さよならは教えられん・4
ザックとロドリゲス兄弟は、地下の一画にあるエンジェルスのアジトに来ていた。前にも書いたが、ダミアンはウォーリアーズのボスであるヒューマンガスやシアトル騎士団のボスであるラウル将軍と違い、人形のような目鼻立ちの整った綺麗な顔をしている。さらに周囲に暑苦しいボディーガードやけばけばしい女たちなどを侍らせたりはしていない。行動する時はたいがい一人である。
つまり、ダミアンは犯罪者集団のリーダーではあるが、基本的にはぼっちであり、しかも好き好んでぼっちになっている。はっきり言って、かなり変わった性格の持ち主なのだ。
「ザックさん、あなたに頼みたい仕事ってのは……この街に最近、コウスケって奴が派手に騒いでるらしいんですよ。そいつを何とかして欲しいな、と思いましてね……」
「コウスケ? どんな奴なのだ、そやつは?」
「まず、そのコウスケって奴は……やたらと女にモテるらしいんですよね」
「……となると、そのコウスケは、お前のような顔をしているというわけか」
「いや、それが……似ても似つかない……はっきり言って、遠くから見た限りじゃあ、そいつ不細工なんですよ」
そう言って、ダミアンは顔をしかめる。たぶん、俺とあんな奴を一緒にしないでくれ、という意思表示なのだろう。目付きが悪く悪人面で、お世辞にもイケメンとは言えないタイプの顔を持つザックは、若干イラッときた。しかし、質問を続ける。
「では、ダミアン……要は、私にそやつを殺せと言うのだな?」
「いや、殺すまではいかなくても……ただ、あっちこっちの女に悪さしてるらしいんで、ザックさんに是非とも何とかしていただきたいなと……」
そう言いながら、ダミアンは上目遣いに子犬のような目でザックを見つめる。同時に哀願するような表情を浮かべる。たいがいの女と、そっちの趣味のある男は一発で落とされるであろう表情だ。
しかし、あいにくとザックは女ではないし、そっちの趣味のある男でもなかった。
「ダミアン……私には理解不能だな。なぜ、お前の部下を使わない? お前の部下には、荒事に長けた者も少なくないはずだ。なのに……なぜ私に?」
そう、ダミアンがリーダーを務めるエンジェルスは……ダミアンが一声かければ数十人は動くはず。なのに、なぜザックを頼むのか……もっとも、その理由についてはだいたい察しがつくのだが。
「はあ……ザックさん、そのコウスケってのは……転生者らしいんですよ」
ダミアンはため息をつき、物憂げな表情を浮かべながら答える。
「なるほど……それは厄介だな」
転生者……ラノベによく登場する、あいつらの事である。バカな神のやらかした不始末のためにあっちゃこっちゃの世界からやって来て、授けられた強大な力を駆使してハーレムを作ったりする、誠にハタ迷惑な連中なのである。
そして、この世界にも転生者はいる。郷に入っては郷に従え、という言葉を実践してくれる者は……まずいない。ほぼ例外なく、元の世界の常識を振りかざして暴れてくれるのだ。基本的に、若者というのは力を手に入れると、傍若無人に振る舞いたくなるものらしい。
そんな連中が現れた時、ザックにお呼びがかかることもある。
「そのコウスケとかいうバカ者を何とかすればいいのだな? いいだろう。それで、報酬は幾らだ?」
「そうですね……金貨十枚でどうでしょう」
「……いいだろう、引き受けよう」
言うと同時に、ザックは立ち上がった。ロドリゲス兄弟を引き連れ、そのまま出て行こうとする。しかし――
「ちょ、ちょっと待って! ザックさん! どこ行こうってんですか!?」
慌てて止めようとするダミアン。当然である。コウスケという名前以外、何も知らないというのに……この男はどこで何をしようと言うのか。
「いや、簡単ではないか。そのコウスケとかいう奴の頭を吹っ飛ばせばよいのであろう? 実に簡単だ。さっさと終わらせて来る。金貨を用意して待ってろ」
「いや、簡単かもしれないんですが……その……コウスケに関する情報は知っていた方がいいかな……なんて……」
ダミアンは上目遣いで、歳上のお姉さまやおばさま殺しのすがるような表情で見つめる。たいがいの女と、そっちの趣味のあるおっさんはコロっといかれてしまうのだが、ザックは女でもなければ、そっちの趣味もない。しかし――
「それもそうだ。よし、ダミアン……お前の知っている情報を洗いざらい吐いてしまえ」
コウスケ・ヒトミ……誤解してもらっては困るが、れっきとした男である。トラックにはねられて死んだが、間抜けな神さまにさんざん謝られた挙げ句、異世界にやって来た。ちなみに、彼を轢いたトラックの運転手はどうなったかと言うと……おっかない警官にさんざん取り調べを受け、過失はなかったと判断されたものの、子供を轢き殺してしまったという罪悪感に耐えられず、トラックの運転手を辞め、車の運転も一切しなくなった。運転手いわく「もう二度と、人の命を奪うかもしれないようなことをしたくない」とのことであった。間抜けな神のせいで、運転手の人生までもが変わってしまったのである。
それはともかく、コウスケはこちらの世界にやって来るなり、授けられた能力を用いて悪さの限りを尽くした。初めは、ちょっとした悪さを……そして段々と悪さがスケールアップしていったのだ。そして今ではハーレムを造りウヒャヒャヒャと言っているらしい。誠にハタ迷惑な男である。そして遂に、こちらの世界の神がザックを遣わして天誅を降すことにしたのだ。




