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美女と野牛【3】 工事中

シャワーを浴びた僕は、作戦会議を行う視聴覚室へと向かった。

この迷宮の一階は生活する為の施設が揃っていて、空き教室が寝室に使われていたり、部室棟のシャワーが用意されていたりする。

大工の大ちゃんと呼ばれる職人を見つければ、一階を増改築する事が可能だなんてルールもあったが、別にどうでもいい話だ。


視聴覚室に入ると、既に全員が揃っていた。

部屋の中央には1つだけぽつんと長い机が残されていて、机を囲むように5つの椅子が並べられている。

その椅子に座って待っていた4人の視線が、僕へと集中する。

恥ずかしいのか、土根は既に如何わしい鎧から制服へと着替えている。

探索中だけ割り切って装備しているんだろうな。

いや、あれが気に入っているのなら、それも問題ではありそうではあるが。

「ま、のろまにしては及第点ね」

「そう言ってやるなよ土根さん。俺達が少しばかりシャワー長かったせいだよな、御隠居?」

一郎に御隠居と呼ばれた拳助は「じゃな」と頷く。

「丑田くんも、立ってないで席に着いて」

水瓶先生の言葉に促され、空いている席に座る。

もちろん彼らとは少しだけ離れた席にだ。用意された中央の椅子には座らない。

言うだけ無駄だと悟ったのか、土根は作戦会議を始めた。


「じゃ、どうして今日は早く探索を切り上げたかって本題を言うわね」

「そうそう、リーダー命令とはいえ、俺もどうしてなのか気になってたんだよな」

「まぁ、先生は少しレベルの高かったゴブリンが相手だったからなのかなとは思ったけど」

「水瓶先生は慎重じゃな。五階のレベル8ゴブリン一匹ではまだ余裕があったしのう」

レベルの目安は迷宮の階数と同等だ。

確かに5階では強敵だった怪物(モンスター)が出現したとは思う。

「まあ、連携が必須だけどね。腕力だけならレベル10なのに私が押し負けてたんだから、って本題はそこじゃないの!」


土根の言葉に、3人が首を傾げている。


「やっぱり10階にいる門番を撃破するには、もっとパーティが強くならなきゃいけないと思うの」

クラスメイト達が全滅した10階。

現在の最高到達階層で、門番がいる事がわかっている。

外が暗いので時間の感覚が狂いそうになるが、夜になると迷宮の主である佳世が、人を見下すような校内放送をしてくるのだ。

その中にはゲームオーバーになったクラスメイトの報告があったり、攻略のヒントがあったりするのだが。

まあ、それで全員が知っているわけだ。


10階の門番にクラスメイトが倒されたという事実を。


だから、九階までの探索で全員の戦力を底上げしているのが最近の日課となっている。

この先、何万階と迷宮は続くのに、10階程度で苦戦しているのだから失笑ものともいえるだろう。

そもそもまともに登っていたら3月までに登りきるなんて無理な事くらい土根は理解しているはずなのだが。


「で、一番パーティで活躍していない人って誰だと思う?」

土根が机を囲んでいる3人を見渡すようにして言い、彼らは全員が僕の方へと向いた。

「そういう事よ。夜までの時間は丑田くんを連れて迷宮で特訓してくるから」


「零士、なんて羨ましい奴!」

一郎の見苦しい嫉妬が聞こえてきたが、今はどうでもいい。

「あのさ、僕は別に留年しても構わないんだけど?」

「それで?」

「荷物持ちだけでも譲歩してると思うんだ」

「じゃあ、今日だけでもいいわ。丑田くんに心境の変化がなければ、これ以上手伝ってほしいとも思わないし、もう参加しなくて構わない。どう? これも譲歩じゃないかしら?」


そこまで僕にとっての好条件をつけていいものか。

そんな疑問が頭を巡ったが、それは三人も同じ思いだったようだ。一郎が口を開く。

「いいのか?」

「だって、大事な時に足手まといになられても困るでしょ?」

「そうじゃな……」

「それもそうか」


「そ、それでいいの?」

生徒達のさっぱりとした決断に、水瓶先生は言葉が出ないでいる。


「異議がなければ会議は以上よ」

僕も納得してそれ以上の追及は避けた。

「零士、土根さんに迷惑かけるんじゃないぞ!」

「まあ、学級委員長なら問題ないじゃろう」


「あ、危ない事だけはしないでね」

男子生徒が立ち去り、水瓶先生も心配そうにこちらを見ながら去っていた。

「それじゃ、丑田くんは準備したら階段前で待機していて。私も着替えたらすぐ向かうから」

「ああ、あの恥ずかしい鎧」

「ヴァルキリーの装備なんだから仕方なくよ!」

土根の迷宮におけるステータスは、レベル10の戦乙女(ヴァルキリー)という設定で、魔法も使えるオールラウンダーだったはずだ。

まあ、魔法を覚える事ができる巻物(スクロール)も、魔法専門職である一郎と水瓶先生に回していたせいもあるのか、習得魔法が少い彼女が力不足なのは否めない。

コスプレじみた前衛用(アタッカー)の装備が、土根に回されるのも仕方のない事だったのである。

「そっか、好きで装備してる線も考えてたけど」

「私を勝手に変態認定するな!」

ポニーテールが逆立ちしそうな程に怒り狂っている土根は、はあはあと息切れをして掴みかかろうと手を伸ばしてくる。


彼女の手が、僕の股間に近付く。


「ど、どこ触る気だよ!?」

僕は慌てて後ずさる。

「そこの長そうな立派なものよ!」


は?

僕の頭は、一瞬だけ思考停止した。

一郎、まずいぞ! いくら女にモテるお前でも、このビッチはやばい! 絶対に男数人は喰ってる!

清純派なんて嘘っぱちだからな!?


「やっぱり、あの鎧が好きなんじゃないか?」

「だれがあんなビキニを金属にしただけみたいな鎧! グラビア撮影だって言われたって私は御免なんだから!」


怒りまかせの手が、再び股間へと伸ばしてくる。


「土根! 言ってる事とやってる事が違う!」

「変わらないわよ! その立派なものを握り潰してやるわ!」


一郎! お前の将来の嫁がDVしそうでヤバい!


反撃も覚悟したが、土根の次の一手は打たれなかった。

「まあ、いいわ。丑田くんといるとイライラするけど、私の本来の性格じゃないもの」


よく言うよ。元清純派アイドルが。

ああ、だから『元』なのかもな。


中学生でアイドルデビューをした美貌の持ち主は、たった1年で活動を終了し、よりにもよって芸能科がある高校ではなく私立の滑り止めで選ぶような間宵高校へとやってきた。

今では学級委員長殿である。

のんびりした僕には苦手な、せかせかと動く女性なのだ。

時々、考え方が僕らしくなくなるのも、彼女に心を乱されているからに違いない。

毒舌も頻繁に吐くようになったかもな。


「それじゃ用意して向かうよ」

「こらっ! スルーするな!」

「駄洒落?」

「んぐっ……」


僕は土根を黙らせて、自分の私物がある教室へと戻った。

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