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自宅警備兵  作者: SIN
10/50

LEVEL-2

 姉の変わりに子供用の歯ブラシを買ったのが1時間前。

 今は姉と2人の子供と俺の4人で晩飯用の買い物に来ている。どうやら今日の夜と明日の昼、明日の晩飯は姉が作るらしい。

 チキンライスが食べたいと言う子供の為に鶏肉を選びに行った姉、子供らは自分達で買い物カゴを持ち、相談しながら何かを買っているようだ。普通お菓子とかは親が買うものじゃないのか?

 「卵は家にあるか?」

 鶏肉を見ていた筈の姉が手ぶらで来るなり聞いてきたが、普段買い物は新母親が行っているので在庫は分からない。出て来る前に冷蔵庫を確認してなかった俺が悪いか。

 「1パック買っとく」

 卵売り場に行くと丁度ミックスサイズが1パック98円の特売をしている。悩む間もなくそれをカゴに入れ、今回の事で少々嫌な思いをしているだろう新母親に2番目に安い赤ワインを買う。おつまみも何種類か買った方が良いか・・・赤ワインを好んでは飲まないから何が合うとか分からないが、チーズや肉で間違いはない筈!

 「ちょっと良いか?」

 4個入りで100円程度のチーズをカゴに入れた時、姉がおもむろに近付いてきた。急いでカゴを後ろに回して何かを買わされる事を防いだのだが、そんな用事ではなさそうだ。

 「なに」

 何を言われるのかが分からないので緊張していると、姉の後ろにいた2人の子供と目が合った。

 「この子らがズット2人で相談してやってんけどな、誕生日」

 誕生日・・・だと!?

 そんな、馬鹿な。俺と下の子は今回初めて会ったんだぞ?上の子とだって2回目とかそんな程度だ。なのに、誕生日を知っていてくれていたのか!?

 「あ、えっと・・・台所貸して」

 驚いている所で上の子が俺に確認を取っている。ここは新母親に言ってくれってのが本音ではあるが、姪っ子にこんな頼まれたんならこの場で快い返事をしてやりたい。なんと言っても誕生日の為の何かで台所を使うんだよな?

 「この子らオジサンの為にホットケーキ作るって張り切ってんのよ~」

 あぁ、確かにホットケーキミックスと牛乳、ホイップクリームと板チョコが1枚カゴの中に入っている。メープルシロップじゃなく生クリームと言う事はショートケーキ風か。甘いものはそう得意ではないが、出された分は完食するぞ!

 「ありがとう」

 台所使って良いよと返事し、率直な意見として礼を言いながら姪と甥2人の頭をそれぞれ撫でる。あんなに人見知りだった2人が満面の笑顔でレジに向かっていく。

 カゴが別と言うだけでなく、会計まで別か。

 こうして満足そうにしている姉は俺のカゴの中を見るなり卵のサイズについてのケチをつけ、卵コーナーに行くとLサイズを指差し、

 「40円しか変わらんやんけ」

 と、俺の了解もなくLサイズをカゴに入れてきた。そしてまた満足そうにレジに向かって行くその後姿、俺の耳にはもう足音がドスドスとしか聞こえない。

 家に戻り、とりあえず昼寝をしようと自室に入って布団に入ると、何故か土のような臭いがする・・・普通の土と言う感じではなく、泥水を含ませた雑巾?そんな感じの強烈な臭いだ。

 眠たいのに臭いが気になって落ち着かず、仕方なくその正体を探ると、その臭いはかけ布団からしていた。いや、正確に言うとかけ布団の上に置かれていた靴下から、だ。白にピンクの柄の付いた靴下は明らかに子供用、俺がバイトに行っている間に入ってきたのか?にしても何故ここに靴下を放置する必要があったんだ?

 親指と人差し指で摘み上げ、あまりにも臭いのでビニール袋に入れてしっかりと結び、換気の為窓を全開にする。しかし、その臭いを一身に受け続けた布団は重度の臭撃を受けていた。そんな布団の回復を願いベランダに干し、仕方なく雑魚寝しようと寝転んでしばらく、階段からあり得ないほどの騒音が聞こえてきた。

 ガンッ!ゴロゴロガン!ガン!

