SECOND BREAK
23日の火曜日、明日をイブにひかえた今日をクリスマスイブイブとか言うらしいが、至って普通に天皇誕生日という祝日である。
そんな訳で祝日となった今日、厨房には千手観音がいる。
明日に行われる予定のクリスマスパーティーは結局高校生バイト同士で決めていた事らしく、パートの面々は揃って不参加、そして恋人のいる高校生らも不参加、となれば参加するメンバーなんて数人しかいなかったようで、その後そっとロッカー室の壁からあのメモは消えていた。
「木場さんお酒に詳しいです?」
クリスマスイブイブにしても、天皇誕生日にしても、特に特別な事も起きなかったバイト時間が終わり、普段と同じ段取りで帰ろうとした所へ千手観音に声をかけられた。
しかし、近所のスーパー位しか行った事のない俺が詳しい訳がない。駅の方に向けて5分歩けば結構立派な酒屋があるのだが、そこにすら入った事がないんだから酒の種類なんか日本酒、ビール、チューハイ、ワインとザックリとした種類分けしか出来ない。
待て、千手観音は何故そんな事を俺に聞いたんだ?まさかクリスマスだと理由をつけて飲酒するつもりではないだろうな!?確かにパーティーともなれば飲みたくなる気持ちは分かるし、お酒はハタチになってから、を守っている若者の方が珍しいとも思う!しかしだ、今日は日本の象徴である天皇誕生日なのだ。容易く守れる法律は守るべきではないのか!?
そうだ、ここは成人者として千手観音を正さねばなるまい。
「ウィスキーボンボンをプレゼントします」
コニャック入りのヤツなら200円以内で買えるし度数も3%と結構高い。その上チョコ菓子としても美味しいと聞いた事がある。近所のスーパーにも売っているしな!
しばらくポカンとしていた千手観音は、状況を細かく説明し始めた。それによると千手観音には年上の彼女がおり、その彼女がお酒好きとの事。明日のクリスマスに赤ワインをプレゼントしようとしているらしいが、どれが良いのか分からないと、そんな所らしい。そして未成年では酒が買えないので俺に着いて来て欲しいと頼んできた。
それならばと了承し、スーパーに向かって歩いて行くと流石クリスマス時期、一般のご家庭にも拘わらず電飾が施された家がちょくちょくとあり、それをカップルがすごいねー等と言いながら眺めている。
まだ外は明るく、点灯前だというのにだ!
リア充爆発しろとまでは言わないが、道の真ん中で急に立ち止まる行為が歩行者の邪魔になると何故気が付けないんだ?立ち止まるならせめて道の端に寄ってからにして・・・。
「うわ~、この家凄いですねー」
俺の腕を掴み、その場で立ち止まった千手観音。腕を掴まれているせいで俺まで立ち止まる事となり、丁度後ろから来ていた自転車が急ブレーキをかける音が響いた。
最近の若者と言うのは、注意力低下に陥りでもしているのだろうか?
「明日彼女と見て下さい」
そう言いながら強引に手を引き、やっとの思いで到着したスーパー。目当ての物は赤ワインだが、それだけでもかなりの種類が置いてある。ライトボディーとかロゼとか言われても味の想像が全くつかないぞ?
感覚で選ぶしかなさそうだな・・・。
「明日ローストチキン作るんで、それに合う赤ワインが良いです」
ローストチキンか、牛肉に比べるとアッサリサッパリしているから渋みの強い赤ワインでは合わなそうだな。となれば白ワイン・・・いやいや、赤が欲しいってんだから赤なんだ。って事はアッサリしてそうなロゼが良いような気がする。
そうやってあれこれ考えていたのだが、結局千手観音の予算が3000円だと言う事を重視した赤ワイン選びとなった。
意気揚々とレジに向かって行くと、かなりフライング気味なケーキの特売コーナーが目に飛び込んできた。それもその筈、普通スーパーのケーキと言えばショートケーキが2個入って300円とか、そんなパック販売だと言うのに、今日は1個100円で好きな物を選んで買えるシステムになっていたからだ。
個人的に甘い物は得意ではないのだが、こうしてケーキを見ると買わなければならない衝動に駆られると言うんだからクリスマスを意識してしまっているんだろう。
「木場さん、一緒に食べましょーよ」
とか言いながら財布の中身を確認する千手観音。赤ワインでほぼ消える財布の中身で何故ケーキを買おうとしているのか分からないぞ。しかも彼女とではなく俺と食うのか!
「何処で食べるつもりですか?」
「近くに公園ありますよ」
まさか、こんな寒い中ケーキを手で食おうと言うのか!?そこまでしてケーキが食いたいと言うのか!?
チラっと時計を確認すると4時前、祝日だが弟は仕事で親父は新母親と車でドライブに行っているから帰って来るにはまだ時間がある。人を家に招く事には抵抗があるが、こんな真冬に手でケーキを食わねばならない事を考えると仕方ない。
いつもならヘッドフォンで音楽を聞きながら足早に過ぎ去るスーパーからの帰り道、それを今日は後ろに同行人を連れ、ヘッドフォンを付けない防御力0状態で、いつオバサン型最終兵器が出てきても可笑しくない状況の中でゆっくりとしか歩く事ができない。この恐怖は言葉では表現しきれないものがある。
「どうぞ、入ってください」
お邪魔しますと入ってきた千手観音は、座れば良いのにケーキを準備する俺の後ろをついて回り、目が合うと何故か満面の笑顔を見せてきた。
妙に気恥ずかしく感じるのは、きっと人を家に招いた経験がすくないからだろう。
そんな記念にと俺は練習に練習を重ねたラテ「羊」を初めて自分以外の人に淹れてみる事にした。
コーヒーを淹れ、牛乳を温め、ミルク泡立て器で90秒。
だがしかし、緊張していたせいか綺麗には作れず、お世辞にも羊とは呼べない謎の生き物になってしまったのだった。
「あー、これ何ですか?」
色んな角度から見ている千手観音に俺は取り合えず正解を述べた。
「イカツイうさぎ、ですよ」
と。