シェーラは電気うさぎの夢を見るかもです そのに
ヒロコが優しく言葉をかけ、シェーラをテーブルに着かせる。メイン料理であたはずの子豚の丸焼きは、三匹の飢えた野獣により食い尽くされ、既に跡形もない。ヒロコはキッチンに行き、新たにパンと鶏のスープの鍋を持って来た。そして皿によそり、シェーラの前に置く。
「さあ召し上がれ」
ヒロコはそう言って、にっこり笑ってみせた。するとシェーラは四匹目の飢えた野獣と化し、がつがつ食べ始める。よほど空腹だったらしい。
「シェーラ、美味いか?」
「美味いか?」
ロドリゲス兄弟が、鶏のスープを流し込みながら尋ねる。二人ともニコニコしていた。もっとも、その筋肉質の顔は笑顔でも凶悪そのものだが。顔のおかげで、兄弟はずいぶん損をしている。本当は街で一番心優しい双子なのだが……。
「はい! とっても美味しいのです!」
シェーラは兄弟の凶悪な顔にも怯まず、笑顔で答える。見た目以上に度胸はあるのかもしれない。もっとも、ダゴンの街で五本の指に入るであろう危険人物のザック――本人には、その自覚はまるでないが――に、文無しで仕事を依頼する時点で普通ではないのだが……。
そんなシェーラやロドリゲス兄弟らを横目に見つつ、ザックは考えた。そもそも、この少女の両親は何者なのだろう。ここダゴンの街には、エンジェルスやウォーリアーズのような悪人も多く生息している。殺人事件も少なくはない。だが……一般市民が殺され、その娘がホームレスになるというのは珍しい。ここには孤児院がある。なのにそちらに行かず、いきなりホームレス少女になるとは。
いや待てよ、ホームレス少女……うーむ、本を書かせれば売れるかもしれないぞ。印税は全て、私の懐に……おお、素晴らしいではないか!
いや、それだけでは弱いな。もう一つ、売りが欲しい……。
「おいヒロコ、お前に一つ質問がある。この小娘の顔をどう思う?」
「え……どう思うって……どういう――」
「小娘の顔はどうなのだ? 美少女なのか? 男を引っ掛けられるか? お前はどう思う?」
ザックは真剣そのものの表情で、ヒロコに尋ねる。ヒロコは何やら尋常ではない勢いを感じ、若干ではあるが怯えながら口を開く。
「は、はい……か、可愛いと思います……」
「そうか……」
なるほど……この小娘は可愛いのか。両親を失い、天涯孤独の身でホームレスとなった美少女……アイドルにして作家……。
いける! これならいける! 私がゴーストライターとして、文章を全部書いてしまえばいいのだ!
ザックがこのような愚かな皮算用をしている間、ミャアはにゃにゃにゃにゃ言いながら、ロドリゲス兄弟は筋肉をプルプルさせながら鶏のスープを夢中で食べている。そしてザックは重大な事実に気づいた。
「貴様ら! 私の分の子豚がないではないか!」
そして翌日、ザックはロドリゲス兄弟とシェーラを引き連れ、知り合いの魔法刑事ジャン・ギャバンに会いに行った。魔法刑事とは何なのかというと、魔法を駆使して街で起こった犯罪を解決する職業である。とりあえず、この世界では何でもかんでも魔法で片をつけるのだ。魔法が通れば道理が引っ込む……それこそが、この世界の神聖にして侵してはならないルールなのである。
「おい、ジャンはいるかジャンは?」
警察署に乗り込み、荒々しく吠えるザック。そのとたん、
「うわ! ザックだ!」
「逃げろ!」
「隠れろ!」
本来、市民の安全を守るべき立場であるはずの警官たちが、情けない悲鳴を上げて逃げ惑い、隠れる。だが当然である。警官とて命は惜しい。何せザックは、前の警察署長と揉めた挙げ句に、警察署の建物を一つぶっ潰してしまったのである……ザックが街の危険人物の仲間入りをしてしまったのは、それが原因だったのだ。
「おい貴様ら……私は貴様らに用があるのではない。魔法刑事ジャン・ギャバンに用があるのだ。さっさと呼んで来い。さもないと、このロドリゲス兄弟が建物をぶっ壊すぞ」
ザックがそう言うと、ロドリゲス兄弟が前に出る。筋肉質のいかつい顔で、警官たちを睨みつける兄弟……その後ろで、真面目くさった顔つきでジャン・ギャバンを探すザック……さらにその後ろで、唖然とした表情のまま小さな体を震わせるシェーラ……。
「よお、誰かと思えば、ザックじゃないか。それにロドリゲス兄弟も……って、お前ら何やってんだ?」
張り詰めた空気……それを一変させたのは、一人の男のすっとぼけた声であった。男は扉を開けて中に入ると、ザックに対しいかにも親しげな態度で話しかけてきた。
「ジャン……貴様どこに行っていたのだ? どうせまた、馬でも乗り回していたのだろうが」
ザックがそう言うと、男は肩をすくめ、とぼけた顔で返す。
「まあ、そんなところかな……」