 延々と続くその音は階段から何かを転がして落としているような音で、10分程続いた後姉の怒鳴り声が聞こえた。

 「なんでスーパーボールにせぇへんねん!」

 なにを言うかと思ったら・・・そうじゃねーだろ!!

 「だって暇やし」

 甥の言い訳の後、再び怒鳴り声、

 「ビー玉はガラスやで?割れたら危ないやろ!」

 まぁ、確かに割れたら危ないわな。けどな、そーでもねーだろ!!!こっちは昨日徹夜してんだぞ、昼寝しようとしたら訳の分からない悪臭を放つ靴下、そして次はビー玉攻撃か!?もう黙ってられるか、子供だろうが姉だろうがカツンと言ってやる!

 「オジサンのケーキまだ焼いたらアカンの?」

 おぅ・・・。

 「晩飯の用意するまでには終わってや」

 姉はまるでここが自分の家かのような口ぶりで甥に言い、それにより姪が2階からドンドンと物凄い足音を立てながら降りて来ると、新母親に向かって遠慮がちな声で、でもどこか強気な台詞を述べた。

 「フライパン出して」

 そこは俺に言ったみたいに台所貸して下さいじゃないのかよ!

 しばらくするとホットケーキの焼ける甘い匂いと共に、フライパンを金属ヘラでギリギリとする音がしてきた。

 ホットケーキだよな?あんな激しく金属へらを使うシーンなんかあるか?駄目だ、気になって昼寝所の騒ぎじゃないぞ!?つか何をするにも五月蝿過ぎるから寝ると言うテンションにならない。

 寝れないからと吹っ切りダイニングに出てみると、新母親が1人で麦茶を飲んでいる。台所には甥と姪、それに姉が3人立っていて・・・やっぱり金属ヘラでギリギリとなにかを切っているような動作と音を立てていた。

 何をしているのか、その答えは大皿に無造作に置かれたホットケーキの形で嫌でも分かる。ホットケーキは丸いと言う常識を覆し、4等分に切られたピザみたいな形をしていた。巨大な1枚のホットケーキをフライパンで焼きながらギリギリと金属ヘラで切っていた訳か。焼けて冷ましてから包丁で切れば楽なんだが・・・。

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、自分と新母親のコップに入れて無言で椅子に座ると、台所にいた姉がドスドスとやって来て何も言わずに冷蔵庫の中を物色し始めた。

 ホットケーキを食べるつもりだと言うのは分かるが、バターなら手前に置いている。物色すると言う事はメープルシロップでも探してるのだろうか?

 「お前なぁ、卵あるやんけ」

 違ったらしい。

 買わされたLサイズの卵、しかし冷蔵庫の中には無開封の卵1パックが既に入っていた。スーパーに行く前にそれを確認しなかったのは確かに俺が悪いんだろうが、なんだ、その人を小馬鹿にしたような表情と物言いは。

 「ゴメンね、昨日私が買ってきちゃって・・・」

 新母親は思いっきり物凄い作り笑いを浮かべながら麦茶を口に運んだ。

 「食べ切るんだし、問題ないですよ」

 言いながら冷蔵庫を無理矢理に閉めてやると、姉は食器棚から3枚の小皿を取り、それぞれに歪なホットケーキを取り分けて俺と新母親、そして自分の前に置いた。

 誕生日祝いだと作ってくれているのは姪と甥、その2人からの了承もなくこんなアッサリと食って良いのか?せめて全部焼き終わった後、頂きますって声かけてから食うってが礼儀だろ。

 「食わんのか?」

 とか言いながらバクバクと食っている姉は、結局1人で大皿1枚分を平らげた。その時だ、子供が新母親に小声でなにかを言っている。言われた新母親は中皿を1枚姪に手渡し、姪は嬉しそうに台所に戻った。微かに聞こえたのはオジサン用に。どうやら皿を別にしてくれたらしい。そうだ、姪と甥はチョコやホイップクリームも買っていた。俺には特別にデコレーションされたモノをわざわざ用意してくれると言うのか・・・だったら、この歪なモノは食べる訳には行かない。腹を空かせておきたいしな!

