美女と野牛【1】
主人公視点で書き始めてダメそうだったので、書き直しました。
工事中の話は残してありますが、順次上書きしていきます。
「おい、牛! 牛乳とパンは買ってきたんだろうな?」
昼休み、学校の屋上でいかにもDQNな高校生が、丑田零士に言った。
着崩した、チェーン等のアクセサリーごてごての制服に統一された、派手なヘアースタイルの三人の男子生徒。
そのリーダー格と思われる人物からの質問を受けて、零士は黙々と購買部で買ってきた物を手渡していく。表情に怯えは微塵もなく、機械でできているのかと思うくらいに無表情だ。
こんな学校に入学したのだから仕方のないと諦めているようにも見える。見た目から柄の悪い不良少年がいること事態、この学校が高学力校ではないのは明白なのだが、意外にも名門大学進学者や著名人を輩出しているので、この市立間宵高校は侮れない。中学生で芸能界に進出したアイドルすら在学中なのだ。
まあ、そんな情報も零士にとっては特に意味はなく、非凡であろうが、凡人であろうが、DQNであろうが、宇宙人であろうが、どんなタイプでも違いはない。
等しい者としてカテゴライズされている。
「まっ、クラスの爪弾き者同士、仲良くやろうや」
「特進科の厄介者だったか? まぁ、零士くんはキビキビ動くってタイプじゃなさそうだしよ、うどの大木とかが似合ってるもんな。おまけに苗字が『うし』ときたら、のろま牛って呼ばれてもしゃーないわ」
「だな」
零士の大柄な姿を見てケラケラと笑う三人。
二年生から成績優秀で進学を目指す者は、一組と二組の特進科へと進み、それ以外の生徒は普通科として在学する。
たまたま零士と知り合った普通科の彼らは、彼をパシリとしてこき使っていた。
そんな『のろま牛』と呼ばれている大柄の少年は、彼らの話を興味なさそうに、眠たそうな目で見ている。
うどの大木という言葉が、その頭から出てくるのだ。
インテリヤクザくらいの就職先はあるかもしれない。
願わくばチンピラで終わってしまうような人生にならない事だけは祈ろう。零士はそんな事を考えていた。
そのインテリヤクザへと就職しそうな一人が質問する。
「で、『のろま牛』と言われてる零士くんが、昼休みに即行で一階の購買部から買い物を済ませてくるのに屋上まで三分かかってないんだが、実はのろまなふりしてるのかな? すっごく興味あるわー」
「牛が優秀すぎて軽く引くわー」
「だな」
彼らの中では既に答えは出ている。購買部では昼休み前にでも買い物はできるから、保健室などの近い場所から買いに行き、昼休みになる時間を狙って屋上に上がればいいのだから。
それが学校として正しいかはさておき、そこまでの非行をする少年と会話をしたかっただけの話だった。
しかし、そんな疑問でもない疑問に、顎へと手を当てた零士は即答する。
「何だ、そんな単純な疑問か。落ちればいい」
「「「はぁ!?」」」
「だから……、二階くらいの高さ、落ちればすぐだろ」
しばらくの沈黙していた三人は、零士の答えに耐えきれずに笑い転げる。
「ぎゃははははははっ! そうだな! 落ちれば早いわ! すげーよ牛は!」
「ぶふぉっ! げほっ! やべっ牛乳むせた!」
「零士くん、落ちて無傷だとしても、屋上まで来るのはどうすんのよ?」
「跳べばいい」
「ぎゃははははははははははははっ! 翼を授かったってか? レッドなんちゃらじゃねえっての!」
「あっくん、徹マン好きで栄養ドリンク飲んでるもんな! 今度、俺も卓囲む時は零士くんのオススメ飲みたいわー!」
「やべえ、腹痛い!」
「ねえ、僕からも質問していいかな?」
「ん? ああ、いいぜ。牛にはめっちゃ笑わせてもらったからよ」
あっくんと呼ばれたリーダー格が、涙目をこすりながら言った。残りの二人も頷いて同意している。
「君達は迷いってあるかい?」
「そりゃ人間、迷うだろ。捨て牌見たって和了の形がわからねー時は、リーチなんてされたら迷うぜ。この牌を切っていいのかってな」
「そりゃ、あっくんの徹マンの話っしょ。俺は麻雀よりもカラオケで何を歌うかが悩み所だな。美声もつとつらいわー」
「俺は何食うか考える時に悩むなあ」
三人の答えに満足したのか、零士は軽い笑みを見せた。
「君達は原点にして頂点なのかもね」
「どういう意味だ?」
リーダー格の質問に答えず、零士は踵を返して屋上から下りる階段のある方へと向かう。
「君達の迷宮はシンプルだ。クレタ型なら僕も迷わなくてすみそうだしね。じゃ、また明日」
建物の外と中をつなぐ扉の前で、零士は振り返りながら言った。
屋上に取り残された三人はその意味も理解できず、首を傾げながら零士を見送る。
これが丑田零士と呼ばれる少年の日常。
特進科で、留年していて、クラスメイトから嫌われていて、昼休みにパシリする程度の少年である。
進路に迷っている生徒の人生相談なんかを受ける事もあるが、アドバイスをするわけでもない。
三日後、その日常は一変する。
「丑田くん! どうしてカードをバラバラにしておくの!?」
学校の廊下。窓の外が真っ暗で、非常灯すら点いていない状況に、零士は松明で廊下を照らしている。
