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読み切り短編

聖夜のラッピングは手錠で。

作者: 本宮愁

「メリークリスマス! おかえり、ずっと待ってたんだよ。寒かったでしょう? ああもう、手ぶくろもしないから、真っ赤になってるじゃない。――あ、これ、プ・レ・ゼ・ン・ト❤」





 …………は?






 ガチャン、という音とともに、手首にはまる銀色の輪。ぼうぜんとしているうちに、もう片方の手も簡単に捕らえられて、あっというまに拘束は完成していた。


 自宅玄関の扉を開けてから一分。靴さえ脱がぬうちのできごとである。



「……は?」



 人間、驚きすぎると言葉もみつからないらしい。


 馬鹿の一つ覚えのように、疑問符をくりかえした俺に、ミニスカサンタがにっこりとほほ笑んだ。同時に鞄を取り上げられる。なんだこれ意味がわからない。



「どうかした? 聖夜ノエルくん」

「やめろその名前で呼ぶなぁああ!」



 反射的に叫びかえし、ぜいぜいと息をつく。DQNネームの王道をつっぱしった忌まわしい名だ。友人にも絶対に呼ばせない。


 誕生日はもちろん今日だ。だがクリスマス生まれということは、クリスマスベビーではないということだ。


 世間一般で言われる『できちゃった婚』をかました両親だが、そこだけは評価してやってもいいと思っている。


 いや、そうじゃない。戻れ戻れ戻れ。現実逃避はそこまでだ。


 俺の名は、たしかにノエルだが、ノエルと呼ぶ知人はいない。だからもちろん、目の前にいるこの女は、友人でもなんでもない――。



「お前、だれだ?」



 頭痛がする。頭を抑えたいのに、この両手ではそれもままならない。なんだこれ、やたら厳重だな。百均で売られてるようなオモチャじゃねぇぞおい。



「もう。冗談きっついなぁノエルくんったら」



 キャピ☆――とでも擬音がつきそうな身ぶりで、なぞのミニスカサンタが身をよじる。両手を胸の前で組んで、人差し指だけ触れあわせるという徹底ぶりだ。


 徹底ぶりといえば、コスプレも妙に気合が入っている。


 天鵞絨のような真紅の生地はもちろんのこと、裾についた白いモフモフ、さらには帽子にいたるまで、安っぽい市販品とは一味ちがう。いっそ狂気さえ感じるクオリティの高さだ。


 足元は、黒のニーハイソックスと、それを覆う赤いブーツ――っておい、土足かよ!?



「安心して? 今日のために用意した室内履きだから!」



 視線に気づいたミニスカサンタが、コンコンと踵をフローリングに打ちつけて言った。


 どこに安心できる要素があるのだろう。セキュリティなんてあってないようなボロアパートだが、それでも鍵は……。おい待て。



「さっき、俺、鍵開けたよな?」



 たしかに、解錠する感覚があった。まちがいなく、施錠されていた。なのになぜミニスカサンタが家にいる?



「ふふ。合い鍵、いつまでたってもくれないから作っちゃった!」

「頼む日本語で話してくれ」



 思わず後ろに一歩さがって逃走しそうになった。自分の家から逃げるって、いやいやないない。



「怒った? ごめんね。どうしても会いたくなっちゃって」



 話の通じないミニスカサンタは、うっとりと俺にかかった手錠を撫でている。


 なんというか、見目がいいだけあって、余計に狂気を感じる。電波美女と手錠とサンタ。なんというミスマッチ。意味がわからなさすぎて怖い。


 現実と思いたくないが、悲しいかな。背中につきささったドアノブの感触が、これはリアルだと訴えかけてくる。


 なんだこの厄日。今日は大安じゃなかったのか。占いなんざまともにとりあわないくせに、こういうときだけ神仏を頼る現金さ。


 おおいに結構、それでこそ日本人というものだ。ビバ、日本人精神! ビバ、日本人名!


