第四想:会と異、邂逅
「はいはいはい!今開けますから!!」
過度の呼び鈴地獄に、秀一はもはや半分キレ気味だった。
あれから、何度も何度も呼び鈴を連打され、通算五回目。
怒りのボルテージが蓄積されるのも、人間なら当たり前だった。
「はい!誰ですか」
そう言いながら、小さな覗き窓を使って来客の姿を確認する。
「って、うわっ!!」
「なっ……!」
そこから見えたのは、親友である準の顔のドアップだった。
二人は、ほぼ同時に、お互いの行動に驚いて声を上げていた。
「じ、準!?」
「むっ!さっきの悲鳴と言い、その声色……シュウだな?」
こんな時間に、思わぬ人物の来訪。
即座に、これは何かあると予測出来た。
「まあ、入れよ!今から親に、準が来たって報告するからさ」
そう話しながら、無造作に玄関の扉を開ける。
そこには、普段着に身を包んで、少し息を切らしている準がいた。
「おい、どうした?息なんか切らして……」
「待った!」
秀一は、即座に部屋へ招こうとしたのだが、準にそれを阻止された。
「へ?」
呆気に取られている秀一を見ながら、準は強引に右手で握手を交わす。
「シュウ……やっぱり無事だったか」
「へ?……無事?」
その言葉に、秀一の脳内には大量のクエスチョンマークが浮かんだ。
しかし、秀一には、準が冗談でこんな事を言っているのでは無いと確信していた。
何故なら、準の目つきがこれまでに無い程真剣だったからである。
「で、ちょっと外に来てくれないか?」
「あ?ああ!!」
言われるがまま、秀一は靴を履いて外に出てみた。
「うわぁ……」
思った通り、外の気温は冬にも関わらず秋の様に暖かかった。
これに加えて紅葉が舞っていたら、秋と言っても良い位である。
「変だよな?こんなに暖かいなんて……」
この奇妙な状況を肌で感じながら、秀一は恐る恐る言葉を放つ。
「いや、それもあるんだけどさ……実は、どうしても放って置けない事が一つあるんだ」
そう言い、準はいきなり冷静な態度に雰囲気を変えた。
その行動に、流れていた空気が重くなる。
「シュウ、落ち着いて聞いてくれよ?」
「…………」
まるで、何かを知っている様な口調で言う準の様子に、秀一は只ならぬ雰囲気を覚える。
これはもう、普段から見ている、冗談を言う準の顔では無かった。
重い空気の中、準から驚くべき言葉が放たれた。
「実はな……俺の家族全員、消えたんだ」
それは、本気と捕えるならば、あまりにも衝撃の台詞だった。
いくら真剣とは言え、そんな映画みたいな事が現実に起こるもんか?
まるで、そう言いたげな顔をしている秀一。
「じゃあ、シュウの親は今何してる?」
ここで準は、一旦話題を変えた。
それは、話に確信を持たせる為にやる、たった一つの方法。
「……そりゃあ、晩飯の準備じゃ無いか?」
今の時間なら、多分家族の夕飯作りに追われている頃だな。
そう、準の発言を呑気に受け止める。
「……ちょっと、呼んでみてくれないか?」
「ああ、別に良いぜ」
準の言葉通り、一旦家に入り台所へ行き母を呼んでみる。
「母さん、今ちょっと準が……」
そこまで言い、目の前の光景に続ける言葉を失った。
何故か、仕事を終え帰宅しているはずの父。
そして、学校から帰っているはずの弟の姿も無かったのである。
しかも、テーブルには晩の食事すら並べられていない。
「えーまじかよ……冗談だろ?」
驚きの表情を隠しきれないまま、ゆっくりと台所へ向かった。
もしかすると、三人仲良く料理を作っているのかもしれない。
しかし、そんな悠長な願いは、儚くも潰されてしまった。
「……誰もいない」
やはり、どこを見ても家の中には人の気配が無かった。
家族揃って外食、にしては、財布も携帯も車も停車してあった。
あらゆる可能性を、しらみ潰しに探すが結果は同じ。
どう考えても、皆目見当が付かない。
「シュウ、やっぱりお前の所も駄目か……」
「らしいな……って勝手に入るかよ普通!!」
いつの間にか、準はちゃっかりと家の中にお邪魔していた。
「良いじゃん!別に、誰もいないんだし」
「……ったく」
準はさておき、今の状況から結論が出た。
――俺の家族全員、消えたんだ。
今回は、準の言葉を信じるしか無かった。
「近況、お互いの家から家族が消滅……」
「しかも、外出や夜勤の痕跡は無し……か」
秀一の部屋で、二人は途方に暮れていた。
携帯は圏外、家族はいなくなり、おまけに秋並みの異常気象。
もう、解決まで待つしか無いと思っていた。
「はぁ……これからどうすりゃ良いんだか」
「う〜ん……」
いくら思考を巡らせたとしても、出来る事は全てやってみた。
今まで、何度も二人コンビになって苦難を解決して来た。
しかし、こればかりは本当にお手上げ。
本当に、手も足も出ない状態だった。
「……うわ!?」
「わっ!どうした?」
沈黙を打破したのは、秀一だった。
いきなり、驚いた様子で目の前の机を指差す。
「……もう俺、付いてけねぇっての」
「机が、揺れて……」
眼前で展開される机の様子に、準も立ち上がって驚愕した。
準の机が、ガタガタと地震の時の様な音を立てて揺れ始めたのだ。
初めは小さかったが、それは段々大きな振動に変わっていた。
「くそっ!シュウ、これ固定すんぞ!!」
「合点!」
場の勢いで、腕力を使い机を動かない様にロックしようとした。
このままだと、一分後には確実に机が崩壊していまう。
しかし、押さえる直前に揺れは治まった。
「……あ、れ?」
「止まった……」
ほっと胸を撫で下ろした二人は、もう完全に油断していた。
ほっと胸を撫で下ろし、再び椅子に腰掛ける。
「そこ!こんな時に安心とかしない!」
その時、不意に耳をつんざく様な大きい声が秀一と準に響いた。
それは、明らかに男の声色では無い。
しかも、それの発生原は先程揺れていた“机”からだった。
「はっ!!?……つ、机が喋った?」
「新種、だ!!」
かなり警戒、というか現実を拒絶しながらも、二人は様子を伺う。
「だから、こんな状況でボケないでってば!」
次の瞬間、引き出しがガラッと開いた。
まるで、地下室の階段を登って来た様に、異様な出方をする。
そう、某ロボットアニメよろしくな登場の仕方をしてしまったのだ。
「んっ!と……」
スムーズな流れで、秀一と準の前に現れ、開口一番突っ込む。
その姿は、紛れも無く一人の少女だった。