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麗しの小悪魔  作者: 和城玲生
第1話 謎の転校生
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001 謎の転校生

 






「うーん! いい天気」


 開け放った窓から身を乗り出すと、雲ひとつない青い空にキラキラと輝く透明な朝の光が眩しい。

 ぐるりと街中を展望できる小高い丘の上に、まるでお城のようにどっしりと建てられた蔦の絡まる白煉瓦の洋館。その大理石の彫刻や豪華な調度品で埋め尽くされたゴージャスな空間に元気な声が響いた───。


「おっはよー、ルイス!」


 エンブレムの入ったワインカラーのブレザー。白いワイシャツにネクタイと濃紺色のスラックス。真新しい制服に身を包んだ喜多嶋瑞希きたじま・みずきは、鼻歌混じりで白い大理石の階段を二階からかけ下りてきた。

 軟らかそうな薄栗色の髪と同じ色の大きな瞳に、透けるような白い肌の可愛らしい少年である。


「ルイスってば───」


 すると、ダイニングテーブルにフレンチトーストやハムエッグなどを並べていたエプロン姿の長身の青年が振り返った。窓から射し込む光にキラキラと輝く見事な金髪と、宝石のように蒼い瞳を持った大層イケメンの青年だ。


「お早うございます、瑞希様。さあ、早く朝食を済ませないと学校に遅刻しますよ」

「うん!」


 そう言われてダイニングの大きなアンティークの壁掛け時計を見ると、家を出る時間までにあと三十分位しかない。

 急いでテーブルに座ると、ルイスが作ってくれたフレンチトーストに噛りついた。


「いいですか、瑞希様。いよいよ今日から人間界の学校に通うんですから、魔王様との約束をきちんと守って貰わないと困りますよ。私が魔王様に叱られます」

「もぉ、ルイスってば……そればっかだよね。判ってるよ、せっかく気持ちのいい朝なのに、お父様の話はやめてくれる?」

「そうはいきませんよ。貴方には『魔界の後継者』としての自覚を持って貰わないといけませんから」

「はいはい……」


 ルイスはいつもそうなんだから、と瑞希はプーッと頬を膨らませた。



 どこから見ても人間と変わりないが───実は二人は普通の人間ではない。



 魔界から、ある目的の為に人間界にやってきた魔王族である。

 瑞希は、魔界を支配している魔王の第一王子であり、『魔界の後継者』だった。


「今日から瑞希様が通う聖蘭学園せいらんがくえんには、ここから電車で通学することになります」

「電……車?」


 初めて聞くその言葉に、瑞希はきょとんとしながら顔を上げた。


「ああ、電車というのは鉄の箱の中に沢山の人間を乗せて運ぶ乗り物です」

「ふーん。でも、そんなのに乗らなくても魔法を使えば……」

「駄目ですッ!」


 いきなりルイスが強く否定した。


「いいですか、瑞希様。人間の前では絶対に魔力を使ってはいけませんよ。もし、軽はずみに魔力を使って我々の正体がバレてしまったら、人間界に来た目的が果たせなくなってしまいます」


