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第三ボタン

作者: 有馬奈央
掲載日:2015/02/09

「あ、……」


実家に帰省していた時、突然母に掃除命令を発表された。「すみやかに自分の部屋を片付けるように」と。大学生になってからというもの、実家を出て一人暮らしをするようになった。そのため、小学校から使い続けた勉強机(正確には遊び机だが)とその周辺を処分するということらしい。つまり、業者が呼べるくらいに部屋をきれいにしろということだ。非常に残念なことなのだが、「せっかくの帰省だから」という気持ちでぐーたらしてはいられない状況らしい。

机を整理していたら、コロッと音を立てて床に何かが落ちた。さもめんどくさい、といことが誰から見たって分かるだろう。私は、とてもゆっくりとした動作で、しゃがみこんだ。この辺にあるだろうと思って、机と壁のすき間に手を入れる。ガサゴソと、やたらめったらに引っ掻き回せば、ほこりやシャー芯に混じって黒ずんだボタンがひとつ出てきた。おおかた、さっき落とした正体なのだろう。

ゴミは、ゴミ箱に入れようとしたとき、ふとそのボタンがただのボタンではないらしいことが分かった。黒ずんではいるが、マークのようなものが入っているのに気付いたからだ。


「なんのマークだっけか…、んー……校章かなぁ?」


んー…と、うろ覚えの記憶をたどってみる。数十秒考えては見たが覚えがないような気がした。そもそも、いくら自分が通った学校だったからと言って正確な校章までも覚えている人がいるのだろうか。結局、120秒ほど記憶の海をさまよってる中で分かったことは、ふたつ。自分の母校の校章さえもろくに覚えていないらしいという残念な記憶回路と、これは明らかに自分のものではないということだった。


「ゆうーっ、進んでるー?」


一階の居間から、母の大きめな声が聞こえてくる。今も昔も、母にとって私は、子供でしかないようだ。そんなに大きな声で言わなくても大丈夫。ちゃんと聞こえてるよ。


「かたづけてはいるー」


家の中だというのに、少し声を張り上げて言った。最近母の耳が悪いらしいからだ。何度も言うのはいやだし、何より近所に聞こえていそうで恥ずかしい。


トントン、という規則正しい音を立てて階段を上がる音がした。少しして音がやんだかと思うと、ノックもなしに扉が開かれた。無遠慮に開かれたドアを見た私は、家族間では遠慮という配慮が欠けているのかもしれないと頭の片隅で少しだけ思った。


「なーにー?」


振り返らずとも、先ほど大声で話していた母以外に違いないと分かっていた私は、なんとも気だるい声を出していた。そんな声を聞き、また部屋の惨状(片づけというより、よけい散らかったような状態)を見て盛大にため息を吐いた。


「全然片付いてないじゃない」

「んー…、まだ途中だって」

「むしろ酷くなってるんじゃない?」


うすうす勘付いていたことをぐさりと言われた。母とは、常に子どもの心を読んでしまえるような能力、テレパシーか何かが備わっているのではないかと時々疑いたくなる。そんな、一種の能力を会得しているらしい母は、「はいこれ」と言って雑巾を私に押し付けてから、「早く片付けちゃいなさい」と追い打ちをかけると階段を下りて行った。

しばらく押しつけられた雑巾とにらめっこしていたのだが、到底勝てそうになかった。


ぼーとしているのが馬鹿らしくなった頃、私は掃除を再開することにした。まずは、持っている雑巾で机でも拭こうとした時、さっきのボタンと目があった。…せっかく持っているので、汚れでも拭こうとゴミ箱へ入れるはずだったボタンを無意味に拭くことにしたのだ。

黒づんでいたのは、どうやらほこりだったらしい。きれいに拭き終えるころには、ボタンの校章がはっきり見え、また誰のものだったのか思い出せそうな気がした。




「どーせ、貰ってねぇんだろ」


そう言う彼は、いたづらっこの笑みを浮かべていた。どうやら、最後の最後でもからかいがいが足りなかったらしい。右手には卒業証書の入った筒をもって、今すぐにでも学ランを脱ぎ捨てられるというのに。


「……ん、…あぁボタン?」

「そ、第二ボタン」


もうすでに彼の第二ボタンはなかった。さっき玄関で、後輩らしい背の小さな女の子に話しかけられていたから、その子にでもあげたんだろう。


「貰う側じゃなくて、あげる側でしょ」


そうなのだ。卒業なのだ。

男子はボタンを、女子はセーラー服の名札を後輩にあげるのがこの学校の伝統だった。ちなみに、私の名札は部活の後輩に先ほど渡したばかりだった。…もう、私のセーラー服には名札が「遠山ゆう」という名前がついていないのだ。そして、彼も第二ボタンがついていない。


そう、卒業なのだ。

私も彼も、もう生徒としてこの学校におと連れることはないのだ。



「ま、そーだけど。でも、女子は貰っといてもいいんじゃねぇの?」

「そうなの?」

「うん」


そう言って、彼はポケットに手を突っ込んで歩き出した。その後ろ姿を追うようにして、私も彼と一緒に校門をくぐった。校門をくぐったところで、立ち止まる。振り返ればあっという間、あの場所にいるときは随分と長く感じた3年間だったと思う。素直になんて、一つもなれなかった馬鹿な子どもだった。


「あ、」

「あ?」


立ち止まった私に気づいたのか、彼も立ち止まって私を見るために振り返った。そのとき、何か思いついたとでもいうような感嘆詞を一緒に漏らしていた。


「なに?」

「ん、やる」


そう言ったかと思うと、ブチッと第三ボタンを取って私の手のひらに置いた。あっけにとられている私を横目に、手のひらには第三ボタンである。


「…なんで第三ボタンなのよ」

「だってもう第二はもうねーもん」


そういう彼は、またいたづらっこの顔をしていた。「あ、そう」なんて、ずいぶんとそっけない返事をする私を笑っていた。

風がずいぶんと冷たかった。早咲きの桜が、風に合わせて舞っていた。ひらひら、ひらひら、と花弁が空に舞い上がっていった。


「卒業だ」

「うん」

「お前、どこの高校だっけ?」

「…あんたよりは頭のいい学校よ」

「そりゃそうだ」










                                             第三ボタン

                                               私とあいつがいるわけで。








「ゆーうーっ、片づけ終わった―?」

「あっ、まだー!!」


















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