美女と野牛【4】 工事中
荷物持ちとしてパーティから受け取っていたカードデッキだけを準備して、僕は迷宮1階の端にある階段で土根を待つ。
他のメンバーにもカードは分配されているが、緊急時にカードを選んでいる暇はないので大抵のカードは僕が持たされる事となる。
迷宮内で拾う固定宝箱に設置されたカードは拾い尽くされ、残るはモンスターのドロップにしか頼れない現状、例え効果の薄い消耗品の入ったカードでも貴重である。
モンスターがカードを落とす確率は50%以下。
手に入ったとしても、スキル、魔法の巻物や、装備品なんかはその1%にも満たない。
階段に座りながら、帰還の玉と不思議な松明、回復アイテムのポーションしか入っていないカードの束を見つめ、僕は思う。
ま、どうせゲームが好きな佳世の事だ。
まだ本番にも入っていない階層でカードの種類は増やしたりはしないって事だろう。
先に進んで自分の用意した迷宮を遊んでほしいのだろうが、予想外の出来事に戸惑っているのだろうか?
それとも面白いと笑っているのだろうか?
「考えても仕方ないか……」
「あら、のろまでも考える事ってあるのね」
突然の背後からの言葉に、僕は驚いて振り返った。
土根は2階から僕を見下ろして立っていた。
既に鎧へと着替え、僕の様子を伺っていたらしい。
「視聴覚室で着替えたな?」
「丑田くんの迷宮への意気込みを確認したかっただけよ。数分だけ待たされて「行きたくない」なんて言ってたら中止にする所だったわ」
「面倒臭い」
「今更言っても中止にしないわよ!」
「する気もないくせに」
「わかってるじゃない、さ、行くわよ」
土根は2階の先へと進み、視界から消えていく。
2階の迷宮廊下へと出る扉とは反対方向に向かうので、僕は土根が転送装置で移動するのだと理解した。
2階以上の入口には転送装置があり、到達階層までなら別の階の入口に転送してくれる便利な道具だ。
つまり、特訓は3階以上で行われるという事なのだろう。
僕が2階へと到着した時、やはり土根は転送装置の前にいた。
「さ、早く移動するわよ」
既に階層を入力してしまったようで、転送装置のモニターには『転送を開始します。よろしいですか?』というメッセージと、『はい、いいえ』の選択肢が表示されている。
「そんなに急かさ――」
僕の言葉は最後まで言わせてもらえず、転送は開始された。
素手でスキルも魔法もない僕に何階で戦わせるというのか。
まさか、嫌いな人間をゲームオーバーにする為にこんな提案をしたのか?
僕の思考は久方ぶりにフル回転で頭を巡る。
ここ最近、寝て過ごしてきたからな。
そんな言い訳の結論までが転送の一瞬で終わり、視界が転送先の景色を映し出す。
そこは知らないフロアだった。
いくら学校にあるもので作られた迷宮とはいえ、どの階の入口も僅かな違いがある。
9階までを繰り返し攻略しているパーティの後ろを付いて歩いたのだ。その階層までの入口の違いは僕の頭にしっかりと入っている。
知らないという事は、つまり――。
「ここは迷宮の52階よ」
悪寒が全身に駆け巡る。
突飛すぎる異常事態に、僕は佳世からのメッセージでもあった放送内容を思い出しながら、土根という警戒すべき対象に『武器』を構えていた。
いつでも呼び出せる、僕の相棒。
「そう、やっぱり丑田くんで間違いないのね……」
僕の変化して縮んだ身長に、生えている2本の長い角に。
身長よりも巨大な両刃の斧に。
土根は驚かない。
「さあ、どうしてこんな事を続けるのか教えてちょうだい。10階の門番さん。いえ、迷宮の番人ミノタウロスとでも言えばいいのかしら?」
僕は笑っていた。
歓喜し、手にした斧が普段よりも軽く感じてしまう。
「君が迷える仔羊ではない事を見せてくれ。ただ迷宮に連れてこられた生け贄でないのなら――」
振った斧の風圧で、土根の体が押されていく。
いや、そんな生易しい結果になるような力で振るったつもりはない。壁に激突するように力は込めたはずなのだ。
しかし、ガリガリと床が削れながら、土根は剣を杖がわりにして、盾を構えて耐え抜いていた。
「――証を示せ!」
僕は突進する。
急ぐ事が、熱くなる事が大嫌いだと知れ渡っている僕は、本来なら猛牛のように激しく熱い性格をしている。
いじめられる学生を演じるには、のろまな牛になる必要があっただけだ。
数日ぶりの饒舌な自分に、僕は解放された気分だった。