LEVEL-4
夕方からのバイトとなった大晦日、年越し蕎麦を注文するお客さんで店内は埋まっていた。
昼のラッシュ時と集客数は変わらないが、厨房の中はソコまで忙しいと言う雰囲気ではなく、しいて言うならば蕎麦用の器不足に陥ってる事だけが唯一の問題となっている。
さっき洗ったばかりの器がもう次のお客さんへ、と言うギリギリの状態だが、器が下げられない事には洗う事も何も出来ないのでお客さんの退出待ちという状況。
とは言え、ほぼ満席状態で器が足りているのだから大惨事にはならない筈だ。
閉店した後、蕎麦が余っていたら皆で蕎麦を食べようと店長が提案していたが、この調子なら余る所か蕎麦が切れて早めの閉店と言う事になるだろう。だとしたら、帰りはコンビニにでも寄って弁当を買うか。
「蕎麦4で~す」
下がって来た器を洗っている最中にオーダーが通り、急いで洗いきった所でオーダーを通したバイトが走ってきた。
「9番テーブルなんですけど、木場さんの知り合いですか?」
状況が良く分からずにホールを覗き込んで9番テーブルを確認すると、そこには信じられない人物達が座っていた。そのあまりもの衝撃に頭すら真っ白になった程だ。
どうしてここにいる!?
何故ここに来た!?
9番テーブルには弟と、甥と、姪と、姉が座っていたんだ。
「姉と弟です」
食べに来ただけだよな?この後家に来るとか言わないよな?泊まるとか・・・無いよな?
親父と新母親は年が明けた2日まで旅行に行っているので、その間簡易自宅警備兵として家を守らねばならない!
それでも直接帰れと言い出せない俺は、9番テーブルに蕎麦を持って行った時ですらなにも言えなかった。そして祈る気持ちで家に帰り、玄関を入った瞬間に絶望する。
玄関に靴が散乱していた。
「おぉ、帰ってきたんか」
2階から下りてきた姉は親父も、新母親もいないのを良い事に完全にこの家の住人だと言わんばかりの風格を漂わせている。
守らなければ、この家を守らなければ!
「来るなら事前に連絡しろよ」
帰郷だとしてもそれは最低限のマナーだ。急に子供2人連れて来るなんて当たり前ではないだろ?
「昼に電話したら留守電やったで。それにお前携帯持ってへんやんけ」
だから!何で今日来るって言うのに今日連絡してんだよ!何日か前に連絡しろって言ってんだよ!
いや待て、何故俺が携帯を持っていない事を知っているんだ?何処でそんな情報を手に入れた?親父か弟が情報を流しているとしか考えられない。となれば俺が考えている以上に交流があるんだな。
「数日前に連絡しろって言い直そうか?」
「はぁ!?留守電やったって言うてるやんけ」
2児の母親が、事前に連絡しろって言われただけでキレよった!
相変わらず沸点は低いらしい。とは言ってもこんな時間に追い返すのは流石に甥と姪が可哀想だし、ここは俺が折れるしかなさそうだ。
「酒ないしコンビニ行ってくる」
それと、子供用にジュースとお茶。晩飯は蕎麦を食いに来ていたし、適当に菓子を買っておけば問題ないだろう。
「タバコ欲しいし一緒に行くわ」
こうして寒い中2人でコンビニに行き、それぞれカゴを持って買い物を済ませていく。たったそれだけの事だし、今回は前回と違い子供のジュースやお菓子を姉が自分の持つカゴの中に入れているので俺は何も気にせず自分と弟の分の酒、それとスナック菓子のビックサイズを2袋購入した。
後は姉の会計が終われば帰宅、そこまでは普通だったんだ。店員が年齢確認させてください、と言うまでは。
「はぁ!?本気で言うてんの!?目ぇ可笑しいんちゃう!?」
やっぱ沸点低っ!
「すいませんねー、年末なので一応年齢確認させてもらってるんですよ」
店員よ、アレが未成年に見えると言うのか?それに俺の時はそんな確認なんかなかっただろ。って事は、姉は店員の目から見て不審人物にでも見えたのだろうか?
「アンタなぁ、アタシ30手前やで!?ホンマに本気で言うてんの!?」
まだゴネるのか!?
年齢確認された位なら、若く見られてるんだなってサラッと受け流せる筈だろ!?
身分証明出せば終わるだけの話を何故長引かせてるんだよ!
「確認が出来ないと売る事は出来ませんので」
「はぁ!?自分ホンマに言うてんの!?タバコも買うねんから早く出せや」
「ですから年齢確認できないと無理です!」
この2人が何故こんなにも言い合いを続けるのかは理解不能だが、年齢確認出来ないと売る事は出来ないと店内放送でも言っているんだから店員の言い分が正しい。
「身内です。タスポで良いですか?それと、6番のタバコ下さい」
財布からタスポを出して見せながら姉の吸っている銘柄のタバコを注文すると、店員は俺を舐めるようにして見てから無言でタバコを持って来て、無言でレジを通し、無言でレジ袋の中に商品を入れた。
いくらになるのかと言う金額すら声に出さない様子に、また嫌な予感がする。
「お前その態度なんやねん!」
期待に全力で答えよった!いや、もう好い加減帰りたい。格好悪いとか恥ずかしいとかそんな事じゃなく、こんなモメ事起こしながらの年越しは在り得ない!その一点の為に俺は財布の中にいた紅一点を無言で店員の前に出した。
「5千円お預かりします」
機嫌悪そうに小声で、しかも早口で言う店員。姉は意外と大人しくレジ袋を持って俺の後ろに立った。
よし、後はおつりを受け取って帰るだけだ!まさか夜のコンビニに買出しをすると言うだけでここまでの長期戦になるとは思わなかったな、しかしこのまま家に帰れば年明けまでには乾杯の準備が整うだろう。
チャリーン。
機嫌の悪い店員は、少々高い位置からおつりを渡して来たのだが、少々高い位置からだったので札の上に並んだ小銭が数枚勢い付き落ちてしまった。
受け損なう程気を抜いていた訳じゃないから、ここは店員の態度に問題があったに違いない
「つり位ちゃんと渡せや!」
後ろにいた姉がそう怒鳴りながら出口に向かうと、店員はかなり荒っぽくレジをガンッと閉めこっちに鋭い視線を向けてきていた。
その後、年明け乾杯を無事に済ませる事は出来たのだが、旧年の最後の最後に俺は、近くにあるコンビニに行きにくくなった。というサプライズプレゼントをもらったのだった。