 ……いや落ちつけ。クールダウン、クールダウン。


 このまま現実逃避したところで、なにも救われないぞ。俺の運命は俺にかかっている。



「まず、この手錠を外してくれないか? それから話をしよう。すぐに帰れとは言わないから」

「え、私たちの馴れ初めの話がしたい? きゃあ、照れちゃう!」

「だめだ日本語通じねぇ」



 その瞬間、俺は、いろいろなものをあきらめた。



「……とりあえず、靴ぬいでいい?」





 自宅にもかかわらず、他人に――誰とも知らない他人に、おうかがいをたてるという奇妙な経験をつみながら、俺はおよそ12時間ぶりの自室に入った。キッチンのほかにワンルームしかない、狭苦しい家である。


 あいかわらず手首は拘束されたままで、畳に腰を下ろした俺は、出しっぱなしのローテーブルに置かれたマグカップを呆然とみつめた。コーヒーの香りが室内に充満する。



「どうぞ! 熱いから気をつけてね」

「……ああ、うん」



 慣れた手つきでキッチンに立ったミニスカサンタが淹れたものだ。なぜ収納場所を知っていたのだろう。考えたら負けな気がする。


 おそるおそる――不本意ながら不自由な両手で抱えるように――啜ったコーヒーは、まさに俺好みの濃度。


 シュガーとミルクの割合まで完璧だ。シュガーに至っては、一本の3分の一というかなり微妙な分量のはずなのに。


 ニコニコしながらみつめてくるミニスカサンタに、美味しいよ、と引きつりながら告げて俺はカップを置いた。……怖い。



「えーっと……質問しても?」

「どうぞ!」



 なんでも聞いて、とでも言いたげなミニスカサンタは、断りもなく俺の正面に座る。畳にブーツで上がるなって……いや、気にするな。


 つっこんだら負けだ。なにしても勝てない気がするが。



「名前は?」

「サンタです」

「……年は?」

「乙女の年きくなんて失礼しちゃう」

「学生? 家は?」

「ひみつ」



 答える気あんのかてめぇ、と内心毒づきながら、惰性で質問を重ねる。どうせ答えなんか返ってこないだろうと思いながら、本命を投げた。



「俺との関係は?」

「運命」



 ミニスカサンタは即答した。



「はあ?」

「運命、だよ。ノエルくん」



 だめだもう頭がついていかない。平和的に話し合いで解決しようと思ったのがまちがいだった。


 いまからでも遅くない、こいつを外にほっぽり出して――いや合い鍵握られてんだっけ。


 盛大にため息をついて、うなだれた俺の額がテーブルを打った。じみに痛い。それでも覚めてくれない現実って残酷だ。夢だったならどれだけか――ん? 夢?


 なにかがひっかかった気がして、そのままの体制でウンウンとうなる。


 両手をつなぐ手錠は、だらしなく畳に垂れたまま。不恰好にもほどがあるが、まず状況が常識はずれなんだ、しかたない。


 どうやらガチもんらしい拘束は、ミニスカサンタがコーヒーを淹れているあいだ、どれだけあがいても抜けなかった。



「運命ねぇ……」



 上目にうかがい見たミニスカサンタは、両肘を天板について、ふんふんと鼻歌をうたっている。呑気なものだ。


 色白の滑らかな腕。華奢な手首。繊細な指。つややかな爪に至るまで、いっそ芸術的なほど均整がとれている。陶器の置物が動いているようだ。


 それになにより、と俺は視線を下ろした。いままでみてきた女の子のなかでも、抜群にスタイルがいい。手錠というトンデモプレゼントから全力で眼をそらせば、なんというかまぁ、眼福――。


