シェーラは電気うさぎの夢を見るかもです そのじゅう
ザックとヒロコは家に到着した。扉を開けて中に入ると、まず出迎えたのは、パグ犬のデュークだった。ザックとヒロコ、それぞれのくるぶしに濡れた鼻を押しつけて、彼なりの挨拶をする。
「おうデューク、出迎えご苦労様」
そう言って、いつものように頭を撫でてやるザック。デュークは嬉しそうな様子で、ザックの手をペロリと舐めた。そしていそいそとロドリゲス兄弟の足元に戻って行く。
すると、今度はロドリゲス兄弟が立ち上がった。
「ザックさん、お帰りなさい。ヒロコ、お帰り」
「お帰りなさい」
二人とも頭を下げると、再び水晶板からの映像に視線を移す。
「シェーラはいるか?」
ザックの声。横にいるヒロコは、ザックをちらりと見たが、すぐに視線を外した。その表情が固くなる。ついに来るべきものがきたか、という様子だ。
そして、シェーラを引き連れたミャアが、上から降りてくる。
「にゃ! シェーラを連れて来たにゃ!」
ミャアはニコニコしながら、シェーラの手を握っている。だが、ザックのいつになく険しい表情、そして横にいるヒロコの切なげな表情に気づいた。
「ふ、二人とも……どうしたのかにゃ?」
「何でもないわ……ミャア、あんたはあっちの部屋に行ってなさい。これから大事な話があるの」
そう言うと、ヒロコはミャアの手を引いて行こうとする。しかし――
「いや、行かなくていい。お前らにも聞いておいて欲しいんだ。シェーラ……全てがはっきりした」
ザックはしゃがみこむと、シェーラの肩に両手を置く。
「シェーラ……お前の両親を殺した奴を見つけた」
その言葉を聞き、ロドリゲス兄弟は弾かれたような勢いで立ち上がる。そしてミャアは――
「にゃ!? 本当かにゃ!? そいつはどこにいるんだにゃ!? ミャアがぎったんぎったんにしてやるにゃ!」
そしてヒロコは唖然とした表情で、ザックを見つめていた。何を言い出すのだ、このバカは……とでも言いたげな様子だ。
しかし、ザックは喋り続ける。
「いいか、落ち着いて聞くのだぞ……お前の両親を殺した賊は地下道に逃げ込んだ。しかし、地下道に潜む巨大ワニ……そやつに食われてしまったのだ」
ザックはここで言葉を止め、シェーラの目を見つめる。シェーラの表情が変わっていく。怒りと哀しみから……困惑へと。
ザックは再び口を開く。
「さて、私はお前との約束を果たしたわけだが……お前からは報酬を受け取っていない。そこでだ……報酬を払い終えるまで、お前にはここで働いてもらう。いいな?」
そう言うと、ザックはシェーラの目を見つめる。シェーラはまだ、事態がよく飲み込めていないらしい。だが、それも仕方ないことだろう。探していた両親の仇……それが見つかったと思ったら、巨大ワニの餌になっていたなどという話をいきなり聞かされたのだ……受け入れるのには、かなりの時間がかかるだろう。
もっとも、それらは全てザックのでっち上げた話なのだが……。
しかし、ここで動いたのはミャアだった。
「にゃ!? シェーラ、一緒に働こうにゃ! それとも……ここで働くのは嫌かにゃ?」
ニコニコしながら、尋ねるミャア。彼女の瞳は澄んでいた。暖かさと優しさに満ちている。さらに、ロドリゲス兄弟とデュークもそばに来ていた。シェーラを心配そうに眺めている。
シェーラは皆の顔を見回し、そして――
「え……嫌じゃないです……わかりましたのです。働かせていただくのです」
シェーラは戸惑いながらも、うなずいて見せる。少しずつ、表情が和んでいくのがわかった。
「ザックさん……これで良かったんですか?」
夜、皆が寝静まった時……ザックの部屋を訪れ、険しい表情で尋ねるヒロコ。
「どういう意味だ?」
「これで……本当に良かったんですか? シェーラは……人造人間なんですよ。本当は両親なんかいない……なのに、あなたは真実を告げず、嘘を――」
「ではヒロコ、お前に聞きたい。真実とは何だ?」
「え……し、真実って……ほ、本当のことです……」
ザックのわけわからん迫力に気圧され、言葉に詰まるヒロコ。ザックの表情はいつもと違っている。悪党相手にかつあげをしている時の表情とも、部屋でくつろいでいる時とも違うのだ。何かを決意した者の表情だった。
「本当のこと、か……そんなものに何の意味があるというのだ? 人は信じたいことを信じるものだ。例えば、お前は異世界のニホンという国から来たと言っている。だが、それを証明する手段はあるのか? ないではないか。しかし、私はお前の言ったことを信じている。それで充分であろうが。ならば、シェーラとて同じこと。あいつは私の言ったことを信じている。それで充分ではないのか? 知る必要もないことを知ってどうする?」
ザックは妙に雄弁であった。しかも、理路整然と自分の意見を述べている。普段の言動が嘘のようだ。あるいは……これが主人公補正というヤツなのかもしれない。
「じゃあ……ずっとこのまま、人間として育てていくんですか? 人造人間であることを隠したままで?」
「ああ、そのつもりだ。私が育てる」




