怪奇! サタングロス! (1)
それは、冬の出来事だった。
「あたしのいた世界ではね、クリスマスになると、サンタさんがやって来るんだよ。そして、子供にプレゼントを配るの」
リビングで微笑みながら、ヒロコはシェーラとロドリゲス兄弟に語っている。すると、真っ先に反応したのはロドリゲス兄弟であった。
「おお! プレゼント配るのか!」
「プレゼントか!」
二人して手を取り合い、ピョンピョン飛び跳ねるロドリゲス兄弟。この二人は三十を過ぎている――もっとも本人たちも、自身の正確な年齢すら把握していないのだ――はずなのだが、どうやらプレゼントを貰えると思っているらしい。ヒロコは、若干ひきつった笑みを浮かべた。
すると今度は、シェーラが不思議そうな顔をする。
「ヒロコさん、そのサンタさんとは、どういう人なのです?」
「サンタさんはね、赤い服を着た優しそうなお爺さんなの。クリスマスの夜に、子供のいる家にやって来て、プレゼントを置いて行ってくれるんだよ」
しかし、横でその話を聞いていたザックは考えた。サンタとは、いったい何者なのだろうか。赤い服を着て、夜中に子供のいる家に忍び込み、ニタニタ笑いながらプレゼントを置いていく……。
どう考えても、子供好きな変態としか思えない。寝ている子供に、妙な真似をしたりしないのだろうか?
ブオーン、ブオーン、ブオーン……。
突然、呼び鈴が鳴る。すると、ヒロコが顔をしかめた。
「ザックさん……この不気味な音、何とかならないんですか?」
「何を言っている。素敵な音色ではないか……シェーラ、何者かが我が館を訪れたようだ。見に行って来てくれ」
ザックが言うと、シェーラは立ち上がる。
「はいなのです。お客さまをお連れするのです」
そう言うと、玄関に向かい歩いて行った。
「ザックさん、お客さまをお連れしたのです。こちらは、ノーマン・ゲッツさんなのです」
そう言って、シェーラが連れて来たのは痩せた青年だった。いかにも暗そうな雰囲気を醸し出している。ザックは、その青年を知っていた。
「お前、ノーマンではないか。モーテルの経営は上手くいっているそうだな」
そう、この青年は暗そうな顔つきではあるが、モーテルの経営者なのである。同時に、ダミアンがリーダーを務めるエンジェルスの一員でもあるのだ。とはいっても、荒事には一切関わらない。彼はもっぱら、モーテルの経営のみをやっている。とても真面目な男なのだ。
「すみません、ちょっとお願いしたいことがあるのですが……」
おずおずと切り出してきたノーマン。
「何だ、お前が私に頼み事とは珍しいな。いったい何事だ?」
ザックが尋ねると、ノーマンは困ったような顔で喋りだした。
「実は……うちのモーテルの近くに、おかしな転生者が住み着きましてね。うちのリーダーに相談したところ、あなたにお願いするのが一番確実だと……」
「転生者、か。それは面倒だな」
そう、転生者は非常に面倒なのである。何故かは不明だが、転生したとたんにステータスをオープンして暴れまくるからだ。この世界でも、それは例外ではない。あちこちで騒ぎを起こしては、住人たちに被害を及ぼしているのだ。
ザックもこれまで、何人もの転生者を見てきたが……どいつもこいつも困った奴らである。こちらの世界に順応しない奴がほとんどなのだ。例外はテツ・ネンブーツくらいのものだろうか。もっともあの男は、あちこちの女に手を出すセクハラ魔人ではあるのだが……。
「そうか。で、相手はどんな奴だ?」
ザックが尋ねると、ノーマンは顔をしかめた。
「はい……サタングロスと名乗ってます。赤い服を着て赤い覆面を被った、妙な奴なんですよね」
「赤い服に赤い覆面だと? いったい何を考えておるのだ、そいつは?」
「さあ、私には分かりません……ただ、ショーの最中に乱入してきて邪魔するんですよ」
そう……ゲッツ・モーテルでは、名物のショーがあるのだ。支配人のノーマンが、女物のドレスを着て金髪のカツラを被る。そして……キュンキュンキュンキュン! という奇怪な音楽に合わせ、踊っている女を滅多刺しにする……だがショーが終わると、女は何事もなかったかのように立ち上がり、にこやかな表情で頭を下げるというものだ。
正直、ザックには何が楽しいのか全く理解できないのだが……なぜか、この奇怪な疑似殺人ショーは続いているのである。今や、ゲッツ・モーテルの名物となっているらしい。
「サタングロスはショーの最中、いきなり乱入してくるんですよ。そして耳が腐るような下手くそな歌を唄いまくるんです……最後には、俺は赤き死の仮面だ! と言い残し去って行くのが毎回のパターンでして……」
苦り切った表情になるノーマン。
話を聞いていたザックは首を傾げた。そやつは、いったい何がしたいのだろうか? 赤き死の仮面とは何のことだろう? 聞けば聞くほど意味不明だ。
だが、仕事とあらばやらぬ訳にはいかない。
「いいだろう。そのサタングロスとやらを、私が始末してやる」