 夜の8時、いつもより少し遅い晩飯が終わり、内心ドキドキしながらケーキを待っているのだが姪は2階に行き、甥はまた階段の上からビー玉を落とすと言う迷惑極まりない遊びを始めていた。

 ガン!ゴロゴロガン!と言う大音量の騒音にイライラしつつダイニングで麦茶を飲んでいると、昼から遊びに行っていたらしい弟が帰ってきた。

 「今日はチキンライス。食うやろ?」

 真っ先に声をかけたのは姉で、弟はただ頷いて着替える為に2階に向かった。2階から聞こえるオジサ~ンの言葉と、ドドドドドと勢い良く降りてくる足音。姉は先にご飯食べさせてからと言い、姪はつまらなそうにテーブルに伏っした。

 相当腹が減っていたんだろう、弟はチキンライスを高速で完食し・・・姪は楽しそうに台所でホットケーキにデコレーションを始めた。

 「ハッピーバースディオジサ~ン」

 満面の笑顔で姪がケーキを差し出したのは弟の前。

 あぁ、そっか、そうでした。

 俺の誕生日は明後日だが、弟の誕生日は7月。盆に来た姪や甥が弟を祝えるのは今しかないという状況・・・。

 フッ、舞い上がっていて現実的に考えられなかったようだな。顔も見た事もない奴に誰が誕生日をーなんて思うんだ。寧ろ明後日が誕生日だと認知されていない可能性は高いぞ。

 なんだ・・・コレ。すっげ恥ずかしいんですけど!!

 いや、意識したらもっと恥ずかしい事になりそうだ、ここはもういっそ俺に誕生日などないというテンションで迎え撃つしかあるまい!

 なんとか誤魔化しながら酒を飲んで時間を潰していると、時間はもう夜中の3時を回っていた。甥は弟の部屋で既に夢の中、親父も缶ビールを2本飲んだだけで部屋に行ってしまい、ダイニングには俺と姉、新母親と姪の4人だ。

 姪は眠いのかウトウトしている。だったら早く弟の部屋に連れて行こう。の前にトイレだ。

 深酒を防ぐ為、酒1に対し麦茶を2杯飲んでいるので恐ろしくトイレが近い。まぁ、そのお陰で少しも酔ってないんだからこの程度なんでもない。それに今日はガツンと言わないといけないので気を確かに保つ必要がある。

 ほろ酔いで姉に勝てる自信がないんだから自分でも情けないが、それでも今回の姉の態度には目を見張る場面が多過ぎる。2人の子供の親だと言う意識はあるのだろうか?それにだ、子供にも少なからず悪い影響が出ているようにも見える。

 気合を入れてトイレから出ると、ダイニングには新母親しかいなかった。こんな短時間に寝たというのか?マズイ、出遅れた。

 急いで自分の部屋に向うと、中では姉が姪をベッドに寝かせている所だった、

 「この部屋が1番快適やからな」

 そんな言葉をかけながら姪を寝かしつけている姉が信じられない。ここは俺の部屋だって事は知ってるよな?俺がトイレに行った隙に勝手に部屋に入るって神経が理解不能だ。姪があまりにも眠たそうだからと言うならせめてトイレから出るのを待てよ。しかもなんだ?この部屋が1番快適って。そりゃー他の部屋と比べたらベットを占領出来るんだから寝心地は良いだろうよ。

 フッ、上等じゃねーか・・・言ってやる、俺にとっての姉は身内ではなく、お客さんなんだって事を。

 戦闘前の英気を養う為にダイニングに戻り、残っていたチューハイを一気に飲むと、新母親が俺の前に麦茶を差し出した。

 「昨日も徹夜だったんだし、寝た方が良いよ、ね?」

 心配してくれていると言うのか・・・しかし甘いぞ!俺はきっと部屋に誰もいなくともこの状況では落ち着いて眠れていない筈だ。

 俺は昨日姉にライターを貸している。しかし姉はそれを有難うと返却する事はせず、平気な顔でかばんに入れ、もう自分の物として使い始めた。ここにある物は基本的には自分の物でもあるという考え方なんだろう。そんな人間がいる中で熟睡してみろ・・・何を持って帰られるか分からないぞ!その上厄介なのは親父だ・・・必要な物があれば持って帰れと堂々と言い放ったのだ。

 「他人がいると寝れないタチなんで、気にしないでください」

 そう言ってしばらく、姉が戻ってきた。よし、ガツンと言ってやるぞ!

