シェーラは電気うさぎの夢を見るかもです そのさん
ザックの目の前にいる、すっとぼけた雰囲気の男……この男こそ、ダゴンの平和を守る魔法刑事ジャン・ギャバンである。普通くらいの身長と体重、そしてとぼけた風貌をしてはいるが甘く見てはいけない。なめてかかると、こっぴどい目に遭わされるのは確実なのである。なにせジャンは、装着魔法という奇怪な術を使う。その術を使うと、どこからともなく銀色の鎧が飛んで来るのだ。そしてひとりでにジャンの体に装着されるのである。そして銀色の鎧を着たジャンの強さは……街でもトップクラスであろう。そんな恐ろしい術を使えるのである。なぜそんなことができるのかというと……魔法だからさ。
「なるほど、そういうことだったのか。ところで、お嬢ちゃん……君の名字と名前は?」
ジャンが尋ねると、シェーラはもじもじしながら口を開く。
「シェーラ……シェーラ・ザードです……」
「そうか……で、シェーラちゃん、君の両親――」
「離せ! 離せ! 離せこの野郎! 火を点けてやる! 胸の中にいる猿人に火を点けてやる! 火打ち石はどこだ!? 俺はここだぜ!?」
ジャンの質問は、突然乱入してきた奇怪な男の理解不能な叫び声によって中断された。ザックとロドリゲス兄弟とシェーラは思わずそちらを見る。すると、体格はいいのだが、病的な目をした中年男が両側から警官二人に取り押さえられ、連行されて行く。その間ずっと、胸の猿人に火を点けろ! 火打ち石はどこだ! 俺はここだぜ! 若さとは何だ! などとワケわからんことを叫びながら暴れ、もがき続けていた……。
「お、おい……何なのだ今のは?」
さすがのザックも、今のは想定外だったらしい。呆れた表情でジャンに尋ねると、
「ああ、アレね……可哀想に、貧乏の毒が頭に回っちまったのさ。胸の中に猿人がいると思いこんでるらしくてな……嫌なことがあると、あっちこっちに火を点ける癖があるらしいんだ。困ったもんだよ」
肩をすくめて答えると、ジャンはシェーラに視線を移す。
「ところでシェーラちゃん、さっきの続きだ。シェーラちゃんの……お父さんとお母さんの名前は?」
ジャンは微笑みながら、優しく語りかける。
「あ、はい……パッパ・ザードと……マンマ・ザードです」
「パッパ・ザードとマンマ・ザードか……わかった。今からちょっと調べてみるよ。シェーラちゃんは、ザックたちと一緒に別の部屋で待っていてくれ」
そう言うと、ジャンは立ち上がり、四人を取り調べ室に連れて行く。そして警官に指示し、椅子とコーヒーを持ってこさせた。
「お前ら、おとなしく待っててくれよ」
その言葉を残し、部屋を出て行くジャン。ロドリゲス兄弟は居心地悪そうに、じっと座っている。何せ、この兄弟はかつては悪党だったのだ。ところが、何せ頭が悪すぎる上に根が正直者の善人である。そして運良く――あるいは運悪く――ザックと出会い、シメられ拾われ、そして現在に至っているのだ。今でも警官に対しては、拭いきれない不信感があるようだ。そして隣に座っているシェーラも、落ち着かない様子でキョロキョロしている。
そしてザックは……妙な違和感を覚えていた。上手く言えないが、何かおかしな点を感じるのだ。ザックは何がおかしいのか考えてみた。しかし、全くわからない。ザックは長く一つのことを考えているとじんましんが出る特異体質のため、それ以上考えるのを止めた。
「おいザック……すまないが、ちょっと来てくれ。お前と話がある」
不意に取り調べ室のドアが開いた。そしてジャンが手招きする。ザックの違和感はさらに大きくなってきた。ジャンの表情が妙に堅い。普段のとぼけた表情が消えているのだ。ザックは何かただならぬものを感じ、ジャンの後を追う。ジャンは通路をしばらく歩くと、不意に立ち止まった。そしてザックに耳打ちする。
「あの娘の両親だがな……この街には、そんな名前の夫婦はいなかったぞ」
「何だと……ジャン、それはどういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。パッパ・ザードもマンマ・ザードもこの街にはいなかった。存在すらしていないんだ」
「そんな事が……」
ザックは言葉を続けられなかった。どうなっているというのだ? シェーラの両親がいないだと?
だが、その後のジャンの言葉は、ザックの頭をさらに混乱させるものだった。
「ザック、妙な事がもう一つある……お前には黙っていようかと思ったんだがな……あの娘には、指紋がないんだ」
ザックの頭は爆発しそうになった。何だそれは? 指紋がないだと? どういうことだ?
「ジャン……貴様、まさか冗談を言っているのではあるまいな?」
「冗談なもんか……嘘だと思うなら、自分の目で確かめてみろよ。とにかく、あの娘は普通じゃない。ザック……お前、また厄介事に巻き込まれたのかもしれないぞ」