 くりくりした瞳も、ぽてっとした唇も、色素の薄い柔肌によく映えている。にへにへと緩みきった顔ですら、左右対称、文句無しの美女。


 ……そう、このふざけたミニスカサンタは、まちがいなく美女なのだ。


 だからこそ余計に、謎が深まる。


 俺の交友関係に、悲しいかな、こんなクラスの美女はいない。よしんばいたとしても、向こうが俺を知っているはずがない。


 ああ、くそ、わかんねぇ。頭をかきむしりたい衝動にかられて、動きを制限する手枷を恨みがましくにらみ据えた。


 冷え冷えとした金属に擦られた手首には、すでに赤い跡が浮かんでいる。明日、バイトあんだけど。どうやってごまかすんだよ、これ。


 はあ、と、また、ため息をついて、今朝の占い結果を思いかえす。



「凶……出かけるのはNG。自宅でまったりと過ごすのがおすすめ……」



 なんだよこれ、どこがまったりだ。


 ずっと出かけてりゃあ、こんな事態に遭遇しなかったのか?

 出かけちまったから、こんな事態になってんのか?


 どっちにしろ、くそくらえだ。変質者に上がりこまれて手錠をかけられるなんざ、悪夢でしかない。



「悪夢だ……」

「ねぇ、ノエルくん」



 うつむいたままブツブツとつぶやいていると、ミニスカサンタが机をたたいた。


 コツコツコツ。丁寧に磨かれた人さし指の爪が、一定のリズムを刻む。



「とっても申し訳ないんだけど、もうすぐ出かけなくちゃならないの。ちょっとね、大切なお仕事があるんだ。だけど、ノエルくんはお留守番。いい子で待っててくれるかな?」



 流れるように語られたセリフに、ぽかん、と口が開く。なんだって?



「ねぇ、待っててくれるよね?」



 もういちどくりかえしたミニスカサンタは、にっこり笑んで小首をかしげる。


 ただし、その瞳は、本気だ。完全無欠の笑顔を形づくりながら、ゾクッとするほど冷ややかな眼をしている。



「あ、え……」



 待て、おかしいだろう。落ちつけ俺、丸め込まれるな。


 ここは俺の家。お前を待つ筋合いはない。

 言え。言っちまえ。


 出ていけ。手錠の鍵を置いて速やかに。

 言えるだろう。さあ。



「ノエルくん」

「……はい」



 無理無理無理無理。こぇえから。このサンタ、常識通じなさすぎて恐怖だから。普通に考えて無理だから。


 そうだよ、俺は気が弱いんだ。ヘタレでなにが悪い。内弁慶上等。安全第一。保身に走るのが人のサガってもんだろ?


 我が身可愛さに、速攻うなずいた俺を、満足げにながめて、ミニスカサンタは立ちあがった。ニーハイブーツで畳を踏みつけて。ミニスカートがひらりとゆれて、生白い絶対領域がお目見えする。


 だから畳に土足は勘弁してくれ。……言えないが。



「じゃあ、行ってくるね! ちゃんと待っててくれなきゃ、おしおきしちゃうから」



 興奮に眼をうるめ、なぜか頬を染めて、ミニスカサンタがウィンクをきめる。



「あの、これ……」



 がちゃり、と持ちあげた手錠を示してみる。できれば、外していってもらえたら、なんて、……。



「プレゼント気に入ってくれたの? ふふ、うれしい! ――もちろん付けててくれるよね、ノエルくん」



 キャッ、なんて可愛らしい声を上げながら、ミニスカサンタは、無表情だ。表情筋を凍らせたまま、不釣合いに弾んだ口調で言いきった。


 その落差にガクガクと身を震わせて、俺は、コクコクとうなずいた。

 それだけが、己に課せられた重大な使命だと言わんばかりに、必死でくりかえす。



「よかったぁ! じゃあ、いってくるね」



 ふたたび破顔したミニスカサンタが、こんどこそ浮かれた足どりで去っていく。


 赤い背中をポカーンと見送って、ハッと我に帰った俺が、玄関のドアを開けたときには、ミニスカサンタの影はどこにもみえなくなっていた。


 ――あんなに目立つ格好なのに?


