違法人・4
さて、かつあげ……いや寄付をいただいたザックとロドリゲス兄弟は、意気揚々と街を歩く。今回は金だけでなく、貴重な情報も仕入れられた。成果は非常に大きい。
そして、冒険者ザックの普段の一日は、こんな感じで過ぎてゆくのだ。自称冒険者ではあるが、冒険などしやしない。街をうろつき営業し、護衛などの仕事にありつく――もっとも、ザックは評判が悪すぎて仕事にありつけないが――のだが、仕事にあぶれた時は……こうやって犯罪者たちの所に出向いて、寄付を募るのである。
ザックと兄弟が街を歩いていると、五忍者が屋根を走っているのが見えた。どうやら、今日も世界征服を企む悪の秘密組織と戦っていたらしい。彼らは日夜、人々の平和のために戦っているという話だ。
しかし、ザックにはそんなことは関係ない。ロドリゲス兄弟を引き連れ、通りを歩く。すると、前の方に人だかりが見えた。上の方を見ながら、何やら話し合っている。
「おい……何事だ?」
ザックは兄弟と共にそちらに行き、人だかりに割って入る。そして、手近にいた女に尋ねると――
「あれ見てよ……飛び降りようとしてるの」
女はそう言いながら、上を指さす。すると、高い建物の屋上……その縁に若い男が立ち尽くし、下を見下ろしている。
「やれやれ……あいつは何だって、自殺しようなどと考えたのだ?」
ザックは女に尋ねる。すると、
「何か……死んだら転生できるって思ってるみたい。自殺してやり直すんだって叫んでるのよ……」
女は困った顔で答える。当然である。人が高い所から落ちたら潰れるのだ。その有り様たるや……筆舌に尽くしがたい。人体が実はどれだけ脆いものなのか、そんな場面を見るとよくわかる。神ですらゲロを吐いてしまうくらいのグロさである。さらに、その死体を掃除しなくてはならない清掃員の苦労たるや……お察しください。飛び降り自殺は、遺された人たちにとてつもない迷惑をかけるのである。
「おい、五忍者はどうしたんだ!」
野次馬の中から、男の声がした。しかし、五忍者は世界の平和を守るのに忙しく、こんな小さな事件にはわざわざ出てこない。そして、ザックと兄弟も面倒くさくなり、引き上げようとした。
すると――
「おい! 誰か頼む! あいつを止めてくれ! 自殺なんかされたらかなわん! 家賃が下がるんじゃ! あいつを止めろ!」
チョビ髭を生やしてもみ上げを長くしたおっさんが出てきて、何やら喚き始めた。どうやら、この建物の持ち主のようである。ザックは足を止めた。
「なあ、そこの人……奴の自殺を止めたら、幾らくれるのだ?」
「はあ!? じゃあ金貨を五枚くれてやる! 早く止めろ!」
おっさんはザックに向かい、子供のように喚き散らす。ちなみに金貨五枚を日本円に換算すると、ざっと三十万から五十万くらいの値打ちであるらしい。ドルは知らんが。ともかく、その数字を聞いたとたんにザックの表情が変わる。
「くれてやる、という言葉は気に入らんが、仕方ないな。金を稼がんと叱られるのだ。引き受けよう」
ザックはそう言うと、右手を上に上げる。そして人差し指を、男のいる方に向けた。
すると、人差し指の先端が光り出す。そして光の弾丸が人差し指より発生、屋上の男めがけ、真っ直ぐ飛んでいく――
一瞬にして男の足元に命中し、小さな爆発を引き起こす……。
慌てて、その場から飛び退く男。そして地上では、
「うげ!? 貴様何をするのだ!」
おっさんが叫ぶ。だが、ザックは止まらない。たて続けに指先から放たれる、光の弾丸……男の足元に何発も炸裂し、足元のレンガを焦がし削っていく。男は悲鳴を上げながら、建物の中に逃げて行った。
「やれやれ……当てる方が簡単だ。ところであんた、自殺は止めたぞ。約束通り金を払ってくれ」
ザックはおっさんの方を向き、そう言ったが、しかし――
「ふざけるな! レンガを壊しおって! 貴様に払う金などない!」
おっさんは乱暴に言い放ち、建物の中に入ろうとする。だが、目の前には巨大な肉の壁が……ロドリゲス兄弟が前に立ちふさがったのだ。おっさんが見上げると、目の前にはロドリゲス兄弟の筋肉質の顔が……。
「貴様……払うと約束したはずだぞ。同じセリフを二度吐かせるつもりか、この私に?」
そして、ザックのこのセリフ……しかし、おっさんも引かなかった。震えながらも言い返す。
「き、貴様……お、俺を脅す気か……俺を誰だと思ってるんだ――」
「知らん。貴様が何者であるかなど、私は知らない。知りたくもない。知る必要もない。肝心なのは、貴様が金を払うと約束したにも関わらず、その約束を履行していないという事実だ。私は約束を守らん人間が嫌いでな……貴様、死んでみるか?」
ザックの言葉と同時に、ロドリゲス兄弟が両脇からガッチリ押さえつける。そしてザックは、震えるおっさんに顔を近づけた。
「いいか貴様、よく聞けよ……私の名はザック。ザック・シモンズだ。私は、このような不実な真似を許せん性分でな……いいか、金を払わない時は、貴様の右手をスカイ・ロドリゲスに引っ張らせる。そして左手をグラン・ロドリゲスに引っ張らせる。この兄弟の腕力はゴリラ並みだ。貴様の体を真っ二つに引き裂くくらい、訳ないこと。さあ、どうするのだ?」
「わ、わかりました! 払います! 払いますよう! だから離してえ!」
結局、おっさんは涙と鼻水とよだれ、さらにはズボンまで濡らしながら、ザックに許しを乞うた。