突撃スポットライト(5/19編集)
『電気系統の故障により、本日臨時休業致します』
今日の晩メシを調達しようと思いいつものコンビニへ向かうと、そこには見慣れない張り紙。
「マジかよ、こんなときにかぎって……」
冷蔵庫にあるものでなんか作るなんて器用なこと、オレにはできないぞ。家には作り置きのおかずもカップ麺もない。プリンやチョコレートは見なかったことにした。かといって、腹の方はもう限界なわけで。ダイエット中の女子やシュギョー中の坊さんではあるまいし一食でも抜くなんて、食べ盛りのセーショウネンには死刑宣告に近いものがある。さてどうするべきか。
運の悪いことに、オレの家は田んぼと団地に囲まれてる。ここ以外弁当屋も喫茶店も肉屋も、食い物を売ってる店がなにひとつない。次に近いのは……自転車で行けば二十分ちょっとの辺りにでかいスーパーがあるな。何か食わせろと自己主張する腹を一刻も早く満たすため、オレはそのままチャリに飛び乗った。二十四時間営業してるこのスーパーは、多くの人でごった返している。
今日の夕飯はカボチャグラタンするべとか描かれたポスターや、箱売りのミネラルウォーターを素通りして、まっすぐ総菜コーナーへ。コンビニよりもいろんなおかずが揃ってて、しかも安い。ちょっと得した気分だ。今日は何を食べようか。タイミングがよかったのか、商品はそこまで売れていない。あんまりコンビニには置いてない魚系にしようか。でも、ハンバーグコーナーのアレもウマそう。
ウズラの卵入りハンバーグと、ヒラメのムニエルを手に迷っていると、後ろから誰かに声をかけられた。
「厚澤君……?」
どこかで聞いたような声に驚いて後ろを振り返ると、そこにはぽかんとした顔の女子。真っ黒な髪を後ろで三つ編みにして、たれパンダのような瞳でこちらを見ている。
「あれ、葵じゃん。どうしたのこんなところで」
明石葵クラスメイト。風紀委員。あだ名は「おかーさん」。彼女とは小学校からずっと同じクラスなのだ。苗字の順番から掃除当番やグループ形成で一緒になることが多く、割と仲が良い。見れば手には買い物籠を抱え、その中には野菜がいくらか入っている。
「あしの家はこの辺りだからね。君こそどうしたんだい? 君の家はこっちじゃないだろ」
「ああ、近所のコンビニが臨時休業でばんめし買いに来たんだ」
「夕ご飯?」
「今日な、俺んちの親父もお袋も夜勤なんだよ。いつもなら近所のコンビニですませるんだけどな」
「なるほど。それが今日の夕飯かい?」
「おう、まだどっちにするか決めれてないんだけどな」
「ふーん……」
すると、彼女はオレから視線を外して少し考え込む素振りを見せた。この場から立ち去らないところを見ると、彼女はまだ会話を続けるつもりなのだろう。彼女の目線はオレの後ろにあるおかずには届いていない。彼女との会話が終わるまでに今日の夕飯を決めようかと、手にしたおかずへそっと視線を移そうとする。その時、オレから視線を外したまま、彼女はオレにとって予想外な提案を口にした。
「あのさ、もしよかったら、うちに来ないか?」
「へ?」
「あしは今から夕ご飯を作るところなんだ。今日、うちも父さんが夜勤で誰もいないから、一人で食事をするのも寂しいし……」
なんだって? 突然の提案に、オレはどう答えて良いのか分からなくなってしまう。焦って挙動不審なオレを拒絶の態度と受け取ったのか
「ああ、ごめんね、急にそんなこと言われても迷惑か。じゃ、あしはこれで。また明日学校で会おう」
恥ずかしげに苦笑いを浮かべ、その場を立ち去ろうとする。
「ま、待って!」
慌てて彼女の肩に手をかける。迷惑だなんて全然そんなことない。オレだって、一人で総菜食べるより友達と食事をしたい。それが、仲の良い女の子の手料理とくればなおさらだ。
「オレの方こそ、急にお邪魔して迷惑じゃねーの?」
彼女はちょっと顔を赤くして、首を小さく左右に振る。普段しっかりしている彼女の意外な姿に、オレは少しだけ心臓が高鳴るのを感じた。
「お邪魔しまーす」
「はいどうぞ」
葵のアパートは、大型スーパーから自転車で五分程度のところにあった。新しい臭いがするエレベーターで三階。三○五号室へと通される。玄関の暖簾をくぐると、そこには小さなちゃぶ台が置いてあった。
「狭くて悪いけど、そこに座っててくれるかな? すぐ作るから」
「あ、なんか手伝おうか?」
「大丈夫だよ」
そう言い置くと、買い物籠を持ったままちゃぶ台の向こう側へと回る。そこには小さなキッチンがあり、彼女は籠から買ってきた物を出しはじめた。カボチャにユズに、追加購入したサバの切り身など。それらをより分け、今日使わない物は冷蔵庫へとしまっていく。エプロンを身につけ、手際よく材料を切っていく葵の後ろ姿。普段学校で目にする彼女とは全然違う姿に、オレはがらにもなく緊張してしまう。別に制服エプロンに興奮してるわけではない、はずだ。
葵の友人から聞いたのだが、彼女のお母さんは去年の春に病気でなくなっている。だから、今では家事は彼女が一手に引き受けているらしい。 学校でもしっかり者で母親ポジションの彼女。一体いつ息抜きをするのかとも思うが、どうやらそれも元来の性分らしい。だからこそ、適当に総菜ですまそうとしていた自分を夕飯に誘ってくれたのだろう。