文句を言ってきたのはクラスメイトの学級委員長で、ポニーテールが似合う美少女だ。
名は土根愛美。今は訳あって露出度の高い鎧を身に纏っている。
剣と盾を手に持ち、まるでファンタジー世界の登場人物になってしまったかのようである。
実際、彼女の顔立ちやスタイルなら十分にその雰囲気は出ているし、何も知らない人間が見れば実写映画のワンシーンでも撮影しているのかと錯覚するだろう。
だが、その手や身に纏った装備は、常人なら身動きがとれない程の重さがあり、決して作り物ではない。
間宵高校の廊下は全て直線の、建物自体が長方形を積み重ねてできたようなシンプルな建物だったはずなのに、その廊下はカーブを描いていた。
これが夢でなければ、相当現実離れした事態が起きているのは疑いようがない。
更にカードケースから取り出された一枚のカードが液体入りの瓶に煙を立てながら変化すれば、その疑念すら浮かべる余地さえないとも言える。
零士も愛美も、その場所に何も感情を抱いていない辺り、もうすっかり慣れてしまったといった雰囲気だ。
「僕はこの方が探しやすいだけ」
ケースに入っていた――種類がバラバラの、法則性の欠片もない――カードの並びに文句を言われて、零士は愛美に答える。
フラスコのような瓶に入っている赤い液体を飲み干して、愛美は空になった瓶を床に叩き付ける。
ガシャンと割れた瓶は、数秒の後にカードへと変化する。
カード名は左上に『ガラス』と書かれていて、上半分にはイラスト、下半分にはテキストと、まあよくあるカードゲームに使われるデザインをしていた。
テキストには『合成素材として使用できる』といった説明がされていて、如何にもそれらしい。
カードの裏面はどのカードも共通で、黒に白で染められた淵。そして中央には大きな十字のマーク。
十字は単色で描かれてなく、金と銀の線が交差していている。
その十字の外側を囲むように、赤、青、黄、緑の四色で、四つの直角ごとに違う色で描かれていた。
床にあるそのカードを愛美は拾い上げ、手渡されたカードの束の一番後ろに混ぜた後、それをじろじろと見ながら言う。
「そんな訳ないでしょ!? じゃあ何? この束の15番目を丑田くんは答えられる?」
「『帰還の玉』でしょ」
即答に慌てながらも愛美が確認すると、零士の言う通り15枚目は『帰還の玉』だった。
テキストには『5メートル以内の仲間と一緒に、迷宮の入口へと帰還できる』と書かれている。
「まぐれ……、よね?」
愛美の呟きに、零士は首を横に振る。
「一枚目から、ポーション、ポーション、不思議な松明、スライムゼリー、鉄、帰還の玉、不思議な松明、ドヤ顔の銅貨、紙、ポーション、羊さんコイン、帰還の玉、木工用1ポンド、じゃり線、そして帰還の玉だよね?」
確認しながら、決して当てずっぽうではない零士の答えに、愛美は美顔を引き攣らせている。
「それってまるまる暗記してるのと一緒じゃない!」
「微妙に違う。バラバラな程、頭にイメージしやすくなる」
「それが理解不能だって言ってるのよ……」
天才とバカは紙一重と言うが、まさにこの事を言うのだろう。
成績優秀のくせに、わざとなのか特進科の枠を食いつぶしている成績一位の留年生。
のんびりとした性格で、『のろま牛』と呼ばれ、遅刻、欠席、早退、授業もまともに受けていないのに先生からは御咎めがまったくない。そして協調性の欠片もない。
爪弾き者になるのも当然の事で、クラスでは当然に無視されている存在だ。
そんな存在と協力しなければいけない事態に、愛美は苛立ちを募らせている。
日常に異変が起きて一週間。二年二組の生徒と担任は学校に閉じ込められ、複雑な構造へと変化した学校で出口を探す日々を送っている。
六月、夏休みにはまだ早い時期である。
土根のポニーテールは怒りで逆立ってみたり、震えてみたり、別の生き物のような動きをするな。
愛美の怒りをよそに、零士はそんな事を考えている。
「父さん、妖気ですって言ってみて」
「私の父親は目玉じゃないわよ! ってか、人の話を真面目に聞け!」
「つまらない話を真面目に聞いたら、それはやはりつまらない話だ」
「違う、違う、そうじゃ……、そうじゃない!」
「愛は渡せない?」
「もっと違うわっ! 誰がネットスラングの『違う、そうじゃない』の元ネタを歌えといった!」
「このタグがついてる動画って結構面白いよね」
「今はどうでもいいわっ! 丑田くん? あなた自分がした事を理解してる?」
「絶対押すなよって言われたら、押すよね?」
「コントじゃないのよ! 私達の進級がかかってるの!」
「僕はもう留年してるしね。関係ないね」
「あああっ! イライラする!」
「大丈夫、ほら、一郎も拳助も水瓶先生も来たよ」
零士が廊下の先を指さして、曲がった先から松明の明かりとともに男子生徒二名と女性の担任教師がやってきた。
迷宮になった学校で、仲間がバラバラに飛ばされるトラップを作動させ、出口を探す気もなく、二日前まで迷宮で寝て過ごしていた零士は、その迷惑級の存在感を自覚せず、そんな非日常を過ごしていた。