 いつにも増して神妙な面持ちのルイスに怖い顔で釘を刺され、瑞希はがっくりと肩を落とした。


「……はいはい、決して軽はずみには使いません……誓います」


 魔力が使えない魔王族なんて、と思いながらも瑞希は泣く泣くそう約束したのだった。


「あ、あれ? もちろんルイスも僕と一緒にその学校に通ってくれるんでしょ?」


 まだ右も左もよく判らない人間界。

 些か不安そうな顔つきで、瑞希はカップに注がれた紅茶に口をつけた。


「当たり前です。瑞希様おひとりではどうなることやら分かりませんからね」

「あは、は……」


 安堵していいものか、ちょっと複雑な言われようだ。


「──かと言って、私が生徒として紛れ込むにはかなり無理がありますからね。しかし、英語教師ということなら問題は無いでしょう」

「あ、なるほど! 英語の先生ならぴったりだね」


 さすがはルイス、と瑞希はにっこりと笑った。


「……という訳なので、瑞希様にも早く人間界に馴染んで貰わないといけませんね」

「えっ?」

「私だって四六時中瑞希様と一緒に居られるわけじゃありませんから。まして、教師と生徒という立場上、いつも一緒に居ては変でしょう」

「えぇーッ! そ、そんなぁ……」


 見るもの聞くものがすべて初めての人間界。

 しかも魔法も禁止の上、いきなりひとりで行動しろなんて絶対に無理があり過ぎる。


「ルイスがいない時に何かあったら……僕、どうすればいいのさ? 今でさえ分かんないことだらけなのに……」

「大丈夫ですよ。そういう時の為に精霊を連れて来ていますから」

「精霊?」

「ファーラ、瑞希様にご挨拶しなさい」


 ルイスが名前を呼ぶと、何処からともなく子猫のような可愛い動物が瑞希の前に現れた。


「わぁッ! 何これ、可愛いじゃん!」


 フワフワの白い毛並みを撫でようとした途端、その動物が流暢に話し始めた。


「初めまして瑞希様。私は闇の精霊・ファーラと申しますにゃ」

「わっ! し、しゃべった?!」


 あまりの衝撃に瑞希は驚いて飛び上がる。


「今更何を驚いてるんですか? ファーラは魔界の精霊の中でも最高位の“闇の精霊”なんですよ。言葉を操るなんて簡単なことです」

「そ、そうなんだ……び、びっくりしたぁ」


 ルイスの言葉に瑞希はホッと胸を撫で下ろした。


「あ、あの、僕……精霊とかに逢うの初めてだったから……ごめんね、えーっと……」

「ファーラと申しますにゃ、瑞希様」


 そう言いながら、ファーラは深々と頭を下げた。


「こちらこそ宜しくね、ファーラ」


 瑞希はにっこりと笑ってフワフワのファーラの頭を撫でた。


「ファーラは魔力の他にも特殊な能力をいくつか持っていますから、瑞希様の護衛くらいは任せられるでしょう」

「へぇー、特殊な能力かぁ……凄いね、ファーラ」


 瑞希は大きな瞳を輝かせて、フワフワのファーラを抱き上げた。

 こんなに小さくて可愛らしい子猫に護衛なんてできるのだろうか、と疑問に思うけど。


「それから、周囲には私と瑞希様は従兄弟同士でアメリカから帰国した、ということにしてありますのでお忘れなく」

「うん。従兄弟同士か……って、僕の執事だって言っちゃ駄目なの?」

「当たり前です! それがバレないようにするんですから!」


 ルイスの剣幕に思わず瑞希は後退った。


「わ、わかったよぉ……もぉ」


 そんなに怒鳴んなくてもいいじゃん、と瑞希が口を尖らせる。


「あ、あのにゃ、瑞希様。お取り込み中だけど、もぉ家を出ないと学校に間に合わないにゃ」

「え?」


 困惑した顔のファーラにそう言われ、慌てて壁掛時計を振り返ると、既に家を出る予定の時間を過ぎていた。


「わ──ッ! ヤ、ヤバッ! じ、じゃ、行ってくるね、ルイス」


 椅子に掛けてあったカバンを肩に掛け、そのまま慌てて走り出す。


「瑞希様、魔法は絶対に禁止だと言うことをくれぐれも忘れないで下さい」

「はいはいっ、判ってるって! 行ってきまーす!」


 ブンブンと手を振る瑞希の後をファーラが慌てて追いかける。


「ファーラ、瑞希様を頼みましたよ」

「はいにゃ、ルイス様」


 騒々しく走り去っていくその姿を見送ったルイスは、ふっと小さく溜息を吐いた。


「……やれやれ、こんな調子でこの先本当に大丈夫なんだろうか?」


(初めて人間界にやってきた瑞希様……)


