少年の幸せ 4
その翌日。
ペリーヌはバロンの手を引き、どんどん歩いていく……バロンは正直、戸惑っていた。
これから、何処に行くのだろうか? そして、何をするのだろうか? そもそも写影技師とは何なのだろう? 何もかも、分からない事だらけだ。
「あっ、あのう……僕は、何をすればいいんでしょうか?」
尋ねるバロン……しかしペリーヌは何も言わず、どんどん進んで行く。
だが、不意にその足が止まった。
「ここだよ、バロン。さあ付いておいで! ショーの始まりだよ!」
その声に、バロンは恐る恐る顔を上げる。
すると、そこには奇妙な建物があった。かつては身分の高い者が住んでいたのであろう……凝った外装の館である。しかし、壁のあちこちには穴が空いていた。庭の雑草は伸び放題、門の金属部分はすっかり錆び付いている。
バロンは不安を覚え、思わず後ずさっていた。ペリーヌはこんな不気味な場所で、いったい何をするつもりなのだろうか?
だが、ペリーヌは――
「さあ、行くよバロン!」
勇ましい声で言うと同時に、ずかずか建物へと入って行く。
「えっ、ちょっと待ってください! ここで何をするんですか!?」
バロンの言葉に、ペリーヌは立ち止まる。
「決まってるじゃないか。お化け退治だよ」
嬉々とした表情で、答えるペリーヌ。バロンは顔をひきつらせた。
「えっ……お、お化け退治ですか?」
「そ。お化けをね、パシャッ、ズドーンって退治するの」
「ぱしゃ、ずどおん……ですか?」
困惑した表情で、言葉を返すバロン。すると、ペリーヌは人差し指を立てて振って見せた。
「違う違う。パシャッ、ズドーン、そしてボギャーン……って、やっつけるの」
「ぱ、ぱしゃ、ずどおん、ぼぎゃあん、ですか?」
バロンは、さらに混乱した。何なのだろう、この擬音の連発は……何がどうなって退治するのか、まったく説明になっていない。
しかし、ペリーヌは尋常ではない腕力の持ち主であった。バロンの手を掴み、強引に引きずって行く。
しかし――
「何なんですか、あれは……」
呆然とした表情で、呟くバロン。
屋敷の中では、奇怪なものが飛び回っていた……緑色の楕円形の体から、長い両腕が生えている。さらに、その楕円形の体の中心に目と鼻と口が付いているのだ。
「あいつは、この空き家に住み着いたゴーストさ。この写影機でゴーストを退治する……それがあたしの仕事だよ! バロン、付いて来な!」
そう言うと同時に、ペリーヌは写影機を取り出す。
そして構えた。
すると、写影機は強烈な光を発する……パシャッという脱力感ただよう音とともに、緑色のゴーストは吸い込まれ――
煙と共に、消えた。
「ほらバロン、見てごらんよ……これが、さっきのゴーストさ」
そう言って、ペリーヌは写影機の中から四角い紙を取り出した。
バロンは恐る恐る近づき、紙を覗きこむ。すると、そこには先ほどのゴーストの姿が映し出されていたのだ。緑色の楕円形の体を恐怖に震わせ、紙の中に封じ込められているのだ。
「凄い……不思議だなあ……」
バロンは思わず呟いていた。ついさっきまで、自由に廃屋の中を飛び回っていたゴースト……それが、一枚の四角い紙に封じ込められてしまったのである。
「これが、あたしの仕事だよ。あっちこっちに出没するゴーストを、この写影機で封じ込める。金にはなるよ。あたしに付いて来れば、あんたを一人前の写影技師にしてあげるよ。どうするんだい?」
自信に満ちた表情のペリーヌ……バロンは戸惑っていた。こんな仕事が、自分に務まるのだろうか。危険なゴーストを退治するような仕事が。
しかし、今の自分に出来る仕事は……。
バロンはこれまで、来る日も来る日も山から降りて来ては仕事を探した。ギルドの不親切な受付に頭を下げ、あちこちの張り紙に目を通したのだ。
だが、仕事はほとんど貰えなかった。これまでに貰えた仕事の数は、トータルで恐らく十回にも満たないだろう。
しかし、目の前にいる女は……こんな自分にも、仕事をくれると言うのだ。
「わ、わかりました……お願いします」
夕方、バロンは大きな袋を背負って帰途についていた。
ただし、ペリーヌの操る魔法の絨毯で空を飛びながら……。
「うわあ! 凄い!」
興奮して叫ぶバロン。下を見ると、人間が蟻のように小さく見える。しかも、あれだけ苦労して歩いた道がひとっ飛びだ。
「どう、凄いでしょ?」
そう言って、ペリーヌはいかにも楽しそうに微笑んだ。
その日……バロンは、とてもいい気分だった。
袋いっぱいのパンやチーズやハム、それにお菓子も……お腹いっぱい、美味しい物を食べられたのだ。こんなに幸せな気分を味わったのは、生まれて初めてではないだろうか。
しかも、お金もたくさん貰えた。今までは、朝から晩まで働いても数枚の銅貨を貰うのがやっと……しかし、今日は僅かな時間で一枚の大銀貨を貰えたのである。
そして夜になり、バロンは満ち足りた気持ちで眠りについた。
こんな気持ちで眠るのは、いったい何年ぶりだろうか……。




