怪奇! サタングロス! (5)
そして、十二月二十四日の夜。
ザックの屋敷では、クリスマスを祝う習慣などないのである。したがって、十二月二十四日はいつもと同じ、ただ単にやたらと寒い冬の一日であった……そもそも、この世界にはクリスマスなどというイベントが存在しないのだが。人類の贖罪のために磔の刑に処せられた者は、この世界には存在していない。西暦などという概念もまた存在していないのだ。では、なぜに太陽暦による十二月二十四日が存在するのかというと……それは、いわゆる一つの御都合主義である。
まだ幼いシェーラと、体は大人で筋肉は野獣だが頭脳は子供……のロドリゲス兄弟は、自室にて眠りについていた。ぐごーぐごーというイビキが、ロドリゲス兄弟の部屋から聞こえてきている。
ヒロコはリビングでソファーに座り、魔法の水晶板を見ている。そこには、奇妙な映像が映し出されていた。
細マッチョな男とボンキュボンなスタイルの女が奇怪なギブスを装着し、病気のタコのように体をクネクネさせながら踊り狂っていたのだ。
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能天気そうな男が早口でまくし立て、映像は終わった……。
「どこの世界も、この手の業者はいるんだね……それにしてもさあ、大リーグ魔法って何なのよ……」
ヒロコは、心底から呆れた表情で呟いていた。
一方、ザックは部屋の中で書物を読んでいた。普段は騒がしいシェーラやロドリゲス兄弟が、今は眠っている。落ちついて書物を読むのには、もってこいだ。
ただし、ザックが読んでいるのは『幻界突破!!!』なる作品である。ヒロコが異世界から持ってきた、ライトノベルというジャンルの書物だ。恐ろしく強い主人公が異世界に転生し、神様からチート能力を授かり、あちこちで暴れまくる……という内容だ。
ザックは驚きのあまり、声も出なかった。なぜ、この作者は異世界での出来事を知っているのだろうか。転生者の行動パターンが、実によく描けている。本当に不思議な話だ。ザックは思わず、手を止めて考えていた。
だが、その時――
「ふしゃー! みんな! 早く来いにゃあ!」
夜の闇をつんざく、ミャアの声。ザックは何か恐ろしい敵の襲来を察知し、素早く立ち上がった。そして声のする方へと走り出す。
「にゃはははは! シェーラの部屋に忍び込もうとした変態野郎を、マウントポジションで押さえ込んでやったにゃ! ミャアの大手柄だにゃ!」
ミャアは勝ち誇った表情で叫びながら、怪しい侵入者に馬乗りになって押さえ込んでいる。
そして押さえ込まれている者は、赤い衣装を着たお爺さん……のコスプレをした男だった。
「き、貴様は……もしや、サタングロスではないのか?」
唖然となるザック……だが、サタングロスは――
「ホーホーホー」
ザックは思わず天を仰ぐ……すると、騒ぎを聞きつけたヒロコがやって来た。
「ザックさん、一体――」
ヒロコの目線が、ミャアとサタングロスに向けられる……次の瞬間、顔がひきつった。
「ザ、ザックさん……これは一体……」
「ヒロコ、お前のアイデアは素晴らしいものだ。百四十四分身が出来るサタングロスに、子供にプレゼントを配るサンタクロースの役目をさせる……だがな、サタングロスはサンタクロースにはなれんらしい。こいつは、人の家に忍び込むのが致命的に下手だ……」
ザックの言葉に、ヒロコは顔をひきつらせながら頷いた。
そして翌日……。
「いやあザック、まいったぜ……うちの留置場が、満員になっちまったよ。みんな赤い服着て赤い頭巾被ってて、ホーホーホーしか言わねえんだわ。これじゃあ、取り調べにならねえってばよう」
困った表情で、ザックにぼやく魔法刑事ジャン・ギャバン。
一方、ザックは頭を抱えていた。まさか、サタングロスがここまで愚か者だったとは……。
ジャンの話によると、サタングロスはクリスマスイブの夜、子供のいる家族の家に侵入した。そして子供部屋に入り込み、ベッドで寝ている子供の枕元にプレゼントを置いた。
そこまでは、いい。
だが、眠っている子供の枕元に立ち「ホーホーホー! サタングロス改めサンタクロースのおじさんだよ!」などと叫び出し、ビビった親たちに警官を呼ばれてしまったのだ。
そんな気違いじみた事件が、昨日の一晩だけで百四十四件あったのだという……。
「サタングロス……どこまでアホなのだろうか……」
サタングロスの分身たちを髪の毛に戻し、本体を留置場から出した後……ザックは一人でしみじみと呟いた。
そして思う。
どうやら、この世界ではクリスマスなるイベントは流行りそうもない、と。




