涼やかな夏の日
じわじわと照り付ける太陽の日差しを浴び、熱いアスファルトの上に佇む少女。
日はまだ高い。今日も最高気温を記録するだろう。
何処かに木陰は無いのか。
周りを見渡すが、ブロック塀と自動販売機がぽつねんと立っているだけだった。
ふと、路面で何かが光った。
近づいて手に取ってみる。
銀色の鍵だ。こんなに暑いさなかなのにひんやりと冷たい。
一時の清涼感を感じ、少女は安堵した。
しかしその心も束の間である。
喉の渇きもいよいよ辛くなって来た。
もう一度周囲を見渡す。陽炎の向こう側に緑が見えた気がした。
逸る気持ちを抑えつつ足早に向かう。
5分程歩くと、森が見えた。
木々が視界に入った為か、体感気温が少しだけ下がった。
白いスカートを翻して、颯爽と森へ踏み込む。
一陣の風が通り過ぎた。
風は水の匂いを運んで来た。
奥に泉が在るに違いない。少女は確信した。
鬱蒼と、しかし美しく茂る木々。緑のカーテンが何処までも続いている。
気が付くと、前後左右が分からなくなっていた。
しかし前に進むほかに道は無い。
10分か1時間か。時間の感覚も危くなって来た頃、突然森が開けた。
其処にはきらきらと日光を乱反射する水面が在った。
澄んだ湧き水は途轍もなく美味しそうだった。
縁に跪きおもむろに両手を差し入れる。
冷たい。手の平ですくい口元へ持っていく。
なんと潤うことか。体の隅々まで満たされる。
欲望が満たされるまで少女は飲み続けた。
やっと一息付くと、水底に何かが見えた。
だが水面が細波だって良く見えない。
覚悟を決め、片足を入れてみる。
水深は少女の背丈の倍ほど在る様だった。
思い切り空気を吸い込み一気に潜る。
水底に見えたものは、扉だった。
錆付いた様子も無く、美しく銀色に輝いている。
先ほど拾った鍵の存在を思い出した。
鍵穴に差し込み回してみる。
カチャリと鍵の開く手応えがあった。
取っ手を引いてみる。案外あっさりと扉は開いた。
中は空洞の様だった。奥の方で青色が光った。
誘われるように更に潜る。
青色は鉱物の様だった。
空洞一面に鉱物が煌めいている。
衝動に駆られ、鉱物の欠片を口に含んでみる。
棘々とした感触と、幽かにパチパチと弾ける感触。
少女は思わず飲み込んでしまった。
嚥下後、何とはなしにお腹が温かくなった気がした。
息が苦しくなり、慌てて浮上する。
先程まで眩しかった空は、いつの間にか夕焼けに染まっていた。
水に漂いながら見上げた空は、紺と橙が交じり合って美しい様相を呈していた。
陽が完全に落ちるまで、少女は飽きることなく空を眺めていた。
星が瞬き始め、のっそりと円い月が顔を出した。
レモン色の円は、惚けた顔で此方を覗いている様だった。
水底の青い鉱物が、月光に照らされて輝き始めた。
お腹を見ると、内側からぼんやりと光っていた。
少し恐ろしくなり、少女は泉から這い上がった。
濡れた服を絞りながら、帰り道を考える。
しかし完全に夜になってしまった後では、森をふらつく事は困難である。
仕方が無い。夏場であるし、凍え死ぬことは無いだろう。
柔らかそうな草が生えている場所を散策し、今夜は此処で一晩過ごすことにした。
寝転んでみると、草の良い匂いに包まれる。
今日は疲れてしまった。今更に手足が重くなってくる。
目を瞑るや否や、すっと眠りに落ちた。
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目が覚めると、見慣れた天井が其処に在った。
夏休みではあるが、いつも通りの時間に目が覚めてしまった。
掛け布を蹴り上げ、一気に起き上がる。
外はすでに日差しが強い。
「今日も暑くなりそうだ」
声に出すと途端に暑さが身に沁みる。
タンクトップと半ズボンを脱ぎ捨て、白いワンピースに着替える。
「さて、今日は何処へ行こう」
窓から見えるアスファルトは、じりじりと焼け始めている。
ふと、デジャヴに襲われる。
こんな暑い日であるけれど、外に出なければと感じた。
10分後、少女は銀色の鍵を手に取った。
fin.