怪奇! サタングロス! (2)
ザックはまず、付近の住民の聞き込みをすることにした。ゲッツ・モーテルの周辺に住んでいる者たちの家を一軒ずつ訪ねてみる。
しかし、誰も出ない。ザックがドアを叩いても、誰も出ようとしないのだ。住民たちの中には、明らかに居留守を使っている者までいる始末だ。
ザックは考えた。いったい何事が起きているのだろうか。どうやら、そのサタングロスとやらは余程の大物であるらしい。街の人々が話すことを拒絶するくらいに。
それならば仕方ない。他のルートから情報を得るとしよう……ザックはその場から去って行った。
しかし、ザックはまるで気づいていなかった。そこに住んでいる者たちが恐れていたのは……サタングロスではなく、ザックのことだった。
次にザックが向かったのは地下道だ。街の地下には長く広い下水道が設置されている。それに伴い地下通路も、様々な方向に枝分かれしている。その地下通路たるや、下手なダンジョンよりも広く危険なのだ。得体の知れない生物や、人々の前に姿を現せられない者などが地下に潜み、生活しているのである。ザックはついこの間、この地下道に潜むデストロイというアホの集団を叩き潰したばかりなのだ。
そしてエンジェルスのリーダー、ダミアンもこの地下道に住んでいる。
そこは、地下道の一室とは思えないような造りである。壁は地味な灰色の石造りではあるが、綺麗に磨かれている。また、虫や小動物などの気配はない。外のような匂いもなく、ちょっとした高級住宅の部屋のようである。
しかし、中に設置されている物は非常にシンプルだった。粗末なテーブルや椅子、水差しなどがあるだけだ。しかし、天井に設置されたガラス製のランタンのような物から放たれる魔法の光は強い。
そして椅子に座り、ニコニコしながらこちらを見ているのが、エンジェルスのリーダーであるダミアンだった。
「やあザックさん。今日はどうしたんですか?」
嬉しそうな様子で、尋ねるダミアン。その顔は、まるでおとぎ話に登場する王子様のようである。美しく整った顔立ち、白い肌、そしてつぶらな瞳……大抵の女は、ダミアンを一目見た瞬間に、その魅力に殺られてしまう。
だが甘く見てはいけない……彼はれっきとした犯罪者集団のリーダーなのである。さらに言うと、体に七七七の痣があるという噂なのだ。その痣を持つ者は、この世界に災いをもたらすという都市伝説がある。
もっとも、ダミアンの体にあるというスリーセブンの痣を見た者はいないのだが……。
「おいダミアン、お前の部下のノーマンに頼まれて調査しているのだがな……そのサタングロスとは、何者だ?」
ザックが尋ねると、ダミアンは顔をしかめた。
「それが、分からないんですよ……いきなり出てきたかと思うと、訳わからん歌を唄うんです。そして、ノーマンのショーをぶち壊しにして去って行くんですが……目的が何なのか、僕にはさっぱりです」
そう言いながら、首を振るダミアン。
「どういうことだ? 単純に悪さが目的なのか?」
「そうとしか思えませんね……ひょっとしたら、新興組織のエンジェルスに対する挑発かもしれないんですが」
「新興組織か……」
ザックは考えてみた。確かに、ショーの邪魔などしたところで、何の得にもならないのだ。ならば、どこかの組織の宣戦布告という考えは……一理あるかもしれない。
「まあ仕方ないんで、次からはジェイソンとフレディに警備させますよ――」
「それはまずいだろ……どちらか片方にしておけ」
思わず突っ込むザック。そう、エンジェルスに所属しているフレディとジェイソンは、何故か仲が悪いのだ。二人を近くに置いておくと、五分以内に喧嘩が始まってしまう。ザックも何度か、二人の喧嘩を止めたことがあるのだが、血を見るような激しいものなのである。はた迷惑なこと、この上ない。
「あ、それもそうですね。じゃあ、フレディにやらせますか……ジェイソンはちょっと臭いしなあ。それはともかく、サタングロスについては全く情報はないですね」
「ううむ、お前でも知らないのか。それは参ったな」
「わざわざ来てもらったのに、すみませんね」
ダミアンは、すまなそうな表情で頭を下げた。
地上に戻り、ザックは考えてみた。そのサタングロスとやらが今どこにいるかが分からないのでは、いくらザックでも手の打ちようがないのだ。ここはひとまず、屋敷に帰って作戦を練り直すとするか……。
歩き出したザック。その時、ふと路上で弾き語りをしている者の姿が目に留まった。何やら陽気かつ狂気めいた曲を、声高らかに唄っている少女である。
ザックはその少女の唄う姿を見ながら、ノーマンの言ったことを思い出した。確か、ショーの最中に乱入してきて、耳が腐りそうな歌を唄いショーをぶち壊して去っていく……と言っていたのだ。
ショーが行われる時に待ち伏せし、捕らえるのがもっとも簡単だろうが……そうなると、無関係の観客に迷惑がかかる。
それならば……。




