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美女と野牛【2】 工事中

この世界で入手できるカードはお宝だ。

色んなものがカードの中に封じ込められている。

それを呼び出して使うわけだが、僕はデッキと呼ばれるカードの束から【帰還の玉】というカードを取り出すと、リーダーである学級委員長の土根に手渡した。

カードテキストには効果が書かれていて、次の通りである。


使用者と、その周囲5メートル以内にいる仲間は迷宮のスタート地点へと帰還できる。


土根はそのカードを破り、帰還の玉を具現化させた。

「じゃあ、使うわよ」

僕以外の全員が頷き、土根が玉を掲げる。

僕が返事しないことは理解しているのだろう。僕の反応を待つ事はしないし、躊躇いも彼女は見せない。


光に包まれて、次の瞬間には見慣れた教室へと戻る。

1週間前まで普通に授業をしていた教室は、確かに見慣れてはいるのだが、それはこの迷宮になってからという意味だ。

布団があり、私物も置かれてしまっているそこは、すでに勉強を教えるような場所ではなくなってしまっている。

「それじゃ、シャワーを浴びたら会議室へ集合! 丑田くんもいいわね?」

美と知を兼ね備えた、誰からも慕われている学級委員長は、僕にだけは厳しい。ムスっとした表情を向ける。

所詮、できる少女といわれても、クラスの爪弾き者に嫌悪感を示すのは他のクラスメイトと変わらない。

「どうせ、行かないと怒る……」

「わかってるじゃない、遅れないでね」

そう言って美貌を歪ませた土根は、ふんと鼻息を荒くして教室を出ていった。

「零士、シャワー先に使わせてもらうわ」

「2名ずつしか使えないのはやはり面倒じゃのぅ」

続いて一郎と拳助が出ていった。

まあ、僕が一番動いていないのだから、探索後のシャワーを先に使うのも躊躇われるというものだ。それに、先を譲るのに何も問題はない。

クラスの外だけではあるが、僕と話をしてくれる友人の頼みは断れない。

「丑田くん、そんなに先生達と一緒に行動するのが嫌?」

出ていくクラスメイト達を見送る僕を見て、水瓶先生は心配そうに尋ねた。

「正直、面倒……」

僕が正直に答えると、どうしたものかと思案しているのだろう。水瓶先生は苦笑いだ。

「先生はね……、やっぱり留年はまずいと思うのよ」

その言葉に、僕は1週間前の出来事を思い出す。


「あんた達も留年して同じ目にあえばいいわ!」


間宵(まよい)市で噂になっている都市伝説にすがり付き、神の如き力を得てしまった少女は、その力を怨みの為だけに行使した。

名は五月佳世(いつつきかよ)

病気で留年して、クラスに馴染めなかった彼女は、僕達間宵高校2年2組の先生と生徒を100万階もある迷宮へと閉じ込めた。

出る方法は2つ。


1、この迷宮を攻略する

2、3学期まで閉じ込められて留年決定する


どうやらゲームのようなこの世界、ゲームオーバーになっても命までは取らないようで、復活さえすれば再開できるし、ゲームオーバーのままだろうと留年が決定しただけで帰されるそうだ。

リスクが少い事もあって、何人ものクラスメイトが迷宮に挑んだ。

結果、学級委員長、先生、一郎、拳助だけが残り、後はめでたくゲームオーバー。

誰にも誘われなかった僕にまで声がかかり、寝て留年を待とうと思っていた僕を強制的に学級委員長の土根は迷宮へと連れ出したというわけだ。

というか、人が少なくなった事で、どうやら一郎も拳助もなりふりかまわなくなってしまったらしい。

土根に頼まれたというよりは、友人に拝み倒されて僕は仕方なく了承した。

まあ、攻略は手伝えないにしても、彼等に恋路を応援してほしいと言われればやぶさかではない。

学校の外では僕は恋愛の相談だって受ける。


一郎は土根に。拳助は水瓶先生に。


しかし、目の前の水瓶先生も罪な人だ。

「好きな異性のタイプは?」と質問されて、「知的で年上の男性」と答えるのだから。

あれ以来、拳助は童顔に似合わない老人のような言葉遣いで話すようになって、勉強も人一倍頑張るようになった。

雑学を取り入れる為にパソコンでネットサーフィンだってしている。

先生が知りたそうな知識は先回りして検索しては彼女に認められたいと振る舞う。

さながら滑稽なピエロで、僕は乾いた笑みが浮かべられそうだ。


「どうかした?」

考え込んでいた僕を覗くように見ていた水瓶先生は、余計に心配そうな顔をしている。

「いえ……、僕よりも拳助を心配してあげて」

「克独院くん? 大丈夫よ。だって彼は強くて知識豊富だし」

「先生がそうさせたんだけどね」と言う本音は憚られた。


「先生、集合時間に遅れるよ」

「先生はそんなに長くシャワーを浴びません!」

「女性としては……、どうなの?」

「す、捨ててはいませんよ? まだ三十路に入りたてですし……」

「あ、そ……」

「うう……、本当ですよ?」

「そういう事にしとく」

「ううう……」


項垂れて、「まだ私は若い……わよね?」とブツブツいいながら去っていく水瓶先生を見送り、僕は教室の床で寝転がる。

布団や私物は僕の物で、この教室はもう僕の部屋になってしまっていた。

ゲームが終わるまで寝てればいいのに。

無駄な努力、ご苦労様としか言いようがない。


いや、ああ、そうだった。


これはゲームですらなかったな。

すっかりと彼らに毒されている事に気が付いた僕は、ぼんやりと教室の天井を眺めながら一郎と拳助が呼びにくるのを待った。

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