けれど自分の生存を獲得するためには、時に戦わなければいけないこともある。


 今が、その時だ。


「「「おおおおおっ」」」

  

 彼らは雄叫びを上げて、手にした武器で僕に斬りかかってくる。

 敵の得物は80cm長の刀剣。リーチはこちらのほうが長い。

 彼らが振るうよりも早く、僕はモリスザインをぶち当てた。


「げばっ」

「ぐえっ」

「だばあっ」


 一度に三人吹っ飛ばす。殺すような一撃ではない。防具の上からだから、大きな傷になることはないだろう。

 

 続けざま、僕は足を止めずにモリスザインを振るい続ける。

 人の壁が僕の一撃を受けるたび瓦解した。なんとか無双と呼ばれるゲームのようだが、モリスザインから伝わる感触は生々しい。爽快感などあるわけもない。

 

「モリスザイン、しなって戻れ」


 助走をつけた僕はモリスザインを地面につきたて、その反動を利用して僕は飛び上がる。さらに、しなったモリスザインが元の棒状に戻ろうとする勢いを利用して、さらに高高度へ、舞い上がった。

 呆然とする兵士たちを飛び越え、僕は予想される着地点を確認した。

 

「せいっ」


 僕は落ちながらも伸ばしたモリスザインを振るって、着地点の雑兵を払って、安全地帯を確保。

 その先には――


「チェック」


「うっ……」


 僕はモリスザインの先を鋭く変化させ、指示を出していた男の喉元に突きつけた。

 一方、数瞬遅れて僕は取り囲まれ、その刃先はいつでも僕を突き刺せる状態にあった。

 ちょっとした膠着状態である。


「誤解があるようなのだけど」


「……誤解、だと?」


 指示を出していた男は、まるで欧米の映画俳優のような美丈夫であった。彼から流暢な日本語が出ると違和感が半端ない。いや、この際吹き替えと考えればいいのか。


「僕に敵対の意思はない。そちらが仕掛けてきたから、こっちも正当防衛として対処したまでのこと」


「し、しかし、貴様は理力を収めようとはしなかった、そればかりか――」


「そう、それだ。そのリリョクというのが何なのか。僕にはさっぱりわからない」


「……なに?」


 男は呆気にとられたような声を発した。その空気はすぐに周りにも伝播した。


「それに僕は記憶がなく、持っている知識も、アンタ達のとはどうやらズレがあるらしい」


「記憶が無い、知識にズレ。貴様、どういうことなのだ?」


「僕も一通りの説明をしたいし、受けたい。僕はここへ物騒な目的で来たわけではないと、それだけははっきりと言える。僕の安全を保証し、僕に話す機会をくれるのなら、これ以上の抵抗はしない」


 これは一つの賭けだった。

 この男が視野狭窄になっていてればアウト、周りの兵士が先走ってもアウト。

 適度な疑い深さと冷静さと優柔不断さが相手に求められる。

 

「いいだろう、ただ、詰め所に戻るまでは拘束はさせてもらうぞ。部下に示しがつかんからな」

 

 譲歩は引き出せた。拘束されるのは不本意だが、しょうがないか。


「わかった。頼むから、僕が武器を引っ込めたからといって、手荒く暑かったりしないでくれよ」


「それはこちらのセリフだ」


 僕は構えを解き、モリスザインを球体に戻した。


「お前たちも武器は収めろ。誰か、手錠をよこしてくれ。――貴様、記憶はないと言ったが、名前もそうなのか」


「いや、僕の名前は十野とおの錬太郎れんたろう。僕に関する僅かな記憶だ」

 

 僕は、名を名乗りつつ、素直に両手を差し出して手錠をかけられた。


「レンタロウ? 変わった名前だな?」


 知らんよ。そんな基準さえ、今の僕には無いんだ。


「ふむ、まあ後でじっくり聞かせてもらうとしよう。私は、木之塚シャルル。オグラ東門の衛兵隊長をしている。――よし、対象を確保した。これより詰め所まで帰投するぞ。救護班には怪我人の搬送を手配しておけ」


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