兄弟券バイク・ロスしたー そのきゅう
その男の登場とともに、おおっ、というどよめきが上がった。
だが、ケーンは不敵な笑みを浮かべる。
「フッ……お前、大工のゲンだな。大工の腕は天下一品、殺しの腕もなかなかのものらしいな。噂は聞いているぜ」
「おお……俺のことを知ってんのか! だったら話は早い。とっとと失せろ。でねえとな、てめえらの顔面にカンナかけてな、平面ヅラにしちまうぞ!」
そう言って、大工のゲンはゲラゲラ笑う。横にいる戦闘員たちも、一緒になってゲラゲラ笑った。何とも頭の悪そうな連中だ。
しかし――
「ちょっと待ちな。大工のゲン、お前さんの大工の腕は……ここいらじゃあ二番目だ」
ケーンの声が、周囲に響き渡った……すると、大工のゲンは血相を変える。
「何だと! ふざけるんじゃねえ! じゃあ一番は誰だ!」
怒鳴りつける大工のゲン……すると、ケーンはニヒルな笑みを浮かべた。「ヒュウ」と口笛を鳴らし、チッチッチッチ、とキザな舌打ち……そして最後に、親指で自らを指し示す。
「俺さ」
その光景を見ていたザックは、思わず頭を抱えてしまった……また、ケーンの意味不明な自慢が始まるのだ。しかも、今度はいったい何で勝負する気なのだろう。まさか、カンナがけ勝負でもする気なのだろうか? それとも、棚作り勝負だろうか?
まあ、いくら何でも、こんなアホな挑発には乗らないだろうが……。
しかし大工のゲンは、ザックの想像を遥かに上回るアホであった。
「てめえ! 誰に向かって物言ってんだ! よし、勝負だ! 俺の大工の腕を見せてやるぜ! お前ら、板と釘を持ってこい!」
大工のゲンが怒鳴ると、周りにいた戦闘員たちが一斉に動く。大工のゲンとケーンの周囲を取り囲むような形になった。
さらに、一人の戦闘員が板と大量の釘を持って走って来る。そして、大工のゲンに恭しい態度で差し出した。
大工のゲンはそれを受け取り、ケーンを睨む。
「いいか! 目ん玉ひんむいて、よーく見やがれ!」
わめくと同時に、大工のゲンは巨大なハンマーを振り上げた。
すると次の瞬間、ハンマーがまるで機械のように動き出す。大工のゲンは、自らの頭よりも巨大な鉄塊を自在に操り、釘を尋常でない速さで正確に打ち込んでいく……。
あっという間に、何十本もの釘が等間隔に打ち込まれた。寸分の狂いもなく正確に打ち込まれている様を見て、戦闘員たちはどよめいている。
しかし、隠れて見ているザックは頭を抱えた……いったい何が始まったのだろう? そもそも何故、悪の秘密結社のアジトで大工の腕比べをしなくてはならないのだ?
「どうだ! 見やがれ! お前に、こんな凄技が出来るか!」
ザックの思いをよそに、怒りの雄叫びを上げる大工のゲン……だが、ケーンはニヤリと笑った。
「まあ、それは見てのお楽しみだ……そこのあんちゃん、釘をよこしな」
ケーンがそう言うと、戦闘員の男たちが板と釘、さらにはハンマーを持って走って来た。
そして、ケーンに差し出す……しかし、ケーンは釘の箱だけを受け取った。
「これだけで充分だ……じゃ、俺のターンだぜ」
そう言った次の瞬間、ケーンが何かをしたように見えた……だが、その動きをはっきり見た者はいない。
周囲で見ていた者たちに分かったことは一つ。数十本はあろうかという釘が、全て板に打ち込まれているではないか。
しかも、よく見ると……打ち込まれているたくさんの釘は、文字の形になっているのだ。こんな風に読めた。
(おまえのだいくのうでは、やっぱりにばんだな)
「何だとお! ふざけるなあぁぁ!」
怒り出す大工のゲン。大きなハンマーを振り上げ、地団駄を踏んでいる……その姿は、駄々をこねる子供のようだ。周りの戦闘員たちが、しきりになだめている。
一方、ザックは動き出した。このドサクサに紛れて、静かに移動する。こんなアホな争いに関わっている暇はない。さっさと魔神ゴルゴンゾーラ像を手に入れなくては……。
しかし、ここで思わぬ事態が起きた。
「ウオォォォ!」
「ムギィィィ!」
奇怪な雄叫びを上げて、その場に乱入してきた者たちがいた。
まず先頭を切って入って来たのは、ロドリゲス兄弟だ。雄叫びを上げながら、凄まじい勢いで突っ込んで行く。
「ここなのです! ここが悪の本拠地なのです! 兄弟さん、やっつけてやるのです!」
ロドリゲス兄弟に続き、勇ましい叫び声を上げながら入って来たのはシェーラだ……さらに、
「にゃー! シェーラの敵はミャアの敵だにゃ! 全員ぶっ飛ばしてやるにゃ! かかって来いにゃ!」
わめきながら入って来たのは、ミャアである。
そして、ロドリゲス兄弟とミャアは……唖然としている戦闘員たちに襲いかかって行った。
そしてザックは、ただただ唖然とするばかりだった……いつの間にか、周囲は戦場と化してしまっているのだ。暴れ狂い、戦闘員たちを次々と薙ぎ倒していくロドリゲス兄弟とミャア、時々シェーラ。
その横では、ケーンが落ち着いた様子でにこやかに辺りを見回している。この阿鼻叫喚の場にあって、彼だけは落ち着きはらっているのだ。この中で、ケーンが一番威厳のある態度である。
だが、そんなことはどうでもいい。
さっさと魔神ゴルゴンゾーラ像を探し、持ち帰らなくてはならない……でないと、金の卵を産み出すニワトリを失ってしまう。




