第17話『巡礼』
まだ陽は高い。
草原でごそごそ蠢く小人達5~6人の中に、頭一つ程度大きなアーリアの姿も混じっていた。
「へ~、お孫さん、12人居るんだ~!」
「あぁ~! じゃけんども、帰る頃には、あと二三人増えてんじゃないかの~!」
「あっはっはっは! 楽しみだねぇ~!」
「だにぃ~!」
口も動くが、手も動く。
あの姿勢の低さが最大の武器と見たアーリアも、追随する様に、前かがみとなってその横を進んでいた。
ハーリー爺さんの担ぐ麻の背嚢が、みるみるいっぱいになっていく。
それに比べてこちらの寂しい事・・・いいな~・・・
(ん? これは・・・)
つぶつぶの赤茶けた蕾を、少し千切って口に運ぶ。
「ん~~~・・・」
産毛のあるちくちくころころした感触を奥歯で噛み締めると、ふわっと豊かな芳香が鼻に抜けて心地よい。
(まだいけるかも!)
「全部は採ったらいかんよ~」
「わわっ!?」
不意に耳元で囁かれ、びっくらこいた~!
さっきまで少し離れていた筈のハーリー爺さんが、にっこりほっこりすぐ横に来ていた。
「後の人の事を考えて、半分は残しておくとええよ~。ま~た通った時に、お世話になるかも知れんしの~」
「あ、なるホド・・・」
手早くスッと手にすると、左右等間隔にいっぱい付いてた蕾を、きれいに10cm分くらい採ってしまう。大体半分は残して。
(は、早いよハーリーっ!)
一瞬で、目の前の茂みは作業終了!
「ほいほいっと」
ハーリー爺さんの手がアーリアの背嚢にそれらをばらばらと空けた。
まるで子供扱い! 実際、子供なんだろうけど。
ぷうっと頬を膨らませて、断固抗議!
「も~! 自分で出来るぅ~!」
「か~っかっかっか! ついでにこれも~持っててくれんか?」
言葉は疑問符付きですが、先に実行済みって奴。慌ててこちらも背嚢の口を広げて受ける。けど、受け切れなくてぽろぽろ落ちるし~。
「ど~して、カブラとか、にんじんとか見つけられるの?」
ぽろり転がる野生の根菜類。ちっちゃ!
(移動したの、同じ距離だったよね?)
「そりゃ、きっと~年の功って奴じゃな」
うんうんと頷くハーリー爺さん。
「んんんん~~~~~」
「無理じゃ無理じゃ。お前さんが追いつく頃にゃ、わしゃ土の中じゃしな」
そして、スッと天をあおぐ。
「そして魂は、大きな大きな輪廻の中という寸法じゃ」
「へ~、生まれ変わり、信じてるの?」
アーリアのこの問いに、ハーリー爺さんは意外そうな顔を。
「詩の中に、い~っぱいあるじゃろ? お前さんが信じてないとは、これまた意外じゃったのぅ」
「え?」
慌てて左右に手を振った。
「違うちが~う! 私だって信じてるわよ~っ! 生まれ変わったら、妖精郷で気の良いピクシーにでもなって、一生花の蜜を吸って暮らすんだから」
「そりゃ、お気楽じゃのう。アーリアちゃんに、白き神のご加護を。わしゃ、また小人でいいわな」
「いいな~、そう言える一生なんて・・・」
「まだ入り口入り口。卵から孵ったヒナみたいなもんじゃて」
「その段階で、も~散々なんですけど!」
目を細めて笑うハーリー爺さんに、アーリアは口をすぼめてとほほ~な顔を見せた。
ま、見せたはいいけど、何か変な話になってしまったので、ちょっと話題を変える事にした。
「それはそうと、お爺ちゃんはどこまで行ったら故郷に帰るつもりなの?」
再び歩き出しながら、さっきより少し並んで歩いた。
「まぁ、あと二三年かのう」
「二三年かぁ~・・・」
長い様な、短い様な。
「ワシの親父も、またその親父殿も巡礼に出てな、その土産話を聞かせてくれたもんじゃった・・・」
「へぇ~、みんな巡礼の旅に出て、帰って来れたんだ・・・すごいね!」
「うむ・・・」
そう答えて微笑む老人の横顔は、ふと少年の様な色合いを浮かべた。
「そして、ワシが見聞きした事を孫子に伝えて、またその子らが同じ事を繰り返すのよ。巡る巡る大きな輪の中での・・・」
「・・・なんか・・・なんか良いなぁ~・・・」
ま~たしんみりしてしまった。
「だ~いじょうぶじゃ! アーリアちゃんなら、もっとバクバク食って、ぼんぼん太って、元気な子をぼこぼこ産んで、い~っぱいい~~~~~っぱいの家族に囲まれて暮らせるさぁ~!!」
まるで太鼓判を押す様に、ぷっくり膨らんだ恰幅の良いお腹をぽんぽん叩き、陽気に励ましてくれた。
励ましてくれるのは嬉しいんだけど・・・
じっと、ハーリー爺さんのお腹を見る。そして、水底で会った妖精のアウリーリンのすらっとしてきゅっときてあは~~~んな・・・
嗚呼・・・幸せになりた~い・・・