第三想:夢と現、白夢
「ん……うっ……」
夢の中で繰り広げられる展開に、秀一は現在進行形で苦しんでいる。
額や首には、所々汗がにじんでいた。
こう見ると、どうやら相当な悪夢らしい。
「……はっ!!!」
驚愕の表情で、秀一はベッドから飛び起きる。
素早く辺りに視線を走らせるが、特に変わった所は見られない。
いきなり場面が移動したので、まだ状況を掴めていなかった。
(夢……か……)
すっかり冴えた目を擦りながら、秀一は安心して欠伸をする。
正直、あれが現実に起きてしまったら、どう対応しようかと思った。
秀一が見てしまった夢の全貌は、こうだ。
舞台は、普段通っている馴染みの高校で、夕方の教室。
その日は、夕焼けが特別に綺麗だった。
教室には、俺(秀一の視点)と同じクラスの女子が一人、生徒会の関係で居残りの仕事をさせられていた。
仕事を終わらせて帰ろうとした俺に、彼女は突然話しかけて来た。
『秀一君……話があるんだけど、五分経ったら屋上に来てくれない?』
たった一言告げ、彼女は扉を開けて静かに教室を出て行った。
(絶対告白されると思ってたな。この時は)
ちなみに、括弧の部分は夢を回想している秀一の思考である。
やがて、あっという間に五分間は過ぎた。
教室から出て、一旦目を閉じ深呼吸をする。
そして、屋上に続く階段を一歩ずつ踏みしめる様にして上った。
その時は、複雑な感情が心の中にあって、これから起こる事すら考えられなかった。
(階段が教室の真ん前にあって、屋上?明らかにおかしいよなぁ……)
ついに、屋上の扉の前まで来てしまった。
軽く力を加えると、扉はまるで俺を招くかの様に自然と開いた。
(ちなみに、屋上にある扉は鍵が壊れてて開かない。どうよ?この、夢ならではの矛盾!)
そこには、辺り一面夕焼けに覆われた世界が広がっていた。
その光景に、俺は思わず見とれてしまう。
そして、ふと気配がした方向に目線を送ると――彼女は、いた。
長い髪の毛が紅色に照らされる光景は、とても綺麗だった。
『話って……何?』
彼女の隣に立ち、俺は思い切って今回の目的を自分から訪ねてみた。
時々、夕暮れの様な心地良い風が吹く。
『…………』
少し俯き加減で、何かを言いたそうな仕草を取っている彼女。
『…………』
俺は、彼女の気持ちが落ち着くまで、いつまでも待つつもりだった。
『……あの』
すると、彼女は急に優しい口調になり、こんな言葉をぶつけて来た。
『死んで下さい!』
その瞬間は、夢だったにも関わらず真面目に驚いてしまった。
しかも、その目は確実に俺を捕えている。
間発入れる暇も無く、彼女は背後に回って俺の両肩に手を乗せた。
『さよなら。またどこかで会いましょう』
それが、彼女から出た決定的な言葉だった。
気が付けば、俺が立っているのは、落ちたら確実に命が無いであろう程の壮絶な高さ。
『え……?』
次の瞬間、両肩にドンっと衝撃が走り、体が宙に投げ出されていた。
体を支える感覚が無くなったのが分かった。
(この時は……さすがに、死を覚悟したよなぁ……)
そして、地面に落ちる寸前で目が覚めた。
これが、今回見た夢の一部始終である。
「悪夢だ……くそっ」
目も覚め、やっと今の状況を掴めて来た。
何でちょっと転寝をしただけなのに、こんな説明困難な夢を見てしまったのかと嘆く秀一。
しかも、七時になったのに母から夕食完成の知らせが来ない。
仕方無く、気分を晴らす為に窓を開けて外の空気を入れる。
「おお……」
風の温度は、今の秀一からすると文句の無い暖かさだった。
――暖かい?
“冬”なのに、外はぽかぽかしてる。
「……えええええ!?」
一ヶ月に一回出すか出さないか位の声で、思い切り近所迷惑な奇声を発してしまった。
冬なのに、外の空気はTシャツでも十分な程に暖かかったのだ。
時々、部屋に中途半端な暖かさの風が吹き込んで来る。
その風が皮膚に当たる度、秀一の体には逆に寒気が走っていた。
「有り得ねぇ!全国の気象衛星はきちんと点検されてんのかよ!?って言うか……天気がどうとかじゃ無いな!これは」
等と、意味の分からない台詞を述べながら部屋をうろついて回る。
その時、突然玄関のチャイムが鳴った。
(……誰だ?こんな異常気象の時に……)
不意を突かれた独特の音響に、思わず足を止めて立ち尽くす。
なるべく、冷静かつ迅速にこの状況を分析したいのだが、取り合えず玄関まで行く事にした。
――来客を片付けてしまってから、この異常気象の原因を調べよう。
そう思いながら、足早に階段を降りる。
“ピンポーン!!”
その途中、二度目の呼び出し音が家の中に鳴り響いた。
「むぅ……煩わしい」
その大きな音に、秀一は思わず普段言わない様な言葉を呟く。
外の異常気温と帰宅途中のトラブルに加え、これ以上は無いかもしれない程究極にタイミングの悪い来客。
連続で起こる事象に、秀一は不幸なのか幸福なのか分からない、妙な気分に陥っていた。