やがてカボチャの仕込みも終わったらしく、彼女はサバを焼きはじめた。こっちにも魚の焼ける良い匂が漂ってきて、パチパチという音が響く。泥棒する猫の気持ちがわかる瞬間は、結構好きだ。
「ちょっとお風呂をわかししてくるね」
さっき買った物の中から柚を手に取って、葵はエプロン姿のまま台所横の洗面所へと入っていった。ユズ? ユズなんか一体なんに使うんだろう。輪切りの胡瓜を顔に貼っつけるみたいな、新しい美容法? さっぱりわからないけれど、葵のやることなんだから何か意味があるんだろうな。
「じゃあ、今ご飯とかお前が作ってるの?」
「うん、初めは慣れなくて大変だったけど、慣れてみると結構楽しいんだ」
ご飯、味噌汁、焼き鯖。カボチャの煮つけ。作り置きしてるらしい具たっぷり入ったおから。ちゃぶ台に並んだおかずを胃に収めながら、他愛もない会話を交わす。店屋物やコンビニのものより、ずっと味付けが優しくて空っぽの胃袋にしみわたる。ああ、うまいもん食ってるなぁって思った。 出汁を取るために一緒に入れてるという煮干しが、カボチャとぴったり合ってて、葵の分までもらってしまった。部活の後で空腹だったこともあるが、何よりも料理の味付けが最高に自分の好みで。他人の家であることも忘れて、オレはものすごい勢いで皿を空にしてしまった。
「まだ食べる? 少しなら残っているよ」
「マジ? 良いの?」
「遠慮しなくてもいいよ。多めに作ったし、父さんの分は別に置いてあるから心配いらないよ」 「んじゃ遠慮無く」
空いた皿を手に取り、葵は鍋へと向かう。
「なんかごめんな。あんまりウマくてつい……」
「それだけおいしそうに食べてもらえれば本望だよ」
苦笑いを浮かべながら、俺の前に残りのカボチャを置いてくれた。
「それにしても、葵って料理上手なんだな」
「そんなことないよ。調味料とか目分量だし」
「いや、少なくともオレのお袋よりは全然上手。こんなウマいカボチャの煮付け食ったの初めてだ」
「嫌だなあ、褒めたってもう何も出ないよ」
残りのカボチャもつぎつぎオレの腹へと消えていく。葵は残りの料理に箸をつけるわけでもなく、オレの顔をじっと見ている。
「ん? なんだ? オレの顔になんかついてる?」
「い、いいや、何でもない」
普段冷静な彼女が妙に慌てている。一体どうしたんだろう。遠慮もせずに食べまくってるオレに、ちょっと呆れてるのだろうか。学校では、落ち着いていて頼りになると評判の高い彼女。いつもよりずっと俺達との年齢に近い雰囲気が、なんだか可愛らしい。
「なんか今日の葵、いつもと雰囲気ちがうのな」
「何の話だい?」
「いや、なんか、可愛いな~って……」
「やや、やめてくれ!」
途端に顔を真っ赤に染め、オレの背中を力いっぱい叩いた。さっき食ったカボチャが出るかと思った。
「ごちそうさま。超うまかったよ。ありがとな」
「お粗末様でした……あのさ、よかったらお風呂も入ってかない?」
「……え? ふ、風呂!?」
なんだって? そんな、女の子の家で風呂に入るって……ええええ!? いや、待て、待つんだ、確かにそういうことに興味がないわけじゃないけど、でもそんないきなり……そもそもオレたち付き合ってるわけでもないし? エロ本で照れる中学二年生だし? えっと、えっと……。オレの動揺の理由に気がついたのか、葵は何とも言えない顔で、でかいため息をついた。地味に傷つく。
「一体何を考えているんだか。顔に似合わずスケベだね」
「あ、ち、違うの?」
「当たり前だよ! まったく仕方のない子だ……。どうせ君、柚の用意なんかしてないんだろう?」
「ユズ?」
そういえば、さっき葵は風呂場にユズを持って行っていた。あれってなんか意味があるものなのか?
「知らないのかい? 今日は冬至だろう?」
「とーじ?」
「そう。今日は一年で一番昼が短い日なんだ」
「そっか。今日だったんだ。でも、なんでユズなんだ?」
「冬至の日は、小豆粥や南瓜を食べて柚湯に入るものなんだよ。小豆や南瓜は食べると長生きするといわれていて、柚湯は身体が芯から暖まって気持ちいいから、うちじゃ毎年必ずやるんだ」
なるほど。それで今日、カボチャの煮付けをご馳走してくれたのか。
「へぇ。さっすが『おかーさん』。物知りだな」
「こんなの普通だよ。で、どうする?」
自慢できるものではないが、オレは元来遠慮という言葉には縁がない。別に家で入っても良かったけれど、せっかく葵が入っていけっていってくれてるなら断る理由もない。
「んじゃお言葉に甘えさせてもらおっかな」
オレの答えを聞いた途端、葵は嬉しそうな笑顔を浮かべた。その笑顔は、ここ最近学校で見てきた彼女の笑顔とは全然違う笑顔で。なんだろう。たとえて言うならこう、すごく自然な表情というか、素の表情というか……。その笑顔を見た瞬間、心臓がどくんと大きくはねあがったことが、自分でもよくわかった。やっべ……なんだこれ。彼女、こんなに可愛かったっけ……。半袖がの涼しくなってきた空気とは反対に、オレの体内は血液が沸騰したかのように温度を急上昇させた。
(ほほえむきみに、なにもいえなくなる)
南瓜の煮つけが好きです。




