さよならは教えられん・3
痴話喧嘩を止めた後、ザックはロドリゲス兄弟の後ろに隠れながら、こそこそと進む。さすらいの魔法探偵、ケーン・カザミの目を避けるため……しかし、だんだん面倒くさくなってきた。何より、そろそろ昼である。兄弟にも昼食を食べさせなくてはなるまい。
「なあ兄弟。そろそろ昼飯にするか」
このザックの言葉を聞いたとたん――
「メシだ!」
「メシだ!」
ロドリゲス兄弟は満面の笑みを浮かべ、筋肉をプルプル震わせながらピョンピョン飛び跳ねる。ザックは苦笑しながら、二人を引き連れて、近くの食堂『ゴン』に入って行った。
食堂『ゴン』は、店主のゴンパチと四人の男、そして一人の女が働いている……はずなのだが、五人の店員はいないことも多い。この店の名前と働いている者たちの構成を見て、何か感じた方もいるかもしれないが……たぶんそれは気のせいだ。何かあったとしても、それは秘密である。
そして、ザックとロドリゲス兄弟が入って行った時には、五人の店員が揃っていた上に客が一人もいない状態だった。五人は入ってきたザックたちの凶悪な人相を見たとたん、表情を変えた。
「お前ら何じゃい! 何しに来たんじゃい!」
五人の中でも間抜けそうだが、腕力はありそうな男がザックの前に進み出た。今にも殴りかかって来そうな雰囲気だ。しかし、ザックは慌てずに対応する。
「何を勘違いしている。私は客だぞ、黄忍者。お前はカレーでも食っていればいいのだ」
「おお客だったか。すまんすまん……ん、お前! 何で俺が黄忍者だと……ってそれも違う! 俺はダイタだ! 黄忍者などという者ではない!」
「バカか貴様らは……私を誰だと思っている。私はザック……ザック・シモンズだ。貴様ら五人が五忍者であり、そして貴様が黄忍者ダイタであることくらいは知っている」
ザックは胸を張り、勝ち誇った顔をする。同時にロドリゲス兄弟が前に進み出る。
「腹減った。メシ食わせてくれ」
「メシ食わせてくれ」
ロドリゲス兄弟は人相と体格は凶悪である。言葉遣いも良いとは言えない。しかし、口調や醸し出す雰囲気は無邪気なものだった。兄弟を覆う純朴な空気に触れ、黄忍者ダイタと呼ばれた男の態度も変わる。
「わ、わかった……うちのカレーは美味いぞ! たっぷり食ってけ!」
ダイタは奥に引っ込み、鍋からカレーをよそる。ちなみに、中世ヨーロッパにはカレーはないと思う、たぶん。では、なぜこの世界にカレーがあるのかというと……それはもちろん、異世界だからさ。
夢中でカレーライスを食べる、ロドリゲス兄弟。その様子を見て、ダイタは満足げだ。一方、他の四人と店主のゴンパチは……ザックから目を離さない。そしてザックはと言うと……五人の視線をものともせず、悠然とカレーライスを食べている。
妙な空気が、店を支配していたが……。
その空気を壊す者が現れた。突然、店の扉が開く。そして入ってきた者が一人……。
「ザックさん、探しましたよ……」
扉を開けて入ってきた者……それはダゴンの街の南地区を根城にする犯罪者集団エンジェルスのリーダー、ダミアンであった。帽子を目深に被り、地味な服を着て歩く姿は、パッと見には普通の若者にしか見えない。ダミアンは店に漂う奇妙な空気や店員たちの視線を無視し、ザックの隣に座った。
「ダミアンか……私に一体、何の用だ?」
「まあ、食べながらでいいから聞いてください。あなたに是非とも、仕事を頼みたいんですよ」
「仕事? 一体、どんな仕事だ?」
ザックは手を止め、ダミアンの顔に視線を移す。この男に仕事を頼まれたのは、これが初めてのことではない。しかし、たいがいは寄付を頼みに行き、そのついでに仕事を頼まれることがほとんどだった。こんなふうに、向こうからわざわざ出向いて来て仕事を頼みに来る……そんなことは珍しい。よほど面倒なことになっているのだろうか。
「それで、仕事の内容は何なのだ? 私は何をすればいい?」
ザックが尋ねると、ダミアンはいたずら好きな少年のような目で、ザックを見つめ――
「それは……ここじゃあ言えませんね。食べおわったら……ウチのアジトまで来てください」