 そして、なによりも。



「なんで、ドアチェーンかかってんだよ……?」



 扉と壁をつないでいた、錆びかけた鈍色の鎖。そして、両手をつなぐ、キラキラと眼にいたい銀色の鎖。なんとなく双方を見比べながら、俺は、途方にくれた。


 ……ありえねぇ。





 俺は、占いを信じるタチだ。

 より正確に言うなら、占いに縛られてしまうタチ。


 世の中には、いい結果だけを信じる、なんて現金な輩もいるが、俺は逆。とにかく悪い結果だけが、耳に残って離れない。


 結果的に、当たろうが当たるまいが関係なく、なんでもかんでも悪いことばかり信じこんでしまう。吉兆なんて、いくら挙げつらねられても記憶に残りやしないのに。



「なにが凶だ……」



 机の上にとり残された空のマグカップが、容赦なく現実をつきつける。いや、あらためてつきつけられるまでもなく、もうひとつ強烈なプレゼントがあるわけだが。それはそれ、眼をそらしていたい。


 逃げるか? ……自分の家から?

 馬鹿馬鹿しい。


 しかし、あのミニスカサンタはヤバイ。日常に慣らされた精神のうち、毛ほどにのこった野生の勘が、あれはやばいと告げている。


 見下ろす自分の手首には、無言で存在を主張するゴツい手錠。


 あいつは、なにを考えてこれをつけた?


 この際、どうしてだ、なぜだ、なんて経緯はどうだっていい。問題なのは、過去ではなく未来だ。これからどうなるか。……どうするか。


 合い鍵を作ったとサンタは言った。どこまで本気かわからないが、ここにいる限り、身の安全は保証されない。かといって、行き先があるかって言えば、ないわけだけど。


 ――出かけるのはNG。


 頭のなかで延々と鳴りつづける警鐘に耳をふさいで、俺は、玄関の戸に手をかけた。





 かき合わせたコートの内側に、無骨な鎖を隠して、華やいだ街中を歩いていく。できるかぎり人目を避けて、裏路地から裏路地へと移り、ボロアパートを離れる。


 まずは、手錠を外さないことには、どうにもならない。今晩の行き先はそのあと考えるとしても、冷気にさらされた金属は、正直シャレにならない凶器だった。



「警察……? いや、さすがに」



 彼女にふざけてはめられて、とれなくなったんです。ついでに匿ってくれませんか?


