少年の幸せ 5
その日、ザックはいつものように外回りの営業をしていた。とは言っても、本気でやっているのは同行しているロドリゲス兄弟の方だったが。ザックは面倒くさそうに、ロドリゲス兄弟の後を付いて歩いていた。
「えー……毎度おなじみ、冒険者のザック・シモンズとロドリゲス兄弟でございます。家の掃除からモンスター退治まで、何でもしますよー」
「しますよー」
大声で叫びながら、町を歩くロドリゲス兄弟。ザックはその後ろを、つまらなさそうな表情で付いて歩いていた。
すると――
「さあ、行くよバロン! あたしに付いて来な!」
「は、はい!」
後ろから聞こえてきた声……ザックとロドリゲス兄弟が振り返ると、一人の少女が走ってきた。ペリーヌだ。ツナギのような作業服に荷物を背負い、写影機を首から下げている。
さらに、その後ろからバロンも駆けて来た。短い足を一生懸命に動かし、ペリーヌの後を追う。ツナギのような作業服を着て、荷物を背負いながらも懸命に走っている。
二人はつむじ風のように走って行き、あっという間に見えなくなってしまった……。
「なんとも騒がしい奴らだな」
そう言いながらも、ザックは笑みを浮かべていた。初めて見た時は、しょぼくれた顔をしていたバロン。だが、今の表情は生き生きとしている。仕事のある生活が、彼に活力を与えているらしい。
バロンも、ようやくこの街の一員になれたのだ……ザックは笑みを浮かべながら歩いた。
すると、ロドリゲス兄弟は立ち止まった。そして、ザックの顔を不思議そうに見つめる。
「ザックさん、どうしたんですか?」
「ですか?」
ロドリゲス兄弟は不思議そうに尋ねる。すると、ザックはプイと横を向く。
「何でもない。さあ、営業だ営業。仕事がないと、ヒロコにどやされれぞ」
言いながら、歩き出したザック。その時、ある事を思いついた。
「こ、これはこれはザックさん……いったい、どんな御用でしょうか?」
厳つい顔に精一杯の愛想笑いを浮かべ、揉み手をしながらやって来た男。
「なあ、私にも仕事を紹介してくれんかなあ」
言いながら、男に笑みを浮かべるザック。その背後には、ロドリゲス兄弟が控えている。全身の筋肉をプルプルさせながら、二人してポージングをしている。上半身裸で、上腕を曲げて筋肉を強調するポーズを見せているのだ。
受付のおっさんでなくても、確実にびびってしまう光景だろう……。
「なあ、お前ら冒険者ギルドは、ここでどのくらい商売をしているのだ?」
ザックの問いに、受付のおっさんは顔をひきつらせた。
「え、ええとですね……十年ほど前からです」
「ほう。十年続いているなら、さぞかし大儲けしているのだろうが」
言いながら、ザックは事務所を見回す。
その時、奇妙な服装をした少年が入って来た。
「あのう、冒険者として登録したいんてすが……ちなみに僕、目立ちたくないんですよ。よろしくお願いします」
すると、受付のおっさんは少年の方を向いた。
「なんだ、ガキの来る所じゃねえんだぞ……うっ! なんだ、この魔力の数値は! あり得ない……スカウターの故障か!?」
受付の男はそう言いながら、何度も眼鏡を拭いている。
「いや、故障じゃないですよ。僕の魔力は五十三万くらいです。まあ、あなたたち相手に本気をだすつもりは――」
少年はそこで言葉を止めた。
ザックが少年の顔めがけ、粉のような物を撒いたのだ。
「な、何をするんだ!」
「あまりにもマズイ顔、そしてセンスの無いセリフなのでな……砂糖でもかけないと、到底食べられるような味にならん」
少年の方を見ようともせず言い放つザック。そう、彼は少年の顔に砂糖をぶっかけたのだ。
すると、少年の顔つきが変わった。先ほどまでの、やれやれとでも言いたげな表情が消え失せ、代わりに憤怒の感情が浮かび上がった。
「お前、五十三万の魔力を……ふご!」
言い終えることは出来なかった。少年は一瞬にして吹き飛ばされ、町の外れまで飛んで行ってしまった。
一方、魔法により少年を吹っ飛ばしたザックは、ゆっくりと受付の男に向き直る。
「何が五十三万だ。数字でしか物事を計れん馬鹿者が……さて邪魔者がいなくなったところで、お前に一つ聞きたい。ここに来ていたバロンという名のコボルトの少年を覚えているな?」「バ、バロンですか……ああ、覚えてます」
「奴に仕事をやったのは何回だ?」
「へっ? バロンにですか……ええと三回くらいでしょうか」
「三回、か。貴様、それで登録料を取っていたのか。随分とふざけた商売をしているな」
言いながら、ザックは受付の男を睨みつける。すると、男は慌てて目を逸らした。
「この冒険者ギルドは、今からエンジェルスの支配下に置かれる。今日から貴様らの上司は、エンジェルスのダミアンだ。ダミアンは、こと商売に関する限り甘くない。今までのやり方が通じると思うな。真面目に仕事を斡旋しない奴はクビだ」




