第19話『指を舐めて』
ワッと湧き上がる拍手。
嗚呼、この調子はからかい半分。みんな判ってるぅ~。
とほほ~な眼差しで、じっとほっかほかな湯気の立ち上る皿を見る。
まだ温かい・・・だけど、きっと終わった頃には冷めてる・・・
いやいや、下手すると無くなってる。いや、きっと絶対無くなってる! 残ってる訳が無い!!
妙な確信に、ぐっと皿を持つ手に力が入った。
ちゃぷりと肉が揺れるよ、アーリア。
ぷか~り、ソーセージが浮かぶよ、アーリア。
その時である・・・
『アーリア・・・・・・アーリアよ・・・・・・』
脳裏に先生の言葉が蘇った。
『アーリアよ・・・我々は、いついかなる時でも飲み・・・食べ・・・そして、歌わなければならない・・・』
(せ、せんせい!)
『今は何をするべきかな・・・』
(せんせいっ!! 判りましたっ!! せんせいっ!!)
「アーリア! いっきま~っす!!」
見開いたまなこに意思の光が宿り、宣言も高らかに立ち上がるや、アーリアは皿の中身をぐびぐびっと胃へ一気に流し込んだ。
カッと喉から胸が熱くなり、一瞬ですきっ腹が満たされる。
(こ、これは・・・)
熱と共に広がる感覚。自分の中を伝わる波紋。弾ける様に奔放で、包み込む様な安寧の響きが、身体の芯から五指の爪先、髪の先までも広がっていく。
(これは何!?)
残る肉塊を摘んで、ぐいっと口へ押し込み息接ぐ間も無く咀嚼する。
一噛み毎にワンと広がる甘美な刺激は、どういう訳かアーリアには、太陽と闇と、雨風土とが育んだ、ありとあらゆるモノが折り重なり、唱和している様に感じられた。そして、自分もまたその一部に加わったのだと・・・
広がっていく。
自分はここに居るのに。
タム、と大地を踏んだ。その余韻もまた広がり行く。
最後に残った腸詰のぶっといのをガブリ! がぶがぶっと一気に腹へ納めると、ぺろり指を舐めて、もう一度足を踏み鳴らし、空になった皿を高々と掲げた。
「ん~まぁ~~~~~~いっ!!」
エネルギー充填百パーセント! そんな気分で叫ぶ私。
飲みかけの麦酒がするっと誰かの手からすり落ち、カラカラと転がる銅製のカップが赤い炎をちろちろと映した。
ドッと笑いが大気を揺らし、多くの顔が面白おかしく歪み、けたけたと白い歯をむき出しに。
「あれ?」
丘小人は陽気な食いしん坊揃い。
でも・・・特に計算するでなしに、ただ出された物を平らげただけのアーリアにとって、ちょっと大げさ過ぎる反応の良さ。
でも・・・そんな事は、この際どうでも良い!
タムタム足踏み調子をとって、木の皿をカンカン叩く。
「あっ、さあさあ皆様こんばんは~♪ ただいま紹介戴きました、大きな人の小さな歌い手、流れ者のアーリアでございます~♪」
「知っとるぞ~!」
ハーリー爺さんの合いの手に、またもドッと大笑い。座ったままこちらにでっかい両足を向け指をにぎにぎ、ニッカリとウィンクを送って来る。
「早速の暖かい歓迎、あ~りがとうございま~す!」
返すアーリアの言葉に、更に大笑い。空のカップや皿を叩いて、やんややんやの大はしゃぎ。
あんまりはしゃぐものだから、ちょっと間をおいて、少し静まるのを待ちました。
それから、少しテンポを抑えて、声のトーンも下げて・・・
「天蓋孤独の寂しき我が身、かくも暖かき席へお招き下さり、皆様には感謝の言葉もございません」
スッと場の空気が沈み込む。
「ううう・・・なんなら、いつまでも居たっていいんだよ~・・・」
急にすすり泣く声も。
隣のシャツで鼻をかむ者。
構わず、樽から麦酒を注ぐ者。
鍋の底を漁る者。
どうも天涯孤独というキャッチフレーズはあんまり使わない方が良いみたい。
大多数の反応の激しさに驚きつつ、こっからとばかりに気合を込めた。
「ありがとう~ありがとう~♪ 感謝の言葉も無いけれど、ありがとう~♪」
くるっと一回転。マントを思いっきり翻し、背中に回してたリュートを引っ張り出す。
単調なリズムと相反する、複雑な和音を弾き奏でた。ま、精一杯。
「この曲はご存知でしょうか? よ~く野良仕事をされる時に、歌われたりするそうですが」
ボロロ~ン・・・
それから、タンタンタンタン!
リュートの腹でリズムを刻む。
くるっと皆の様子を眺め、楽しげに歌いだす。
裏の小川の小さな水車小屋♪
日がな一日がたごと歌うよ♪
一面広がるクローバーの若葉♪
白毛のポニーが楽しく食むよ♪
途中から、手拍子やら太鼓やら加わって、三十人くらいでの大合唱。
農作業する時に、みんなで歌いながらする歌だから、どんどん続いてどんどん回る。歌詞も村や家毎にレパートリーがあるもんだから、ベースを外れるともうそれぞれの・・・お家柄の紹介といった感じになっていった・・・