 ――言えねぇよ。


 どんだけ面の皮が厚ければ言えるんだ、そんなセリフ。


 ため息を吐いて、うなだれると、なんだか急に足が重くなった気がして、歩くのをやめた。表通りに戻る気力もない。


 そのへんに転がっていたゴミ箱に腰をおろして、冷えきった壁に背中をもたれさせる。白い吐息が、夜気に遊ぶ。


 なにやってんだよもう、聖夜クリスマスだってのに、手錠ぶらさげて路地裏でボッチ。さいあくな誕生日だ。


 どうせ今年も、わびしくひとり酒だろうと思っていたのに。


 あーあ。

 なんだって、こんなことになってるんだか。



「ははっ……夢みてぇ……」



 渇いた笑い声が反響する。手錠こんなものがなかったなら、ぜんぶ夢だと笑いとばせたのに。なんだよ手錠って。なんだよサンタって。


 ぐったりと体重を預けた壁に、コトリと後頭部まで乗せて、空を仰ぐ。


 あーあ。


 月が隠れた今夜は、絶好の天体観察日和。四方にそびえた建物にくり抜かれた、ほんの一部でも、たくさんの粒が存在を主張する。やれやれ、自己主張の強いヤツらばかりだ。



 ――冬の夜空は綺麗なんだよ。大気が澄んでるから、光が素直に届くの。



 一年前に別れた元カノの言葉を思いだして、よけいに落ちこんだ。いらんこと考えるんじゃなかった。


 自己主張の弱い俺は、自己主張の強い彼女に馬鹿にされてばかりで、うまく反論もできなくて。噛み合わない歯車に焦るばかりで、なんの解決策も示せなかった。



 ――セイちゃんって優柔不断だよね。



 最終兵器なみだを振りかざして、ざっくりと俺に棘を打ち込んでいった彼女は、いまごろ別の男とデート中だろうか。


 ……泣きたいのは、俺の方だった。


 大混乱な思考は、勝手に終わりをつきつけられて、完全に停止した。


 凍った時間にとり残されたのは、俺ひとりで、不完全燃焼な想いをくすぶらせていたのも、俺ひとりで、……ああもう。


 なんだって女はああも切り替えが早いのか。逃げるようにサークルを止めて、バイトに没頭した俺が馬鹿みたいじゃないか。



「切り替えはじめに気づけなかった、俺が悪いのかよ」



 悪者ぶって、すっきりさっぱり終わるなら、どれだけよかったか。


 ミニスカサンタの衝撃で押し流されていた感傷が、じわじわ戻ってくる。そのまんま、深く沈んでしまえばよかったものを。記憶の海のなか、藻屑と成り果てることもなく、海月のように漂っている。


 海月か。星も好きだったけど月も好きだった。中秋の名月だなんだとさわいでいた。忘れたいのに忘れられない。なにもかもを過ぎた日に結びつけて、うしなった影を追い求めてしまう。


 優柔不断だし、ヘタレだし、そりゃ愛想つかされるよな、と無理やり納得しようとして、できないから苦しんでる。


 あーあ。


 嫌味なほど澄んだ冬空に、曇っちまえと息を吐く。無意味な二酸化炭素の排出。ただよう白は夜に溶ける。それを目で追ってから、まぶたを下ろした。


 ぜんぶ無意味。



「――出てきちゃったのね、ノエルくん」



 ミニスカサンタの声が聞こえる。ぴくり、と指先がふるえたけど、無気力な俺はだまったまま。目を開くことさえ億劫。



「忠告したのに」



 淡々と語る声に、怒気はない。どっちかっていうと、あきれに近いような。



「なあ、あんた何者?」

「サンタ」

「はいはい、サンタね……。合鍵って嘘だろ?」

「どうして?」

「ドアチェーン、かかったまんまだった。サンタってのはなんだ、壁ぬけでもできんのか?」

「必要技能でしょ? プレゼントの配達には」

「なるほど現代の家屋に煙突なんざねーわな。じゃ、運命ってどーいう意味?」

「そのままの意味。休息日の褒賞(プレゼント)に選ばれたってこと。拒否権はないの。あきらめて」



 ちぐはぐな回答だが、一応答えてはくれるらしい。なかなかに作りこまれた設定だった。不可解な点はそりゃあるけど、なんかもう、いいや。考えるの面倒くさいし。寒いし。手痛いし。


 味を占めた俺は、そのままの流れでポツリとつぶやいた。



「……なんで俺なの?」

「そんなの本人に聞きなさい」



 私の妹は気難しいわよ、と言い捨てて、立ち去る気配。……え?


