LEVEL-1
フリーターに盆休みなどはない。
パートのオバサン達はしっかりと休みを取って帰郷する中、俺や学生バイト達が昼間に入る事になるからだ。
そんな忙しい盆休みの予定があるにもかかわらず、もう1つ最大級のイベントが起こっている。
本日の昼頃、子供を連れた姉が帰郷しているのだ。
姉は現在旧母親と一緒に暮らしているのだから、新母親のいる実家には来辛いんじゃないのか?別に来るなとは言わないが、何年も実家には寄り付かなかった癖に急過ぎるし、それよりなにより問題なのは子供だ。
家に帰るなり面と向かってオジサンと言われてしまうんだな、俺。
一気に老け込んでしまった気分に浸りつつ、今日早上がりだった千手観音に代わってもらって普段よりも2時間早い帰宅を果たし、家の前に立ったまま大惨事にだけはなっていないようにと願いながら家に入った。
ダイニングでは静かにビールを飲む大人が2人いて、それを一旦無視して子供が何処にいるのかと探しに自分の部屋の中に入る。パソコンに触られた形跡はなく、物の位置も変わった感じはない。とすると親父の部屋か弟の部屋・・・マズイ、もし弟の部屋が荒れ果てていたら後から俺がキレられる!
急いで2階に向かうと、エアコンの効いた親父と新母親の部屋のベッドの上で2人の子供が眠っていた・・・うん、2人だ。
子供、増えてないか?
「早く来いやぁ」
大声で俺を呼ぶ姉は完全に酔っ払いだ。そりゃ行き成り初対面の新母親を前に間が持たずに酒が進んだんだろうが、子供が寝てるってのにその大声は駄目だろ!
気まずい飲み会に参加するべくダイニングに行き、椅子に腰を下ろして話題を探す。急に帰郷しようと思った理由について、これなら不自然さのかけらもない話題なのだろうが、かなり久しぶりに会う姉に対して人見知りをしてしまっているので声を発するなんて無理だ!だからって弟が帰って来るまでこの状況というのは精神的によろしくない。
電話では普通に喋れてんだ、今更人見知りするなんて可笑しいだろ。どんな風に育ったのかも姉がこの家を出て行くまでは見てきた。その出て行ってからの期間の方が長い訳なんだが・・・。
今日の終電は24時39分、それまでには確実に帰るんだから酒を飲みながら時間を過ごそう。同じ寝ると言う行為でも酒を飲んでさえいれば酔ったと言う立派な理由が出来る。
「ごめんね~、お酒もうなくなっちゃったのよぉ」
申し訳なさそうに新母親が言い、空になったビール缶を数回振った。
ふっ、良い時間潰しが出来た。酒とおつまみを買いに行こうではないか!!
「じゃあ一緒に行くか。この辺りのスーパー来た事ないもん」
勢いよく立ち上がった姉は、酔っ払いにしては真っ直ぐに歩いて玄関に向かい、それによって道案内をしなければならない状況を作り出されてしまった。
いってらっしゃいと清々しい笑顔で手を振る新母親に背を向け、近所のスーパーまで案内して晩飯の買い物もしようとカゴを持つ。
大人数だしカレーにするか。それと特売の鶏肉を買って唐揚でもしとけば子供も文句はないだろう。そう言えば麦茶もかなり減ってたし少々もったいないが2ℓのペットボトルのお茶と、後は酒だな。よし、まずはカレーの具材から・・・あ?
献立を考えている間にカゴの中にはポテチやチョコ、ビーフジャーキー等が入れられている。見回すと目の届く場所に姉の姿はない。
買えって事かぁ~!
いや、落ち着け。今日の12時半には帰って行くんだ。今日耐えれば明日からはまた静かな日常が待っている。
大量出費となった買い物を済ませて家に戻り、早速唐揚の下準備を始めながらヤケ酒に近い感じで水割りを飲む。そんな俺の隣では晩飯のカレーを作り始める新母親がいた。なんでもアメタマから作ってみるとか・・・相当ダイニングの居心地が悪いらしい。
親父が帰って来たのは、決して弾む事はないが世間話的な軽い話題をしながらの晩飯が終わった後だった。
弟は子供2人からオジサ~ンとかなり懐かれていて、今は子供2人を連れて自室でゲームをしている。俺が今日初めて見る下の子供からも好かれている事から何度か旧母親の家に行った事があるのだろう。
空になった複数のビール缶を眺めた親父は姉に、危ないから今日は泊まって行けと後先考えてない発言をしたのだが、それに対して姉はさも当然と言わんばかりの表情で、
「そのつもりで来たから」
と。
泊まる気満々だったのか!初めて耳にしたわ!ビックリし過ぎて酔いまでぶっ飛んで行ったわ!朝飯の買出しなんかしてないぞ?泊まるつもりなら来た時にそう言えよ!布団なんか余ってないんだからな?!子供2人は弟に懐いてるから弟の部屋が良いだろうし、そうなると姉も必然的に弟の部屋か?どんな人口密度だよ!
「あの子らはあのままケンの部屋で、あたしはアンタの部屋で寝るわ」
子供の面倒を弟にぶん投げよった!
1日位寝なくても大丈夫だとベッドを姉に譲ってダイニングで夜を明かした朝、太陽の光で目が痛い。
流石オジサン、もう若くないと言う事か・・・。
睡魔に襲われながら何とかこなしたバイト、帰路で思う事は昼寝が出来ると言う願いのみ。しかし、静かである筈の家の中に入った瞬間、ビールを飲んでいる姉と、親父の周りをオッチャーンと屈託のない笑顔ではしゃぐ子供が2人視界に入ってきた。
玄関から動けないでいる俺を見た子供2人は急に大人しくなると、素早い動きで2階に行ってしまった。どうやら人見知りが激しいようだ・・・にしては親父にはあんなに懐いて・・・あぁ、親父までもが旧母親と何かしらコンタクトを取っていたと言う事か。
いや、子供の事は良い。それよりも重要なのは、今日も泊まって行くとか言わないだろうな?って所だ。
昨日みたいに夜になってから急に泊まりますけど?とか言われるのはダメージがデカイ。だったら!
「今日帰るのか?」
茶を冷蔵庫から出しながら視線を合わさないようにし、何でもなさそうな口調を心がけて聞いてみるが、返事がない。聞こえてなかったのかと振り返ると、小首を傾げながら半笑いの姉が俺を凝視している。
「ん?泊まられるのは迷惑?」
ん?じゃねーわ!!
泊まられるのがと言うより、泊まると言うタイミングの問題だ!盆に遊びに行くからって言われたらだいたい日帰りだって思うだろ!泊まるつもりならその電話の時に何泊何日の予定だとハッキリ言っとけよ!後、姉も親父もも~ちょっとは新母親に気ぃ使えよ!
いや、怒るよりもまずは今日も泊まるのかどうかの答えを聞き出すそう。
「子供、歯磨きしてないだろ。今日も泊まるなら歯ブラシ買ってこようと思って」
さぁ、どう来る?
「あ~、歯ブラシね。そっか、じゃあ一緒に買いに行こう」
泊まるつもりらしい。
しかし、一緒に買い物に出た俺は更に物凄い現場を目撃する事になった。姉は歯ブラシを自分用の1本しか買わなかったのだ・・・。
完敗だ、何から何まで綺麗に完敗した。