兄弟券バイク、ロスしたー そのさん
ザックはさっそく、被害に遭ったという宿無しハックの家を訪れた。家、と言っても……町外れにある巨大な森の中にある大木の上に建てた小屋だが。宿無しの異名を持つ少年なのだが、家はある。これは何なのだろう。とんちなのだろうか……などとザックは考えながらも縄ばしごを登って行った。そして、ハックの家に上がり込む。
しかし、そこでザックを迎えたのは……思いもよらぬ伏兵だった。
「やあザックさん! あんたの家のシェーラちゃんはいい子ですな! あは、あはははは!」
陽気、かつ狂気めいた笑い声。大木の上に造られた小屋で、奇怪な笑い声と共にザックを出迎えたのは……白いブリーフ一枚のワイルド男であった。筋肉質の体で長身、おまけに日焼けした肌は黒い。その上、歯がやたらと白い。ザックは顔をひきつらせた。
「あ、あのなあ……私はハックルベリーに会いに来たのだが――」
「おお! ハックですか! ハックは私の息子ですよ! 私の名はダーガンと言います! よろしくお願いしますよ! ザックさん! あは、あははは!」
高らかに笑うワイルドな男。すると、穴の空いた帽子を被り、ボロボロの服を着た少年が申し訳なさそうな表情を浮かべて小屋の奥から現れた。
この少年こそ、ハックルベリー……またの名を、宿無しハックである。宿はちゃんと有るのだが。
「あは、あははは! ハック! 父ちゃんはお客様であるミスター・ザック・シモンズをもてなすため、川でナマズを捕ってくるぞ! あは、あははは!」
そう叫ぶや否や、白ブリーフ怪人のダーガンは、縄ばしごも使わずにぴょんと地面に飛び降りたのだ。
そして何事もなかったかのように、川に向かい爽やかな笑顔で走って行った……。
「ごめんよ……うちの父ちゃん、無職で躁鬱病なんだよ。今は躁状態だから、騒がしくて……冬が近づくと、少しは大人しくなるんだけどさ……」
唖然としているザックに向かい、ハックはすまなそうな顔で頭を下げた。
「あ、ああ、そうなのか……お前も大変だな。ところでシェーラに聞いたのだが、お前は見知らぬ男に殴られたそうだな」
「うん、そうなんだよ……痛かったな……」
言いながら、ハックは顔をしかめて頭をさする。
「そうか……ところで、お前はなぜ殴られたのだ? どういった理由だ?」
ザックが尋ねると、ハックは首を振った。
「それが……どうしたもこうしたもないんだ。滅茶苦茶なんだよ」
そう前置きして、ハックは説明を始めた。
ハックがいつものように街中を普通に闊歩していたところ、いきなり黒い服を着た男に腕を掴まれた。そして路地裏に連れ込まれたのだという。気がつくと、周りを十人ほどの男たちに囲まれていたのだ。
男たちは、ハックに言った。
「おじさんは今、ムシャクシャしてる。一発だけ殴らせてもらうぞ」
そう言った直後、ハックの頭を拳骨で殴った。
「何だそれは……理不尽にもほどがあるではないか。呆れた奴らだな……」
さすがのザックも、その話には呆れ果てた。もしこれが、悪の秘密結社デストロイとやらの仕業であるなら……相当に頭の悪い連中だ。だが頭の悪い連中というのは、時として予想もつかないようなことをしでかす可能性がある。
とにかく、他の子供たちにも同様の被害がないか聞いてみなくてはなるまい……ザックは立ち去ろうとしたが、ふと足を止めた。
「そう言えばハック……お前、シェーラとはどういう関係だ?」
「え、関係って……んなこと、言わなくてもわかるでしょ。野暮だなあ、ザックさんは……シェーラとは、結婚を前提としたお付き合いをしてるつもりだよ」
すました顔で、言ってのけるハック……ザックの顔色が変わった。
「なんだとお……貴様、ふざけたことを――」
「あは、あはははは! ザックさん、ナマズ男を捕まえましたよ!」
ザックの言葉を遮り、周辺に響き渡る狂気の声……ザックが下を見ると、白ブリーフ姿のダーガンが、ナマズと人間を力ずくで合成させたような奇妙な生き物を担いだまま立っているのだ。
ナマズ男は必死でビチビチ暴れている。その体から滴り落ちる水滴が、ダーガンの全身を濡らしていた。何とも異様な光景である……。
「あは、あはははは! 今こいつを捌いてナマズ汁を作りますから!」
「捌かなくていい!」
ザックは怒鳴りつけ、大急ぎで縄ばしごを降りて行く。
そして言った。
「私はもう帰る! こんなものは捌かなくていい! 逃がしてやれ!」
すると……ダーガンの表情がみるみるうちに変化した。何とも切なげな表情へと……そしてダーガンの力が緩んだ隙に、ナマズ男は走って逃げて行った。
そして、ダーガンは崩れ落ちる。
「な、何て悲しい話なんだ……ううう……俺の善意は報われないのか……」
そう言いながら、大粒の涙をこぼし始めた……。
「え、えええ? 何で泣くのだ!?」
うろたえるザック。すると、ハックが近づき耳打ちした。
「父ちゃん躁鬱なんだよ……だから、ちょっとしたことですぐ落ち込むんだ」
そしてハックは父に近づき、肩を叩いて慰める。
「父ちゃん……こんなこともあるよ……しょうがないさ」
「ううう……良かれと思ってしたことが報われない……悲しいなあ……」
泣きながら息子に訴えるダーガン。すると、森の奥から巨大なゴリラが出てきた。さらに白いスライムのような生き物が二体、どこからともなく現れる。そしてダーガンの周りを取り囲んだ。
「おお、リキロー……それにビュービューとボーボー……俺を慰めてくれるのか……」
言いながら、奇怪な生き物たちにハグをするダーガン……ザックは付き合いきれなくなり、その場から立ち去って行った。




