さよならは教えられん・1
基本的に、ザック・シモンズの家には訪問者がいない。なぜなら、この街でも屈指の危険人物として恐れられているからである。したがってザックの家は、近所の者からすれば、お化け屋敷かゴミ屋敷か……といった存在なのだ。当然ながら、そんな家にホイホイやって来る訪問者などいるわけがない。そんな家は、神ですら訪問したくない。
ところが……珍しいことに、その日は午前中から訪問者がいたのだ。
ブオーン、ブオーン、ブオーン……。
家中に響き渡る奇怪な音……門の所に据え付けてある呼び鈴――の形をした魔法の道具なのだ――が鳴っているのである。ザックが奇怪な音色の呼び鈴を付けているため、家には奇怪な音が響き渡っているのだ。
「はいはい! 誰なのよ……こんな家に来るなんて……」
ブツブツ言いながら、玄関に向かうヒロコ。すると、その脇をすり抜けて走って行く金色の小さな何か――
「ヒロコさん、大丈夫なのです。私が出るのです」
シェーラはそう言いながら、いそいそと玄関に行った。そして扉を開けると――
「よう、お嬢ちゃん。ザックはいるかい?」
そこに立っていたのは、魔法刑事のジャン・ギャバンであった。何やら、ひどく取り乱した様子である。取るものもとりあえず、急いで来たらしい。
「わかりましたのです。すぐに呼んで来るのです」
ジャンの普通ではない様子に、シェーラとヒロコはすぐさま反応した。ザックを呼びに走って行く。
「何だと!? ケーンが舞い戻って来たのか!?」
「ああ。だから、それを知らせに来たんだよ」
「貴様は魔法刑事であろうが……捕まえろ! 全警官……いや、全兵力を総動員して逮捕するのだ!」
「無茶苦茶言うなよ……犯罪者でもないのに逮捕できるわけないだろ……」
「奴は……存在自体が罪悪だ!」
滅茶苦茶なセリフで怒鳴りつけるザックに対し、苦り切った様子で応対するジャン。ザックの様子も普通ではない。何やらひどく取り乱した様子である。だが、無理もない。何せ、このケーンという奴はダゴンの街において、知る人ぞ知る存在なのだ。ザックとは違い、正真正銘のチート野郎なのである。この世でザックが本気で恐れる数少ない存在のうちの一人……それが自称・さすらいの魔法探偵ケーン・カザミなのだ。ちなみに魔法探偵とは何なのか、誰も知らないし意味も知らない。とりあえず異世界ファンタジーでは、魔法って付けときゃそれらしいものになるのである。
「まあ、とにかくだ……揉め事だけは起こしてくれるなよ……じゃあ、俺はパトロールしてくるぜ」
ジャンはそう言うと、愛馬のサイバリアンにまたがり去って行く。それを見送るザックは……困り果てた顔をしていた。
そしてジャンが帰った後、ザックはヒロコを部屋に呼び、真剣な表情で話していた。
「いいかヒロコ……よく聞くのだ。しばらく誰かが私を訪ねてきても、いないと答えてくれ。特に背の高くスマートで、やたらとキザったらしいアクションをする男は――」
「ザックさん、お客様なのです」
ザックの話の途中で、ニコニコしながらやって来たシェーラ。嬉しそうな表情だ。家の手伝いをして、みんなの役に立てるのが、彼女にとって喜びであるらしい。
「誰が来たのだ?」
「ケーンさんとおっしゃる方なのです。下で待っているのです」
「なんだとお!」
ザックは立ち上がる。どうやら、シェーラのやる気が悲劇を招いてしまったようだ……。
ザックが嫌そうな顔で下に降りていくと、黒い帽子を被り、背の高くスマートで、ニヒルな雰囲気を漂わせたクールなイケメンがロドリゲス兄弟と何やら談笑していた。言うまでもなく、この男こそが自称・さすらいの魔法探偵ケーンである。
「あー、スカイ・ロドリゲス……それにグラン・ロドリゲス……お前らロドリゲス兄弟の噂は聞いている。この街でも、トップクラスの筋肉とパワーの持ち主らしいな」
ケーンのその言葉を聞き、ロドリゲス兄弟は嬉しそうに筋肉を震わせる。
「街でもトップクラスだってよ! 兄ちゃん!」
「やったな! 弟よ!」 兄弟は喜びのあまり、部屋の中だというのに奇怪な筋肉ダンスを始め出した。横で見ているシェーラは、どうしていいのかわからず戸惑っている……すると、ケーンがニヒルな笑みを浮かべて語り出す――
「待て待て。喜ぶのはまだ早い。確かに筋肉は凄い。しかし、格闘に関していうなら……」
ここで言葉を切り、タメを作る。そして――
「お前さんたち、ここいらじゃあ二番目だ」
その言葉を聞き、兄弟の動きが止まった。筋肉ダンスを止め、ケーンに近づき尋ねる。
「俺たちは格闘技も強いんだぞ! じゃあ一番は誰なんだ!」
「誰なんだ!」
吠える兄弟。するとケーンは「ヒュウ」と口笛を吹いた。そしてニヤリと笑い、親指を立てて自らを指し示す。
「俺だ」
「何だと! 一番だと言うなら俺たちと勝負だ!」
「俺たちと勝負だ!」
いきり立つ兄弟。しかし――
「やめんか貴様ら!」
ザックが三人の間に割って入る。と同時にケーンを睨みつけ――
「ケーン! 貴様は何をしに来たのだ! 私は貴様には何の用もない! さっさと失せろ!」
ケーンを怒鳴りつけるザック。しかし、ケーンには怯む気配がない。
「ようザック……久しぶりだな。元気だったか」
そう言って、右手を差し出すケーン。だが、ザックは差し出された手を無視し、ケーンを睨みつける。
「貴様……私の言ったことが聞こえなかったのか? さっさと失せろ」
「おいおい、久しぶりの再会だってのにご挨拶だな……まあいい。今日は帰るよ。じゃ、また会おうぜ」
そう言うと、ケーンは向きを変え去って行く……右手を上げ、背中越しに挨拶しながら。




