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頬を可愛らしく染めていたカトレアは今更ながらふと気付いた。
私すごく目立っているわよね、と。
メシャンス姉妹に続き、長男であるコルヌイエまで現れたのだ。
好奇や同情の視線にはいつの間にか嫉妬という恐ろしいものまで加わってしまっている。
カトレアは自分の置かれている状況にブルっと震えると、少しずつ距離を置こうと後退し始めた。
するとなんとも目敏いご令嬢方は一目散にコルヌイエの所に集まってくる。
王には劣ってしまうコルヌイエだが、従兄弟であり公爵家の跡継ぎとなれば十分に魅力的な殿方だ。
しかもいまだ独身。
王家が駄目でもあわよくばメシャンス家を、などと考えているのが見え見えだ。
見目も評判も悪くないから、娘たちも喜んでお近づきになろうと奮闘している。
コルヌイエは明らかに引いていると思われるが、さすが顔には出ていない。
ここに次男のマルグリットがいたらもっと面白いことになっていたかもしれないなとぼんやり思った。
という訳で人の波に押されたカトレアは無事に壁の花となった。
コルヌイエが何か言いたげに視線をよこすのがわかったが、悪いと思いつつカトレアは自分可愛さをとってそ知らぬふりをした。
そして侯爵は一体どこにいるのかとそれとなく探しているうちに王のご登場である。
「国王陛下並びに王太后陛下のおなりでございます。」
その言葉であれほど騒がしかった場が静かになり、皆が一斉に頭を下げる。
カトレアは周りと同じように頭を下げつつ感心していた。
若き王クリザンテームは決して侮られてはいないのだと肌で感じたからだ。
王太后もいるからというわけではないだろう。
空気が全く違う。
張り詰めたものにぞくりとし、カトレア自身にもわからないがなぜか口元には笑みが浮かぶ。
「皆、面を上げてよ。」
美しい。
第一印象はこれにつきた。
カトレアは絵姿で王の容貌をなんとなく見知っていたが、実際見るのは初めてである。
コルヌイエと色彩は同じはずなのに与える印象は全く違う。
砂色の短髪に薄い緑色の瞳は鋭く冷徹そうで、それがさらに美しさに拍車をかけているように思えた。
しかし薄い唇から発せられる声はそれとは裏腹にとても穏やかなものだった。
その言葉を聞くと周囲が柔らかな空気になるのがわかった。
「今宵は―――」
カトレアは王が話し始めた内容を耳に入れてはいたがさほど集中していなかった。
大多数は若き王を尊敬の眼差しで見つめているが、邪な目も勿論存在する。
そんな周囲の様子をこっそり見る方が彼女にとって興味が引かれたようである。
王の言葉はそれほど長くはなかったらしく、すぐにその場は活気を取り戻した。
次に皆に王たちに直接挨拶しようと列をなす。
それを見てカトレアは気が進まないながらも、侯爵を探そうと列の前方へと足を進めた。
やはり前方の方にいた侯爵に声を掛けると周りの視線がぐっと集まる。
「おお、これはこれは噂に違わずお綺麗ですな。」
「本当に・・・。陛下もさぞかしお気に召すのでは?」
「うちの息子にぜひとも引き合わせたいものです。」
真実そう思っているのかわからない会話がそこら中で繰り広げられる。
全く晒し者にさせられた気分だとカトレアは心中で思う。
そんな娘をよくわかっているのだろう、侯爵は苦笑しつつ上手くかわしていた。
王と王太后との会話は短く簡単なものだった。
2人は興味深そうにカトレアを見ていたが、特別何か言うことはなかった。
御前を去る途中で後ろに控えていたクロキュスと目が合うと、彼はカトレアに優しく微笑む。
内心やめてくれと思いつつカトレアも優雅に微笑んでみせた。
王はそれもまた興味深そうに見ていた。
侯爵は人が多い所になれていない娘を気使ってか、あまり人気のいないバルコニーへと場所を移動していた。
「さて、とりあえず顔見せは済んだな。」
「ええ。初めてお会いしたけれど美しい方ね。まるで彫刻みたいだと思ったけれど、声がとてもお優しくてほっとしたわ。」
「そうか。実際お優しい方だよ。」
カトレアの言葉を聞いて侯爵は嬉しそうだったが、急に神妙な顔をした。
「すまないね。今更だが早くお前の婿を決めておくべきだった。」
「あら。でも何人かは候補が挙がっているのでしょう?」
「まあね。お前の幸せを考えるとなかなか決められず・・・。妻がいてくれたらと本当に思うよ。」
「そうね、お母様がいたら何て言うかしらね・・・。ちなみにどんな方がと聞いても?」
しんみりした雰囲気を払拭するために、カトレアは前々から気になっていたことを聞いてみた。
すると侯爵はにやりと笑う。
「お前は今日その方とお会いしているよ。」