殺し人走る 六
テツが帰った後、ザックは一人でしばらく考えてみた。暗殺者ギルドのハングドマン……ふざけた名前のふざけた連中であるし、腹の立つ話でもある。しかし……テツと約束した以上、今はおとなしくしているしかない。だが、苛立つ。とりあえず、ザックはこの苛立ちをどうやって静めようかと考えてみた。じんましんが出そうなくらい、一人で考えに考えた挙げ句……外でヤケ食いし、そしてヤケ酒でも飲んでみようか、と思い立った。そして表に出る。
そして……ザックはのんびりと歩いた。自分は命を狙われているというのに、街は平和そのものだ。人々は実に楽しそうな雰囲気である。これは非常に理不尽な話だ……などと、ザックはドラマに登場する恵まれない環境で育った不良少年のように不貞腐れる。どこかに悪党でもうろついていないものだろうか。もし悪党を見つけたら、取っ捕まえて縛り上げ、枝振りのいい大木を見つけて逆さ吊りにしてやる。さらに水をぶっかけて……などとバカなことを考えながら歩いていると、目当ての悪党たち……かもしれないものが見つかった。
前方に人だかりができている。こんな時は得てして事件の匂い、とばかりにザックが人をかき分けて進んで行くと、凄まじい勢いで喧嘩をしている二人がいたのだ……。
片方は白い無骨なデザインの仮面を着けた、スキンヘッドの大男である。筋肉隆々で、一見するとウォーリアーズのリーダーであるヒューマンガスに似ているが……ヒューマンガスより微妙に脂肪が付いている上、ヒューマンガスよりも服が汚い。沼の中から上がって来たようなシャツを着ているのだ。恐らく、一年くらい洗っていないのではないだろうか……。
そして喧嘩の相手は、お洒落な帽子を被り、しましまのシャツを着ている小柄な男だった。しかし、片手に鉄の爪のような物をくっつけている。その鉄の爪で、マスクの大男を何度も突き刺しているのだが……大男は怯まず、大振りのパンチを放つ。小男はパッと飛び退き、身構える。ザックはため息をついた。彼は、この二人のことをよーく知っているのだ……。
「ジェイソン! フレディ! お前らまた喧嘩しているのか!」
ザックが一喝すると、二人の動きが止まった。そして慌てた様子でこちらを見る。その直後、二人とも一瞬にしておとなしくなってしまった。
ジェイソンとフレディ……ダミアン率いるエンジェルスの一員である。大男のジェイソンはロドリゲス兄弟にもひけを取らないくらいの体格、そして怪力の持ち主である。また、見た目通りに異常に打たれ強い。でも水泳だけは勘弁な、というキャラである……一方のフレディは小男ではあるが、動きが非常に素早く頭もキレる。基本的には知能犯であるが、荒事にも長けており、必要とあらば、ためらわずに戦う。いつも片手に装着している、手甲に付いた長い鉄の爪で相手を突き刺すのが得意技だったりする。
しかし……理由はさだかではないが、この二人は異常に仲が悪いのだ。顔を合わせると、だいたい一分以内に喧嘩が始まる。殺し合いにも等しいレベルの喧嘩が……基本的にリーダーのダミアンは、二人をなるべく遠ざけるようにしてはいるが、時としてこのようなニアミスが起きてしまう。そうなってしまったが最後、二人は確実に喧嘩を始めてしまうのだ。大抵の者には止めることはおろか、近づくことすらできないくらいの激しい喧嘩を……。
しかし、今回は幸いにもザックが通りかかった。ザックは、この二人の喧嘩を止められる数少ない街の住人のうちの一人である。
「お前ら、さっさと帰れ……ちょっと待て! 一緒に帰ると、また喧嘩するだろうが! ジェイソンは右! フレディは左! はい解散!」
そう言って、ザックは手を叩く。すると、ジェイソンとフレディはお互いに背を向け、別々の方向に去って行った。
ザックは二人が立ち去るのを見届けると、再び歩き出す。野次馬も、二人が立ち去るのと同時に散って行った。
そしてザックがやって来たのは……バー『サムソン』だ。サムソン、という言葉は何を意味しているのか、ザックには全くわからない。わかりたくもないのだが。見た目は中世ヨーロッパ風の異世界ものに登場しそうな感じのバーである。詳しく知りたい方は、夜中に放送してるアニメを観れば何となくわかる……かもしれない。
そして、店のマスター……いや、ママはロシモフという年齢不詳の中年男? である。ロシモフは二メートルを遥かに超える長身と、二百キロを超える体重の……女装家だ。ロドリゲス兄弟が小さく見えるほどの巨体である。恐らく、街で一番の大男だろう。もっとも、中身は女なのであるが……現に、今も可愛らしいデザインのメイド服を着ているのである。間違いなく、世界で最も巨大で不気味なメイドであろう。




