LEVEL0・1
フリーターになってから早1ヶ月、1番の新入りである俺は高校生バイトですら先輩と呼ばざるを得ない状況に置かれている。
平日なら高校生バイトが入る前に帰っているのだが、休日となれば話は違って、高校生のクセにバイト暦3年とか言う強者が昼に入ってくるのだ。
1度聞いただけで全てのオーダーを把握して定食をセットして行く様は、高校生と言うよりも千手観音。
ならば俺はそれをも上回るスピードでセットされた物をテーブルに運んでくれるわ!
「木場さん、お疲れ~」
千手観音はバイトの時間が終わるなり涼しい顔でエプロンを外して帰っていき、後に残されたのは食器の山。
皿洗いは新入りの仕事だそうだ。
新しい戦場にも少しは慣れて来た気でいたが、新入り扱いは相変わらずと言う事か。見ておれよ高校生、いつか年上の実力を見せ付けてやろうではないか!
オバサン型兵器を回避する為に大きめのヘッドフォンをしながら家に戻ると、玄関先で怪しげな男2人組が家のチャイムを押していた。セールスマンか?いや、作業着を着ているんだから工務店の宣伝か?
時間は夕方の6時前、セールスや宣伝にしては時間が遅過ぎる。
今帰るのは危険だ。家に入ると言う事は、あの男達を招き入れるも同じ事!怪しいセールスは無視に限る。
「はぁーい、はいはい。待ってくださいねぇ」
家の中から甘ったるい声を発しながら新母親が、いちいち玄関から出てきた。
「こんにちは、奥さん。私達は今度この辺り一帯の担当になったんですけど、まだ実績がないので信用もないんですよ~。そこで今回特別に、壁の塗り替えを本当に低価格でやらさせてもらうキャンペーン中でしてー・・・」
マシンガンの如く喋り始めた男は、チラチラとチラシを新母親の前に出しては引っ込め、名詞を渡しながらも延々と喋り続けている。
作業着を着ているだけで普通のセールスマンだ。
「とりあえず旦那さんにも説明をしたいんですが、何時頃に帰って来られますか?」
1人がそんな会話をしている間に、もう1人が徐にメジャーを取り出して壁のサイズを計り始めている。
こんな所を親父が見たら、黙秘して様子を見ている俺が殺される!
「そうねぇ、7時頃には帰って来るかしらねぇ?」
何を言ってんだー!何故敵に詳しい状況を伝えるんだ!7時なら後1時間もないんだからなんじゃかんじゃ話し続けて普通に居座られる!
「見積もりだけでも出して検討して欲しいんですよねー。見積もりを見て頂いて、気に入らなければ全然断ってもらっても良いんで」
いちいち言われんでもそれ位は知っている!そもそも見積もりと契約は別モンだろ。
「あら?そうなの?」
自宅警備兵2代目よ、マジか・・・。
「壁の塗り替えって大事ですからね~。他の工務店なら大体100万前後もするんですよ」
それはフッ素加工の場合、だろ。アクリルなら、何処行っても低価格だ!
「あら、そんなにするのねぇ」
「はぁい!そうなんですよ!それが今回、物凄くお安く出来るんです!」
2代目は家を破産させたいのか?!なんなんだ?セールスの度にいちいちこんな長い受け答えをしていると言うのか?
まさか、フリーター降格から、こんな緊急クエストがあるとはな。
「家になんの用事ですか?勝手に計らないでください」
ヘッドフォンを外して声をかけながら玄関に入り、そのままドアを半分閉める。
「こんばんは。実は今回、壁の塗り替え工事のー」
「塗り替えの予定はありません。パンフレットだけポストに入れて帰ってください」
長話には付き合わない、これが鉄則だ。相手の話しに耳を貸せば最後、怒涛の如く喋り続けられる事になる。だから1番分かりやすい方法をとれば良い。
即ち、玄関クローズ。
緊急クエスト、クリアーだな。