さよならは教えられん・5
コウスケ・ヒトミはダゴンの街の南地区にある屋敷にいた。外観は中世ヨーロッパ風である。中世ヨーロッパ風がわからない方は……ファンジー系の映画やアニメなんかを見るといいかもしれない。とりあえず、中世ヨーロッパ風と言ったら中世ヨーロッパ風なのである。
そして屋敷の中では――
「べ、別にあんたのためじゃないんだからね……」
などと訳わからんことを言いながら、コーヒーを持って来たのはメイド服を着た女である。中世ヨーロッパにお洒落なメイド服が存在したのかどうなのか、神は知らない。重要なのは、コウスケがそういうのが好きということである。ついでに、他にもそんなのを着た女が数人いるのだ。
その中世ヨーロッパ風の屋敷の扉をぶち壊し、中に侵入したのはロドリゲス兄弟であった。兄弟は筋肉をプルプルさせながら乗り込んで行く。悲鳴を上げながら逃げ惑う女たち。
「な、何だお前らは!」
突然の侵入者に怯みながらも、大声で怒鳴りつけるコウスケ。そう、彼にとってハーレムは夢なのだ。その夢を壊す者は全力で潰す……間抜けな神から授かった強大な能力を駆使して。
そして、コウスケは姿を変えていく。侵入してきた賊を打ち倒すために、彼は変身した……ただ、その姿は仮面を着けたバッタのような怪人ではない。なんと、美少女の姿だったのだ……いや、美少女ではあるが、SMの女王様のような仮面を着けているのである……服装も、出来損ないのコスプレ少女のようだ。
「さあ、美少女仮面ポール・マッキニーが相手よ! かかってらっしゃい悪党ども!」
美少女仮面ポールはそう言うと、奇怪な細身のサーベルを構えた。
すると、ロドリゲス兄弟は顔を見合わせる。そして……後ろを向き、すたすたと引き上げて行った。この奇怪な姿を見せてけられ、やる気が失せてしまったようである。
入れ替わるように登場したのは、ザックだった。しかし、ザックもまた唖然とした表情で、美少女仮面を見ている。ややあって、口を開いた。
「何だその姿は……呆れた奴だな……なあ貴様、一つだけ聞かせろ。なぜ、そんな姿に変身するのだ?」
「これから死に逝くあんたに、そんなこと知る必要はないわ! さあ、このバルサーベルを――」
その時、ザックは左の拳を美少女仮面に向けた。
次の瞬間――
「ラビットパンチ」
感情の全くこもっていない声と同時に、ザックの左拳が切り離され、マッハの速さで飛んでいく……そして美少女仮面の鳩尾に炸裂した。美少女仮面は痛みのあまり悶絶し……意識を失った。
そして、目的を果たした左拳はザックの元に飛んで行き、再びザックの左手に戻った。
「いやあザックさん、助かりましたよ。あいつには本当に手を焼いていましたから……あの野郎、催眠魔法で片っ端から好みの女の子を自分に惚れさせてたみたいですね。全く困ったもんですよ」
ダミアンは上機嫌で、珍しくテンションが高い。身振り手振りを交えながら話している。
「まあ、世の中の男女が皆、お前のような美形ではないのだ。異性を惹きつけることのできる力を手に入れたのなら、使いたくなる気持ちもわからんでもない。ただ……ほどほどにしておけば良かったものを、バカな奴だ。派手にやり過ぎるから、目を付けられる」
「そんなもんですかねえ……ところで、奴はどうなったんです? 始末したんですか?」
「いや、ある所に閉じ込めた。もう悪さはできないだろうな。まあ、本人も楽しそうだし、これで丸く収まったわけだ」
「え……何なんですか?」
・・・
僕は中世ヨーロッパ風の異世界を旅している、最強のチート勇者、コウスケ・ヒトミだ。傍らにはメイド服の巨乳癒し系美少女とビキニアーマーのぺったんこ系ツンデレ美少女とツインテールの幼女と浴衣姿の童女と犬耳わふー系美少女がいる。
「ご主人さま、今夜はあたくしのベッドで……」
「何言ってんだい! 今夜はあたしのベッドだよ!」
「あんたたちバカじゃないの! ま、まあコウスケが……ど、どうしてもって言うなら……」
「私のベッドにも来てほしいのです、わふー」
おいおい、困ったもんだなあ。
僕の体は一つしかないんだよ。
みんな可愛いな。
はっはっはっは……。
・・・
「な、何すかそれ……あのコウスケは、牢屋の中でずっと夢を見てるってことですか……気色悪い……」
ダミアンはあからさまな嫌悪の色を浮かべた。
「奴にとっては、覚めない夢を見ている方が幸せなのだろう。現実のコウスケは、転生した時に得た力を全て失った。今や、ただの人間でしかない……現実と向き合い、生きていくくらいなら……夢の中に逃げ込む方を選んだのだよ……哀れな男だ」
「じゃあ、とりあえずこれを……」
ダミアンは、金貨の詰まった袋をザックに差し出す。ザックは袋を受け取ると、立ち上がった。
「では失礼する。行かなくてはならぬのでな」
「え、もう行っちゃうんですかあ? たまにはゆっくり休んでいったらどうです……ぼくの……ベッドなんか……どうかなあ……なんて……」
はにかんだ笑みを浮かべるダミアン……だが、
「前にも言ったはずだがな……私にはそっちの趣味はない! 帰る!」
ザックは振り向きもせぜに、そのまま立ち去って行った。ニコニコしながら、見送るダミアン。
念のため言っておくが、ザックはバラの運命などとは無関係に生きている。まして、ザックとダミアンがバラのお花畑を見ながら、仲睦まじくお弁当を食べたりする場面などはないので念のため。
「にゃはははは! シェーラはお絵描き上手だにゃ! 本当に可愛いにゃ!」 家に帰った途端、聞こえてきたのはミャアの奇声。次いで、パグ犬のデュークが出迎えのためにやって来た。尻尾を振りながら、ザックのくるぶしに鼻をくっつけて挨拶する。
「出迎えご苦労さん、デューク」
ザックは優しい表情で、デュークの頭を撫でる。デュークはザックの手をペロリと舐めた後、とことことリビングに戻って行く。
ザックがリビングに行くと、ロドリゲス兄弟がパンツ一丁だけの姿でポーズをとっており、それをモデルにシェーラが絵を描いている。その横では、ミャアが目を輝かせてシェーラの描く絵を見ている。ザックは苦笑した。
そして思う。
ヒロコやミャアにメイド服を着せた所を。
次の瞬間、頭痛と吐き気が同時に襲ってきた……。




