シェーラは電気うさぎの夢を見るかもです そのきゅう
「あ、あなたたちは……い、一体……何の用なんですか?」
商人のジョージ・アトキンスは突然の来訪者に対し、ただただ戸惑うばかりだった。家の扉を開けたら、恐ろしく人相の悪い、黒いローブを着た若い男が立っていたのだ。その後ろには、ツナギのような作業服を着た若い女もいる。彼の日常生活には、ほぼ確実に登場しない者たちだろう。
だが……。
「お初にお目にかかる。私の名はザック……ザック・シモンズだ。ジョージ・アトキンスだな? 貴様、この少女に見覚えがあろう」
そう言いながら、ザックは水晶板を突き出して見せる。水晶板に映し出されているのは、言うまでもなくシェーラである。ぎこちない笑みを浮かべた、シェーラの顔が映っている……。
それを見た瞬間、ジョージの表情が変わった。
「な、何を言っているんだ君は! 私はそんな娘は知らん! 下らん言いがかりは止めてくれ!」
「貴様……下らん嘘をつくな。調べはついているんだよ……とぼけるなら、貴様の体に聞いてやる。何なら、今すぐ貴様の腕を消し炭に変えてくれようか?」
ザックの顔に、奇妙な表情が浮かんだ。悪党連中を脅していた時とはまるで違う、本当の怒りだった。
「な、何だ君は……警察を呼ぶぞ……」
ジョージは、震えながら後退る……しかし、
「ほう……呼びたければ呼べ。厄介なことになるのは、貴様の方ではないのか? 犯罪者の集団から人造人間の少女を買った……そのようなことがバレたら、貴様の地位や名誉はどうなるのだ? よく考えてみるのだな。貴様の行動がもたらす結果を……」
ザックは恐れる様子もなく、そう言い放つ。すると、ジョージの顔が歪んだ。
「な、何が目的なんです……」
「まず、貴様に聞きたいことがある。この少女は妙なことを言っていたのだ。自分の両親が、押し入ってきた賊に殺されたと……事実、見つけ出された時には地下道で寝泊まりしていた。これはどういうことなのか……説明してもらおうか」
ザックの言葉を聞き、虚ろな表情で下を向くジョージ。
しばらく間が空いたが、やがてジョージは顔を上げ、語り始める。
そこに行ったのは、商人仲間の付き合いだった、はずだった。人造人間の競売会場……魔法によって創り出された人造人間たちを、シアトル騎士団のような悪党連中が売りさばくのである。
ジョージはそこで、シェーラと出会った。シェーラはとても可愛らしい娘であり、長いあいだ子供が出来ないのが悩みの種だったジョージは、思わず買い取ってしまっていたのだ。
そしてジョージは密かに部屋を借り、シェーラをそこに住まわせる。いつか、妻のアンジェラに紹介するために。そして、養女として育てていくために。
その年の結婚記念日に、シェーラを紹介しようと思っていた。
ところが――
「アンジェラは妊娠したんだ……そうなると、シェーラは必要ない。だから仕方なく……魔法使いに頼んで偽の記憶を植えつけてもらって……」
そこまで言うと、ジョージは両手で顔を覆った。肩を震わせながら、嗚咽を洩らす。
「仕方……なかったんだ……仕方ない――」
「んなわけあるか!」
声と同時に、ヒロコの拳が飛ぶ。拳はジョージの顔に炸裂し、ジョージはのけ反りながら顔を歪めた。しかし、ヒロコの攻撃は止まらない。さらに追い打ちをかける……。
「シェーラはな! 両親が死んだからって! その仇を討ってくれって! あたしたちのうちに来たんだぞ! お前の植え付けた記憶のせいで!」
「もういい、止めろ」
ザックがヒロコの腕を掴み、引き離す。そして、冷たい声で言い放った。
「貴様の事情もわからんでもない。しかし、私は貴様のやった事を許せぬ……貴様にはこの先、シェーラが死ぬまで責任をとってもらう。シェーラが死ぬか、貴様が死ぬまでな」
そして今、ザックはヒロコを連れ、家までの道を歩いている。その足取りは重い。シェーラにこのことを説明したくはなかった。お前は人間じゃないんだ、などと告げる……いくら真実とはいえ、幼い少女にそんなことを告げるのは、あまりに酷な話だ。
しかし、真実を隠したままにしておいたらどうなるか……それはシェーラを騙すことになる。シェーラはいつまでも、存在しない両親の仇を追い求めて生活することになるのだ……。
「ザックさん、どうするんですか?」
歩きながら、ヒロコが尋ねる……彼女の表情も暗くどんよりしている。どうしたものかなあ、とヒロコの顔に書いてあった。
「さあな。ただ……このまま黙っているわけにもいくまい」
「え……やっぱり……言うんですか……」
「ああ、仕方ないだろう」
一方、家では――
「にゃはははは! シェーラは可愛いにゃ!」
ミャアはご機嫌な様子で、シェーラと遊んでいる。シェーラはミャアの剥き出しの好意に照れた表情を浮かべているが、同時に嬉しそうでもある。一方、ロドリゲス兄弟はウエイトトレーニングを終えて、魔法の水晶板を観ていた。
「ザックさん、遅いな」
「遅いな」
ロドリゲス兄弟は同時に呟きながら、水晶板から映し出される映像を眺めていた。そう、この兄弟は街で一番頭の悪い双子である。しかし同時に、もっとも忠義心の厚い双子でもある。実際、ザックから連絡があったら直ぐに出発できるよう、着替えて待機しているのだ。
さらに、そのロドリゲス兄弟の足元には、パグ犬のデュークがいる。デュークは落ち着いた様子で、床に伏せている。