 まぶたを跳ねあげて、あわてて辺りを見まわす。

 配管、コンクリ、鉄柵、ゴミ箱、吸い殻。

 ――ひとの姿は、どこにもない。



「いもうと?」



 つまり、えーっと、どういうことだ。


 電波サンタの姉も電波サンタ? そういうことなのか? 電波サンタがふたり? いやいや、まさか。


 ぼうぜんと固まっている俺の耳に、カツン、と石材を踏みつけるヒールの足音が届く。



「待っててって、言ったのに」



 ついさっきまで聞いていた声に、そっくりな、高く澄んでピンと張りつめた声。そこには、あきれの代わりに、さっきまではなかった緊迫感が上乗せされている。


 カッ、カッ、カッ。


 規則的に舗装を蹴りつけて、路地の奥から、せまる影。


 赤いニーハイブーツからのぞく生白い太もも。そこに被さる真紅のミニスカート。同色の上着には、白いモコモコした飾りがふんだんについている。


 そして極めつけは、ツインテールのあいだに乗った三角帽子だ。



「ミニスカサンタ……」



 ほら、室内履きだなんて嘘じゃないか。お前、どんだけ嘘ついてんだよ。存在自体が嘘みたいなんだから、上塗りされたって気づくかよ。


 あいにく鈍さには定評があるんだ。嘘つきの本心なんざわかんねーし、――そんな顔されたって、どうしようもないっての。



「時間も限られてるし、あんまりひどいコトはしたくないんだけどな」



 泣きそうにゆがんだ顔のなか、赤く色づいた鼻と頬。それから、目もと。くしゃりと眉を中央に寄せて、彼女は笑っていた。



「タイムリミットあるの?」

「あるよ。一晩だけだもん」

「今夜だけ?」

「そう。日付けが変わってから夜明けまで。今年の仕事が終わったら、来年の準備があるの」



 だから、逃げないでよ。あんまり必死な声で言うもんだから、捕まってやってもいいような気がしてきていた。


 だけど、ひとつだけ、確認したいのは。



「俺、選ばれたの?」



 運命だなんだっていうけど、そこに人の意思はあるのか。消去法とかあみだとか、そういういい加減なもんじゃなくて、もっと強固なつながりはあんの?



「もちろん」



 即答したミニスカサンタに、たたみかけるように問う。



「なんで? 言っちゃ悪いけど、あんたに選ばれる理由が、ぜんぜん思いあたらない」

「……ひっどいなあ、ノエルくんは」



 寒々しい格好をものともせず仁王立ちしていたミニスカサンタが、ぶるりと身を震わせる。



「ひどいことしか言わない舌なら、噛みきっちゃっても問題ないよね?」

「問題あるよ、死ぬから。……で、答えは?」



 ぶすっと唇をとがらせたミニスカサンタが、やれやれと首をふった。聞き分けがない子どもを相手にするような仕草。そりゃこっちの立場だろう。



「ノエルくんだから選んだの。だけど忘れっぽくて記念日も思い出もどっかになくしちゃうノエルくんは、夢のなかなんて覚えてないんだろうね」

「夢?」



 なんで元カノと別れた理由をしってるんだとか、言ってやりたいことは、たくさんあったけど、なにより気にかかったキーワードは、夢。



「そうだよ。ノエルくんのことはなんでもしってるの。一年前からずっと目をつけてたんだから」



 ミニスカサンタはそういって、ダラリと下げた俺の手首を撫でた。冷えきって赤く染まった素肌を、痛ましそうになぞっていたかと思えば、とつぜん爪を立てる。凍えた神経に、鈍い刺激。



「痛……」

「ノエルくんはひどいね。とってもひどい。興味の悪いことは、ぜーんぶ忘れちゃう」

「覚えてるよ、だいたいは」

「嘘。だって今朝の夢も、その前も、覚えてなんかいないでしょう?」



 今朝の夢。なにか見ただろうか。ひたすらバイトに明け暮れて、酒をあおって、寝て。……ああうん、覚えてるわけがない。



「会いにいくよ、って言ったのに」



 不意に、断片が、思い浮かんだ。


 今朝みた占い。あれは、ほんとうに、情報番組のものだった?


