殺し人走る 八
バー『サムソン』を出た後、ザックはのんびり歩いた。とりあえずは、街をぶらぶらしてみる。しかし、特に変わった様子はない。ただ、何者かの視線は感じるが……この時点で仕掛けてくる気はないらしい。まあ、敵も一応はプロの暗殺者なのだ。街中で仕掛けてくるほどのバカ者でもないのだろう、とザックは勝手に推測し納得する。
しかし……悲しいかな、ザックはいろんなことを忘れていたのだ。
数時間前に魔法爆弾で、店ごと吹っ飛ばされそうになったことを。
そして、ロシモフから聞いた話を。
(奴らは依頼を受けたら、確実に殺る……手段を選ばずにね)
歩いているザックの背後から迫る何者か……そして、人気のない路地に入っていったとたんに伸びてくる、いかつい手――
「テツ……お前、何の冗談だ?」
振り向きざま、睨み付けるザック。テツは手を引っ込め、おっかない顔でニヤリと笑った。
「そう怒るなって。冗談だよ冗談。それよりな、お前を殺すためにハングドマンに依頼した奴だが……見つかったぞ」
「何だと……何者なのだ、そやつは!? 今どこにいる!?」
「コイツだよ」
屋敷に戻ったザックの前に、まるで猫をつまみ上げるように一人の男の首根っこを掴んで持ち上げ、突き出したテツ。ザックはその男の顔をまじまじと見つめた。小柄な体、眉毛が太く顔が濃いことを除けば、よくある平凡な顔だ。ザックには全く見覚えがない。
「お前は……誰だ? 私はお前など知らんぞ。なぜ私を狙う?」
ザックは首をかしげながら尋ねた。すると、男はザックを睨みつける。しかし迫力のないユニークな風貌のせいで……まったく怖くない。
「お前、俺の声を笑ったろうが! 三年前に、変な声だって言ってみんなの前で笑ったろうが!」
男は奇妙な声を上げながらわめき始めた。確かに変な声ではある。しかし三年も前の話を根に持ち、さらに殺し屋を雇うとは……ザックは、ただただ呆れ返るしかなかった。
「そうか……それはすまなかった。謝れと言うのなら謝ろう。しかし、三年も前の話をなぜ今さら?」
「ハ、ハングドマンの方から、営業をかけてきたんだよ! 殺したい相手はいませんか、と……だから頼んだんだよ! 価格もリーズナブルだったし」
「金貨八十枚がリーズナブルなのか……お前、凄い金持ちなんだな……もっとも、ロドリゲス兄弟と同じくらい頭は悪いがな……」
ザックは、だんだんと真面目に話しているのがアホらしくなってきた。そんな下らん理由で私を殺そうとしたのか、このバカ者は……。
「ザック……とりあえず、こいつに依頼を取り下げさせるからよ。今からこいつと一緒に、ゴッドタイガーに会ってくる」
「わかった……お前には借りができてしまったな。ところで、ゴッドタイガーとはどんな奴なのだ?」
ザックが何気なく尋ねると、テツは声をひそめた。
「……聞きたいか?」
「無理とは言わん。お前の気が進まぬなら――」
「いや、そういう訳じゃない。ただな、ゴッドタイガーは変わってるんだよ。変なヘルメット被っててな……弱き者、正しき者の味方……ゴッドタイガー! なんて絶叫するんだ。会いたいか?」
「それはまた、ずいぶんとマイナーな奴をチョイスしたな……」
「はあ?」
「いや何でもない……とにかく、会うのは止めておこう……」
ザックは首を振った。これ以上、ワケわからん奴と関わるのはごめんだ。
「じゃあ……ザックさん、一応は解決したんですよね……」
屋敷の中で、ザックに尋ねるヒロコ。ロドリゲス兄弟、ミャア、そしてシェーラは屋敷に戻り、リビングで遊んでいた。
「ああ、一応は……しかし……」
ザックは言葉を止め、忌々しげにリビングの方を睨みつける。
「なぜ、奴がここにいるのだ……」
「シェーラ……お前さん、ここいらじゃあ二番目だ」
勝ち誇ったようなケーンの言葉に、きょとんとするシェーラ。不思議そうな顔で尋ねる。
「じゃあ……一番は誰なのです?」
すると……ケーンの表情が変わる。ニヤリと笑い、親指を立てて自らを示し――
「俺だ」
「そ、そうなのですか……す、凄いのです……ケーンさんは何でもできるのです……」
シェーラはひきつった表情を浮かべながらも、どうにか言葉を返す。さらに、その横にいるミャアとロドリゲス兄弟もまた、困った顔をしていた。
「なあヒロコ……ケーンの奴は……バカなのか? アホなのか?」