 「眠いわぁ、先に寝るわな」

 え・・・?

 トントンと2階に上がって行く足音、本当に行っちまった・・・。

 な、なんだよ、結局誰も歯磨きしてないじゃないか。

 ごく自然に深い溜息が出た。もう俺に出来る事と言えばヘッドフォンで音楽を大音量で聴きながら、わざわざ強めにキーボードを叩いて騒音を立てる事位しか残ってはいない。少しでもここが居心地の悪い家になるようにとの願いを込めて。

 窓の外が明るくなってきて1番に起きて来たのは親父で、2日徹夜を貫いた俺にコーヒーを入れてくれた。それを飲んでいると弟が降りて来て、3人で朝食をとろうと言う事になった。

 久しぶりに3人、何も言わなくてもパンを焼く弟と卵を焼く親父、そして弟の分のコーヒーを入れる俺。役割ってのがあったんだなって今更になって感じた。

 「身内やけど、なんか気疲れするな」

 パンを齧りながらポツリと言った親父の言葉に、何故か妙に泣きそうになる。

 「今日の夜には帰ってるから、そしたらゆっくり寝れるやん」

 弟はそう言いながら携帯を見ている。こんな早朝に起きて来たんじゃないんだな、皆それぞれ眠れなかったんだ。

 お客さんが起きて来ないまま出勤の時間になり、俺はバイトに向かった。千手観音から「死相が出てますよ」なんて言われたが、なんとか3時まで耐え、今日こそは昼寝をしようと帰った家にはお客さんがいなかった。弟に聞くとほんの10分程前に帰って行ったらしい。

 晩御飯を食べて帰ると言っていた筈で、新母親は姉に言われた通り炊飯器で炊ける最大の5・5合もの米を炊いたと言うのに、1口も食わずに帰ったらしい。

 帰ったという事にはホッとしているが、帰るというのに5・5合も炊かせたのか?いや、それよりも姉は何をしに来たんだ?帰郷だって言われればそうなのだが・・・いや、もう良いじゃないか。要するに手強いお客さんが帰ったんだ。

 よし、昼寝だ!

 そう思って自室に入るとあの泥水を吸った雑巾の臭いがして、部屋中を見渡して臭いの正体を突き止めると、ソレはベッドからしていた。

 あぁ、そっか。あの靴下の持ち主である姪の足があの臭いを放っているのは当然だ。そんな姪は昨日俺のベッドで寝ている。

 フラフラになりながらもかけ布団と敷き布団を2階のベランダに干しに行き、静かな家の中で2日ぶりの睡眠をとった。敷き布団も干しているので寝心地は悪い筈なのに、それでも眠る事が出来たんだから俺は相当疲れていたんだろうと思う。

 2時間程の昼寝を終えてベランダに行き、布団の臭いチェック。まだ少し臭いか・・・仕方ない、明日また干すとして今日はこのまま寝るとしよう。

 こうして布団を抱え、前が見えない上に両手が塞がっているのでかなり慎重にゆっくりと階段を降りていた。

 なのにだ、俺は階段の中腹辺りから爽快に落ちる羽目になったのだ。思いっきり尻餅をついたので腰から尻にかけて激痛が走り、無意識に左腕が体勢を整えようとしたんだろう、肩もやけに痛む。そして聞こえるのは、ガン、ゴロゴロと言うビー玉の音。

 階段に残っていたビー玉で足を取られたらしい・・・。

 フッ、まさかこんな最後の最後にまで爪痕を残して行くとはなっ!もう俺は負けたくない、だから頼む、もう来るな。

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