違法人・2
ヒロコはまず、よだれを垂らして大いびきをかいているロドリゲス兄弟の頭に蹴りを入れた。ゴリラのような体格をしているロドリゲス兄弟も、この一撃を受けてまで眠っていられなかった。二人とも、ほぼ同時に目を覚ます。
そして――
「何だ、何事だ」
「どうしたのだ」
寝ぼけ眼でキョロキョロ周りを見渡す兄弟。二人の視線がヒロコを捉える。
「おお、ヒロコ……おはよう」
「ヒロコおはよう」
ニコニコしながら、目覚めの挨拶をするロドリゲス兄弟。惰眠を貪っていた自覚がまるでないらしい。さらに言うと、兄弟は顔がいかついしケンカも恐ろしく強い――キレると大統領でもブン殴ってみせる――上に、脳ミソは大さじ一杯分ほどしかない。しかし、素直で心優しい筋肉男でもある。近所の子供たちからは、とても好かれているのだ。もっとも、その母親たちからはとても嫌われているのであるが……。
そんな二人を蹴り起こしたヒロコの暴力の矛先は、次にザックへと向かう……はずだったのだが、蹴られる前に、ザックはいきなり跳ね起きたのだ。
そして叫ぶ。
「うむ、腹がへったな……おいヒロコ! 飯の用意はできたのか……貴様、何を遊んでるのだ! さっさと働け、この怠け者が!」
この言葉を聞いた瞬間、ヒロコの表情が変わった。呪術師が儀式で用いる仮面のような、恐ろしい顔でザックを睨み付ける……。
「人に働け言う前に……お前が働け!」
ヒロコに怒鳴られ、ザックはロドリゲス兄弟と共に表に出る。仕方ないので、外回りの営業をすることにしたのだ。
「えー……毎度おなじみ、冒険者のザック・シモンズとロドリゲス兄弟でございます。家の掃除からモンスター退治まで、何でもしますよー」
「しますよー」
ザックの後ろから、こんな宣伝文句を叫びながら歩くロドリゲス兄弟。三人はこんな調子で、街をうろつき仕事を探しているのであった。
この宣伝文句を聞いてもわかる通り、ザックは冒険者である。ちなみに冒険者とは……まあ極悪非道な職業である。平和に暮らしているゴブリンの巣に殴り込みをかけて金品を奪ったり、普通に生活しているドラゴンの首をぶった斬ったりと、はっきり言って山賊と紙一重の連中である。つまりはザックもまた、極悪非道な冒険者の一人なのだ。そう、この世界では誰でも冒険者になれる。良心をなくし、命の危険さえ顧みなければ、簡単になれるのだ……。
ザックは、大きな声を出しながら仕事を求めるロドリゲス兄弟を引き連れ、街のあちこちをうろついてみた。しかし、誰も声をかけて来ない。一応、街の中でも人通りの多い場所を歩いているはずなのだが……。
「おい兄弟、近ごろは仕事の依頼が少ないな。最近、街は不景気なのだろうか……お前たちは何か聞いていないのか?」
ザックは後ろを向き、兄弟に尋ねる。すると、
「いやあ……聞いてないですよ、ザックさん。なあ、兄ちゃん」
「そのはずだ、弟よ」
そう答え、周りを見回す兄弟。当然である。大通りは、馬車や大勢の人間が行き交い、交通整理の兵士や魔法使いたちが忙しなく動いている。しかし、誰も声をかけて来ない。それどころか、皆はザックたち三人が近づいて来ると、目を逸らして知らぬ顔で足早に遠ざかって行くのだ……。
ザックと兄弟は知らないのであるが、最近ダゴンの街には、「危険人物注意報」なるサービスを始めた魔法使いがいる。危険人物が街を出歩くと、会員になった者に知らせる、というサービスである。なぜそんな事が可能なのかというと、魔法だからである。そう、魔法は恐ろしく便利でべらぼうに強力な力だ。「なぜなら、魔法だからさ」……この一言で、大抵の疑問は解決できる。全く解決になっていない、という意見は……とりあえず無視する。
そしてザックは、この街の危険人物の一人としてリストに載っている。なのでザックが表を出歩くと同時に、そのニュースが知れ渡り、街のみんなは警戒してしまっているのだ。
「しかし困ったな……このまま仕事取れずに帰ったら、ヒロコとミャアとデュークに怒られるぞ」
ザックがぼやくと、兄弟もうなずいた。
「怒られますね、ザックさん」
「怒られますね」
兄弟の間の抜けた言葉を聞きながら、ザックは考えた。
「仕方ないな……今日は奴らに頼むか」