 俺は今日の朝、テレビをつけただろうか。


 ――あれは。



「夢のなか……?」



 たとえば、バイトでミスをして沈んだとき。

 たとえば、教授に怒鳴られたとき。

 たとえば、ささいな行き違いで、親友と大げんかしたとき。

 たとえば、構内で男と歩く元カノをみかけたとき。



 ――どうしようもないなぁ、ノエルくんは。



 どうせ忘れてしまうんだから。さびしげに笑って、とんでもない解決策をあげきた、彼女は。



「ねぇ、ノエルくん。私は、どうしようもない人が好きなの。どうしようもなくひどいノエルくん。まあいいか、でぜんぶ片づけちゃう残酷なノエルくん。なぁんにも考えてなくて空っぽなノエルくん」



 ――どうしようもない子だけど、気に入っちゃったならしかたないわ。運の悪い子ね、ノエルくん。今日の運勢は凶。出かけるのはNG。自宅でまったりと過ごすのがおすすめ。


 朝方になって聞こえてきた、彼女によく似た、もうひとりの声。


 ――私の妹を泣かせないでね? 手痛いしっぺ返しをくらうのは、あなたの方だから。


 重なって響く、姉妹のハーモニー。

 ……ああ、思いだした。



「覚えてないなら、もういっかい言うよ。こんど忘れたら許さないから」



 ミニスカサンタは、手錠ごと俺の手首を握りしめる。



「クリスマスの夜に会いにいくよ。忘れられない誕生日にしてあげる。だから空っぽなスペース、ぜんぶ私にちょうだい?」



 一部なんかじゃ満足しない。ぜんぶまとめて差しだして。にっこり笑ったミニスカサンタは、やっぱりめちゃくちゃで怖いのに、やっぱり綺麗だと、見とれてしまった。


 聖夜の鬼ごっこはゲームセット。降参しよう。はじめから、どうやったって勝てないことはわかってたけど。


 とりあえず、と俺は手もとを見下ろして。



「手をつなげるところから始めたいんだけど、これ外してもらえない?」



 と、うそぶいた。


 そこはせめてハグから始めてほしいなあ、と笑ったミニスカサンタ――って呼ぶのはさすがに間がぬけている。ミカサとでも呼んでみようか。ちょっと人名っぽいし。


 なあ、ミカサ。軽い気持ちで呼びかけてみたら、存外嬉しそうに笑われた。サンタには固有名称ってないんだろうか。まあ、嫌がってないならどうでもいいか。



「優柔不断なノエルくん。よそ見してたら、その眼えぐっちゃうよ? なにを無くしたノエルくんでも、私、愛せるんだから」



 頬を染めて微笑む、猟奇的なサンタクロース。

 いっそこのくらいぶっ飛んでた方が、俺にはちょうどいいのかもしれない。


 まぁ、悪くない。もろもろ目をつぶれば、最高と言ってもいい。どっちかっていうと、最凶? 運勢は凶。それがなんだ。この際、底辺極めてみるのもアリだろう。


 一年に一回のプレゼントだっていうなら、とっておきがいい。そいつに選ばれたなんて、光栄な話じゃないか。囲い込むなら完璧に。こんな中途半端な鎖じゃなくて、がんじがらめに捕えてほしい。



「そこは、よそ見する前に縛りつけといてもらいたいな。できれば物理的じゃなく」

手錠それじゃだめ?」

「だめ」



 泣き虫で電波なサンタが笑う。心の奥につきささった氷の棘が、バッキバキに粉砕されて、消えていく。溶かすどころじゃない強烈な存在感に、ともされる。



手錠リボンをかけた貴方は私のプレゼント。もうラッピングはいらないね」



 苦情を吐こうとして、漏れだした白い息は、まるごと飲みこまれて口内に押しもどされる。目前に迫った陶器のような肌が、ほんのりと淡く色づいていた。


 噛みきられないように舌を逃がしながら、まあいいか、と目を閉じたとき。


 ――手首にかかっていた重しが、消えた。

拙作におつきあい戴きありがとうございました(´ω`謝)


皆様に、一晩早いクリスマスプレゼントを。


本年中の短編投稿は、おそらくこれが最後でしょう。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


また、本作は、夜月瑠璃さまが開催されている「カオス爆発企画」ならびに「ヤンデレ増殖企画」の参加作品になります。


お時間のある方は、ぜひ、そちらもあわせてご覧ください。


作品一覧URL:

「http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/336811/blogkey/806067/」

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