第五想:起と転、開闢
「え〜っと……まあ、夜分に失礼します!」
今、とても信じられない事が起きている。
それは、異常気象や家族が行方不明などのファンタジー的要素を含む展開では無い。
一人の少女が、机の引き出しから出て来るという某ロボットアニメの様な事が、実際に目の前で起きたのだ。
端正な容姿に赤みがかった茶髪が、少女の存在感を際立たせている。
「……どうも、初対面ですが宜しく」
秀一の口から出た最初の言葉は、何とも間抜けな台詞だった。
まあ、こんな状況なら無理も無いだろう。
普通なら、夢かと疑ってしまう状況に置かれているのだから。
しかし、ここは紛れも無く現実の世界だ。
夢と疑う余裕は、今の秀一には残念ながら持ち合わせていない。
「わぁー!何か、狭くて汚い刑務所の一室みたいな部屋だね!」
少女は、秀一の部屋を見るなり気にしてる事を躊躇もせず言い放つ。
「ぐあっ!何も初対面でそこまで……」
自分より背の低い、しかも女の子に言われたショックで、秀一は精神的にやられてしまった。
それを見かねて、今度は今まで黙っていた準が質問を投げ掛ける。
「代理、黒沢準。俺からも良いか?」
「黒沢準……って言うんですか?」
そう言いながら、まじまじと準の顔を見つめる。
「ああ、そうだけど……どうかしたか?」
蒼い瞳から出る上目使いの眼差しに、恥ずかしいやらで目をそらす。
最も、身長の差で勝手に上目使いになっているのだが、本人に取っては全く関係無い。
「その黒髪に、透き通った目の色……格好良いじゃないですか!」
「へ?」
突然放たれた、少女からの告白まがいの言葉。
思わず、全然関係の無い秀一まで驚かずにはいられなかった。
「私、今現在任務を遂行しています、エリアと言います!」
「エリアって名前か?変わってんだな」
「そうですよ!黒沢準さんも、格好良いのに面白い人ですね!」
まるで、仲の良い先輩の家に遊びに来た後輩の様な会話をする二人。
いつの間にか、準と秀一の間にはしっかりと境界線が引かれていた。
「あの……」
主人公という立場すら危うく感じた秀一は、必死の思いだった。
――普通なら、エリアがヒロインで俺が主役、準がちょい役の筈。
なのに、何故準とエリアが仲良くなって、俺が完璧仲間外れ。
こんな小説、あんまりじゃないですか?
――と、心の中で一通り嘆いてみる。
「……あの、俺に対してのイジメですか?」
かつて、これほど酷い仕打ちを受けた主人公がいるだろうか?
ついに、主人公という立場を捨てて、そこまで考えてしまった。
「ん?おっ!シュウ、随分静かだったな?」
「本当に、あんまり静かだからいないのかと思ってたよ!」
よほど秀一の事が眼中に無かったのか、無神経な発言をする二人。
しかし、それでも秀一はくじけなかった。
「俺は天春秀一。準とは幼馴染みで一緒の高校に通ってる!」
もうやけくそで、自分から聞かれもしないのに自己紹介をする。
「よし!……ようやく言ってやったぞ」
自分では、真面目に考えていた事を思うがままに言っただけ。
今回は、まさしく真剣そのものである。
「あはは!なんか似てるんだね!二人は」
しかし、意に反してエリアは楽しそうな表情のまま笑い始める。
本当に屈託の無い、無邪気な笑顔だった。
「似てる……俺とシュウのどこが?」
「……さあ?」
複雑な感情が入り混じったまま、二人は疑問の声を上げる。
「何でも無い!随分間が空いちゃったけど、改めてよろしくね!」
首を横に振り、エリアは右手を差し出した。
秀一も、秘密にしたい事柄を詮索する様な真似はしなかった。
ただ、お互いに握手を交わすのみ。
「おうっ!エリアもよろしく頼むぜ!」
二人は、お互いの手をしっかりと握り、力強い握手を交わした。
人間、積極的って事も大事だなと、秀一は密かに思っていた。
そして、さっきまでの暗かった雰囲気も、エリアの明るさと笑い声で緩和された様だった。
「さて、場もまとまった所で、いよいよ本題に入りますが……」
今三人は、小さく輪になって秀一を中心に話を進めている。
今の状況を考えると、呑気に遊んでばかりはいられない。
しかも、聞きたい事がありすぎて話の手順が良く分からなかった。
「よし、じゃエリア」
「はいっ!」
取り合えず、一問一答のQ&A方式で話を進める事にした。
「まず、君は何故机から出てきたんだね?」
「それは、人のいる場所に来ようとしたら、たまたま机の引き出しに出てしまったからです」
「ふむ……こんな事は今だかつて初めてだ」
空き巣常習犯に、ベテラン刑事が取り調べをするかの如く、シリアスに話を進行させる。
「う〜ん……確か昔のアニメに、ドラえ……」
「待った!その発言はいかんせん危ない!しかも今だって立派に放送してるからな?」
とあるルールに引っ掛からない様、秀一は余計な事に注意を払う。
この調子では、とてもシリアスに話を進める事は出来そうに無い。
「はぁ……ただでさえ真剣なシーンの少ない展開だってのに……」
「まあまあ!そんなに沈まないで」
エリアとの応対に苦戦する秀一に、すかさず準の援護が入る。
「エリア。ちょっと聞きたいんだけど、人のいる所に出て来たって言ってたよな?」
「はいっ!ちなみに、この町にいるのは、お二人だけです」
明るい表情で、さらっと恐ろしい事を言って退けるエリア。
だが、今更そんな事には驚かなかった。
これで動じてたら、今の時点で精神がやられてしまっている。
「気温もそうだけど、何でこんな事になっちまったか分かるか?」
「任せて下さい!その事については、きちんと掴んでありますから」
暫し、その光景を黙って静観していた秀一。
人が変わっただけで、こんなにもシリアスになれるんだなと、心の底から感じていた。
「人が消えた事、町の異常気温、そして、私が出て来た理由……全てが一つに繋がるんです」
この時ばかりは、エリアも真剣な表情だった。
笑いを一切排除した、渦々しい空気が三人の間に流れていた。
「全ては、魔力を狙った奴らの仕業……負の波動が原因しています」
「負の……波動?」
秀一も、エリアの発言に疑問の声を上げる。
しかし、これを嘘だと疑う余地は無い。
否、嘘と疑う要素が何一つ無いのだ。
「はい。しかし、私の他にもこの町に来た仲間が一人だけいます」
「仲間って……じゃあ、今そいつはどこにいるんだ?」
「それは……」
エリアが核心部分を話そうとした、瞬間。
“ピンポーン!”
再度、あのけたたましい玄関のインターホンが鳴り響いた。
その音は、まるで洞窟の中で反響させた様な威圧感を放っている。
「おい、確か……」
「ああ……」
エリアの話では、この町の人間は消えていて誰も存在しない筈。
にも関わらず、一体誰が来訪するというのか。
「この感じ……奴だ!間違い無いよ!」
突如、慌てた様子でエリアが口を開く。
この時から、運命の歯車は彼等と共にゆっくりと動き始めていた。