 『魔界の後継者』としてこれから此処で成し獲なければならないことを理解しているのだろうか。


 そして、必ず現れるであろう『闇の存在』である彼等のことも―――。


 こうして居る間にも、彼等は既に瑞希様を探して人間界に来ている筈だ。

 何としても、瑞希様を奪われることだけは阻止しなくてはならない。


「―――油断はして居られない、ということか……」


 そう呟くと、ルイスは凛とした蒼い瞳で窓越しに外の眩しい青空を見上げた。






**********






「―――ったく、ルイスったらさぁ……人間界に来た途端、魔界にいる時よりも厳しくなったみたいなんだけどなぁ」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、瑞希は駅に向かって走っていた。


「それは仕方ないにゃ。人間界は魔界と違って色々と危険も多いしにゃ……それに、ルイス様だって瑞希様のことが心配だから厳しくするんじゃないかにゃ」


 ファーラが瑞希の横に並び、宙を駆け走りながら言った。


「わあぁッ! フ、ファーラッ! ど、どこ走ってんの!?」


 ルイスに魔法を使うことは禁止されているのに、これじゃ明らかに違反である。

 まして、こんなところを人間に見られたりしたら大変なことになるだろう。


「ああ、心配ないにゃ、瑞希様。これは魔法じゃなくて精霊の特殊な力だにゃ。それに、我々精霊の姿は人間には全然見えないにゃ」

「え!? そ、そうなんだ……」

「まぁ、中には稀に見える能力を持っている人間もいるけどにゃ」

「ふーん」


 改めて精霊の不思議な力を知った瑞希である。


「あっ! 駅だにゃ、瑞希様。あそこから電車に乗るにゃ」

「よ、よしっ! 行くよ、ファーラ!」

「はいにゃっ!」


 初めての電車に緊張しながらも、瑞希は朝のラッシュアワーの中に駆け込んでいった。



 しかし―――。



「うわあぁッ! な、何これ!」


 悲鳴を上げたのも束の間、瑞希は通勤通学の人波に呑まれるようにして、改札口から電車の中まで流されてしまった。


「た、助けてッ! ファーラ――ッ!」

「ふにゃあぁ――ッ! み、瑞希様――ッ!」


 瑞希の肩に乗っていたファーラもまた、サラリーマンの人波に呑まれるように姿が見えなくなっていく。


「わあぁッ! ち、ちょっと待っ……!」


 ファーラの消えた方向に慌てて手を延ばしたが、もう届く筈もない。

 そのまま車両内を勢いで流され続けた瑞希は、ドア付近に押しやられてようやく落ち着いた。


「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った」


 人間達は毎日毎朝こんなことをやってるのだろうか。僕にはとっても出来そうにないよ、と溜息を吐く。


「あ、あれっ? 待てよ……確かルイスが、学校へは毎日電車に乗って通うって言ってなかったっけ? も、もしかして、僕も毎日コレに乗るのぉ!?」


 ルイスの言っていたことを思い出して、驚きの事実にガックリと肩を落としていると、車内アナウンスが流れて電車が動き出した。


「あ! そ、それよりファーラはどこ行っちゃったんだろ?」


 辺りをキョロキョロと探してみたが、人垣で何も見えない。

 道案内役のファーラが居なければ、どうやって学校に行ったらいいかも判らない瑞希である。


「ち、ちょっと、僕はどうすればいいわけ? 困っちゃったなぁ………んっ?」


 突然、瑞希は自分の身体の異変に気がついた。


(え!?)


 大きな骨張った手が、ピタリと瑞希のお尻に密着して撫で廻している。


(な、何これ!?)


 やがて、その手は徐々に前のほうへと伸びてきて、制服のズボンの上から股間を探りはじめた。


(わッ! わ、わ、わ――ッ!)


 何が起こっているのか判らなくて、瑞希は驚きのあまり硬直したまま竦み上がってしまった。


(ちょっと! なッ、な、何これぇぇッ!)


 思わず身体をくの字に折り曲げて、瑞希は心の中で大きく叫んでいた。



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