第18話『宴』
川の水で、手早く洗った香草やら何やらを、今や調理場となった草原へ持ち帰ろうと歩いていると、何ともすきっ腹に染み渡る様な、脂っぽいい~香りが流れて来て、それは歩くにつれ徐々に強まってきた。
それと同時に弾む心を抑えきれず、段々と早足になる。口の中に、じゅわっと唾液が湧き出して、喉をぐびりと言わせて来る。
「あ~~~~、お腹空いた~~~~!」
思いっきり目をつぶって、素直な気持ちを風にぶちまけると、どっと笑いが起こり、わしもじゃ~~~~と同意の叫びがこだました。
いかさま左様。
戻れば、幾つも並ぶ鉄鍋からは、ぐらぐらと湯気が立ち上り、そこからはにょっきにょきと真っ白な骨が何本も突き出している。だしを取ってるのだ!
それが視界の隅に入ろうものなら、もう我慢出来な~い!
誰か一人が走り出そうものなら、一斉に走り出す。それはアーリアもハーリー爺さんも例外じゃない。
で、そこへばたばたと駆け込もうものなら・・・
「ばっかもーーーーーーんっ!!!」
ダンチョーの一喝に迎えられ、慌てて立ち止まると、そこで土煙がもうもうと沸き起こった。
「ゴミが入るだろ! ゴミが!!」
「おっと!」
「す、すま~ん・・・」
「えへへへ・・・」
みんなで照れ笑いしながら、一緒に頭をぺこぺこ。
あちらで作業していた何人かが立ち上がって、体でバリケードを作って埃から護り、ダンチョーともう一人が手で埃を払った。
「まったく、いい年こいて駆けっこか!? 転んで骨折るなよ!」
「いやさ。骨を折ってでも、美味いもんにゃありつきたいって心情なのさ」
陽気にからから笑う小人達とアーリアはうんうんと頷き合い、それぞれの収穫を、胸を張って差し出した。
それを見て、ダンチョーが一言。
「大地に感謝!」
「俺達には?」
「当然」
にやっと笑い、こいとばかりに手招きする。
やったやったと小躍りしながら、アーリアと6人の小人は、ぐらぐらと煮え立つ鉄鍋の周りに。みんなで、はぁ~っとため息ついて、その香りに一瞬心を奪われる。これって、やっぱり幸せの香り?
「えっと・・・」
「ほい、それはこっちに・・・」
水も滴るそれらを小人の叔母さんは見る間に分別してくれる。一部、後ろに放り捨てられちゃうけど。
「腸詰用と、塩茹で用、でこれはみじん切りと・・・はい、ごくろうさ~ん。あんた、そっちのを臼で轢いて頂戴」
「は~い!」
ぱっぱと役割を振られ、随分と使い込まれた石の前に座らされた。ねずみ色で角ばった小人の座布団くらいの大きさだけど、その真ん中は随分と磨り減ってくぼんでいる。そして、その上に両手で持つにはちょっと小さいくらいの、平たくてまろみのある石が。
「うわ~・・・」
一瞬、嫌な時代の昔を思い出した。
こうやって、日がな一日、石の上で麦を轢いてた事もあったっけ・・・役立たずってなじられながら・・・
(ま、それは昔の事だし~・・・)
今は無心になって、轢くだけ!
がっと石を片手に持つと、その窪んだ所へてきと~に放り込んでは、昔取ったなんとやらで、手際良く轢き始める。あの家では、奴隷がすぐに背中を痛めて使い物にならなくなるって悪態ついてたけど、今でもこうして日がな麦やら豆やらを轢かせているのかな?
無心どころか、忘れてた嫌な思い出が次々と浮かんでは消え、くら~い気分。これは柔らかいから、楽でいいけど・・・
他にも色々やらされたなぁ~・・・
作業が終わってもしばらくぼ~っと座り込んでたみたい。
目の前でみんなが、紐で縛った真っ白な腸に、真っ赤なペーストをどろどろ注ぎ込んで、途中くるくるっと捻ったのを棒にぶら下げ、それをゆっくりと大鍋の中へ沈めていくのを、少し離れた所で眺めてました。
辺りは段々に夕映えを迎え、赤みがかった空が紫に、それが次第に色濃く変わっていく中、誰かに肩をぽんと叩かれ・・・
「つまらないか?」
ハッと息を呑んで見上げると、髪の黒い、比較的若い小人が立っていました。
「ううん・・・ちょっとセンチになってただけ・・・だよ・・・」
その向こう、赤々と燃える炎の揺らめきは、何とも心地よくて・・・
ぬっと目の前に差し出された木の皿には、見るからにほっかほかのスープに、肉の塊やら腸詰がぷかぷか浮いていて、アーリアの生存本能中枢をがっつり刺激してくれた。
「お前の取り分だ」
「おお~っ!? すっかり忘れてたーっ!!」
飛び付く様にその皿を受け取ると、ふっと鼻で笑われてしまう。
うっと、羞恥心が頭をもたげて、ほっぺが炎に照り返されたみたいに熱くなった。
「その元気なら、大丈夫だな」
「私に惚れるなよ~。火傷するぜ~」
ふんとすまし顔で、それを抱え込む様に持つ。
「どこの田舎芝居だよ」
「さ~て、どこでしょね~」
くっくっくと笑われながらも、一応お礼は言っておかなきゃ。
「ありがとうね。持って来てくれて」
改めて相手を見るけど、なんか見た事がある様な・・・
「味わって食えよ。この俺が仕留めたんだからな」
そう言って、目の前の小人は右手の親指を立てて、ニヤリと自分の胸を指した。
「味わって戴くよ~。この私も手伝ったんだから」
ああ、そうかと得心がいった。
「あの逃げ回ってた奴!」
咄嗟に口を突いて出た言葉に、相手はえらく俊敏に反応した。
「ちげ~よっ!! 囮! あの高度な連携プレーが判らないとは、やっぱ女だな」
「な、何よっ! その言い草はっ! そんな事くらい、ちゃ~んと判ってんだから! あんたの逃げ足が、この中で一番早いって事でしょ!」
「やだやだ。これだから女は・・・物事を、うわっつらだけでしか見れねぇんだからな」
「なんだと~~~~っ!」
思わず皿を叩きつけようとして、慌てて引っ込めた。
だって、もったいないんだもん。
「お~怖っ! 退散退散!」
肩をすくめてスッと引き下がる。それも、後ろに目があるんじゃないかってくらいに。
「何よ、あいつ!」
変な奴。
そう思いながら、いつの間にかテンションは上がっていた。
「やな感じ!」
ぺっと下を出して、そっぽを向く。
すると、そいつは火の反対側に座ったみたい。
「さあさあ!! みんなに皿は行き渡ったか!!?」
両手を高々と掲げて、手を叩くダンチョー。ぐるっと見渡して、納得したらしく腕を下げた。
「ダンチョー! 大変だ! スープが冷めちまいそうだ!」
その声に、みなでドッと大笑い。
そして、ダンチョーも苦笑い。
「そうだな。まぁ~今日はご苦労って事で、始めてくれ!」
その一言で、一斉に皿に口をつけたらしく、スープをすする音が響き渡った。
早速、酒の入った木の樽に手を伸ばす者。
かっこんでごほごほ咳き込む者。
わいのわいのと談笑も。小人達の宴の始まりだ!
「まあ~やりながら話を聞いてくれ」
私も素直に、その言葉に従ってました。
「先ずは新顔の紹介だ! 大きな人の小さなレディ! 旅の吟遊詩人! アーリアだ!!」
ぶっと吹いた。
ダンチョー、聞いてないよ~!!