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自宅警備兵  作者: SIN
16/50

LEVEL-6

 ギリギリ足りた朝食を終えた後、昨日と同じ流れで始まった仕事の愚痴大会は不意にこの場にいない人物に向けての愚痴に変わっていた。

 要約すると、姉と旧母親は今あまり上手くいっていないようだ。それに対する弟の相槌は「またか」「今度は何が原因?」と、詳しい事情を知っている風で、姉は姉で家庭事情を包み隠さずにぶちまけている。

 そこまでなら鬱憤を晴らす為に来ているんだろうと思えるし、上手く行く為のアドバイスを聞きに来たのかも知れないとも思えるのだが、姉は弟が提案する仲直り策を事如くのように拒絶した。

 「ム~リ!」

 何を言おうとも、まだ喋っている最中だろうとも吐き出されるその大声に甥と姪が下りて来るほどだ。

 階段を中腹まで下りて来て、姉の様子を伺いながら身を潜めている2人は、さっきまで騒ぎまくっていた姿からは想像も出来ない。

 ビールの入ったグラスを持ち「ムリ」と叫びながら手を振り回し、ビシャビシャと毀れるビールが顔や髪についても気が付けないほどの泥酔っぷりは母親としても、人としてもアウトだろ。

 「ゲームさせたって」

 弟の肩を叩きながら言うと、1回頷いた弟は階段にいた甥と姪を連れ、

 「はいはい、ゲームしよなぁ」

 と、2階に上がって行った。

 急に話し相手がいなくなった姉はつまらなそうにタバコに火をつけ、携帯を取り出し音楽を流し始める。

 黒をベースにしたメイクで髑髏柄の服を着ている姉の選曲は、意外性も何もないヴィジュアル系だ。

 かなり激しい曲で喧しいダイニング内、酒を飲みながら正面に見えるのは泥酔し、自慢のメイクが崩れに崩れたパンダが1頭。

 「カラオケ行こか!」

 急に思い立ったらしい姉は携帯で駅前にあるカラオケ店を検索して料金表を眺め、そのまま2階に上がって行き、多分弟に意見を求めているのだろう、もう1度「カラオケ行こか!」と言っている。

 微かに聞こえて来るのは、

 「えぇで」

 と返事をする弟の声だ。だから始めは2人で行くのだろうと思っていた。しかし、実際は違っていて。

 「大人3人と子供2人でフリータイム」

 と言う事になっていた。

 かなり大きな部屋に通され、真っ先にマイクを握った姉は本人映像付きのヴィジュアル系の曲を選び、弟はアニソンやボーカロイドの曲を中心に選曲、甥は歌う気がそもそもないのかドリンクを飲みながら熱心に映像を眺め、姪は本人映像を楽しむためだけに選曲し、映し出されるPVを見ながらキャーキャーと騒いでいた。

 こんな中で何を歌えば正解になるのだろう。

 とりあえずバラードではないし、洋楽でもない。こうして選び抜いた曲を入れたのだが、姪が姉にこう言った。

 「コレ本人出てこーへんやつやん」

 ふっ、どうやら選曲をミスったようだ。

 フリータイムで歌う事5時間、甥の機嫌が徐々に悪くなった事により帰る事になったのだが、2日から営業を開始させていた駅前のスーパーの派手な甲板を見つけた姉が買い物をしようと言い出した。

 入ってみると酒やパン、スナック菓子にインスタントラーメンといった日持ちする商品が並んでおり、野菜や肉は状態があまり良くない。それでも酒とおつまみ狙いの姉にとっては充実しているように見えているのだろう、かなり上機嫌に買い物をしているようだった。

 後は会計を済ませて帰るだけ、大晦日の出来事が頭に浮かんでは来たがそう毎回問題を起こす筈がない。いくら沸点が低いとは言っても毎回毎回そんな問題が起きる訳が・・・。

 「はぁ?!これ1円ちゃうんか!?」

 あったんですか。

 レジで怒鳴っている姉の所に急いで向かうと、

 「これは58円です」

 と、店員が淡々と説明していた。

 そんな温度差の物凄い2人の間にあるのは1つの菓子パンで、賞味期限ギリギリと言う叩き売り対象商品となっていた。

 あれ?

 キレられている店員に少々同情していたが、確かこの菓子パンはお一人様1個限り1円じゃなかったか?

 レジを離れて確認に行くと、1円とデカデカと書かれているポスターが張り出されている。なにか細かな注意書きがあるんじゃないかとくまなく見てみるが、お一人様1個限り、2個目から58円、としか書かれていない。

 凄い、姉が正当な理由でキレている!

 「なんじゃお前フテコイのぉ!もーえぇわ!イランわ!」

 店員の態度が余りにもふてぶてしかったのか、レジから姉の怒鳴り声が聞こえてきた。

 確かに1円って書いてんのに58円取られるのは可笑しい。それは間違いなく可笑しいがそこまで激しく激怒する事だろうか?

 「なんも買わんの?」

 この騒ぎに気付いてなかったのか、後ろからゆったりとした歩調で弟がやって来た。そのカゴの中には数本のチューハイとスナック菓子と、問題となった菓子パンが1個。

 俺もその菓子パンを買わなければならないと言う訳の分からないトライヤルが発生してしまった。

 おでんは残っていないから今日の晩飯にインスタントラーメンは買おうと思っていたし、問題の1円菓子パンだって58円だとしても充分安い。初めから58円だと思って買えば実にお買い得商品じゃないか。

 「醤油か味噌か塩か豚骨」

 菓子パンのワゴン前、唐突にこんな事を言われれば普通なら何が?ともなる所ではあるが、弟は即答した。

 「塩一択」

 俺は醤油一択だったので5袋入りインスタントラーメン塩と醤油をカゴに入れ、チューハイを2本、スナック菓子を1袋と炭酸のキツイジュースを1本、そして問題の菓子パンを1袋入れてレジに向かった。

 俺の前には弟がいて、菓子パンを58円と発音しながらレジに通した店員に、

 「え?1円じゃないんですか?」

 と、姉とは違ったテイストで店員に指摘していた。

 「違います、58円です」

 何処となく片言になってしまっている店員だが、その表情は姉が言ったようにふてぶてしい。

 「あ~、そうですか」

 追加で何か言おうとした弟は、1度菓子パン売り場の方を仰ぎ見たが、結局58円でお買い上げした。

 そして俺の番。

 来い店員!58円だという事は分かっているんだ!そして58円でも良いから買おうとしてカゴに入れている俺に死角はないぞ!!

 「1え~ん」

 なにっ!?

 何故俺だけ1円で買う事が出来たのか、その答えは出入り口横に張り出されていたチラシにあった。

 1000円以上お買い上げのお客様に限り1個1円。

 と。


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