殺し人走る 五
皆をケーンの家に避難させた後、ザックは一人でこのだだっ広い家のリビングにて座り込んでいた。次にやるべきことは何だろう。とりあえずは、調べてみるとしようか……誰が自分を殺そうとしているのかを。
だが、その時――
ブーン、ブーン、ブーン……。
家に鳴り響く、奇怪な音色。呼び鈴が鳴っているのだ。ザックは扉に向かい歩き出す。もちろん、扉の向こうの相手が妙な動きをすれば、消し炭に変えるための準備はしてあるが。
ザックは慎重に扉を開ける。すると――
「しばらくだったな、ザック……」
扉の向こうにいた者は……ザックにも引けを取らない凶悪な人相、そしてロドリゲス兄弟にも引けを取らないくらいの体格をした、スキンヘッドの大男だったのだ。大男はニヤリと、無気味な笑いを浮かべる。
ザックは男の顔を見ると、渋い表情になった。
「テツ……貴様まで舞い戻っていたとはな」
このテツ・ネンブーツという男は……転生者なのである。本人いわく、異世界にあるニホンという国のエドという街にいたのだが、短刀で腹を刺されて死亡……のはずが、なぜかこっちの世界に転生してきたらしいのだ。ちなみに、元の世界ではヒッサツ・シゴキニンという殺し屋だったと言っている。転生者にしては珍しく、能力を用いて暴れたりハーレムを造ったりせず、街にすっかり馴染んでしまっているのだ。もちろん、女遊びはするが……。
テツは家の中にずかずか入り込み、リビングの椅子に腰かける。そして――
「いいか、聞いて驚け見て笑え。お前の首にな、賞金が懸けられたんだ」
「知っている。既に一度、狙われたのだ……とんでもない連中でな、魔法爆弾で店ごと吹っ飛ばされそうになったのだ」
「無茶苦茶しやがるな。ところで、お前を狙ってるのは誰なのか……お前は知ってんのか?」
「知らん。私に恨みを持つ者など、星の数ほどいるのでな。まあ、どうせどこかの金持ちのバカ息子の仕業だろう」
ザックは面倒くさそうに答える。だが、それを聞いたテツはニヤリと笑ってみせた。
「実は、な……最近この街に、ハングドマンっていう組織ができたんだ。で、そこのボスがお前の首に賞金を懸けたってわけだよ。お前の命は金貨八十枚で売れた。どうせお前のことだ……あっちこっちで恨み買ってんだろうが」
「ああ、買っているだろうな。しかし、ふざけた名前の奴らだな……」
ザックは唇を噛んだ。いつの間にやら、そんな展開になっていたとは……しかし待てよ。そもそも、ハングドマンとは何者だ?
「テツ……ハングドマンとは何なのだ? 聞いたことのない連中だ。お前も、そのハングドマンとやらの一員なのか?」
「いや、俺は正式な一員じゃない。奴らは暗殺者ギルドなんだとさ……俺は仲間たちと組んで、奴らの仕事も引き受けてる。本来ならば、お前にこのことを言った時点で俺は殺されちまうんだがな……とりあえず昔のよしみで伝えに来てやったぜ」
テツはとぼけた表情で言う。話している内容の割には、緊張感が微塵も感じられないのだが。事実、今もニヤニヤ笑いながら、持参した小袋の中に手を突っ込み、豆をつまみ出してポリポリ食べている。いかにも楽しそうだ。
「ふざけおって……フッ、面白い。ならば、そのハングドマンとやらを……こちらから乗り込んで行って潰してやろうではないか」
そう言うと、ザックは立ち上がった。ギルドだか何だか知らんが、ふざけるなと言うのだ。そこらの転生者じゃあるまいし、ギルドなどと言われたくらいでビビるとでも思っているのだろうか。そもそも、ギルドとは何なのだ!? ギルドの一言で何でも済ませられると思うなよ! ギルド……ギルド……そういえば、ある異世界ではギルダンという通貨があるらしい。しかも、その世界には最強の異能生存体がいるとか……何の意味もない。
ザックはプンプン怒りながら出て行こうとする。しかし、テツがその腕を掴んだ。
「まあ待てよ。お前、本気でハングドマンの奴らと殺り合うつもりなのか?」
「当然であろう。私を誰だと思っている――」
「そしたら、こっちが困るんだよ……俺に一つ考えがある。まあ、少し待っててくれ」
言いながら、テツは右手をボキボキと鳴らす。なぜかこの男は、右手がボキボキ鳴る特異体質なのだ。簡単な曲なら、右手のボキボキで奏でられるかもしれない、などとザックはバカなことを考える。
「何だと……お前、どうする気なのだ?」
「いや、だから俺に任せてくれって……お前に騒がれると面倒なんだよ」
自信満々のテツ。ザックはどうしたものか考えた。だが、仕方ないので――
「わかったよ……いいだろう。お前に任せよう」




