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クロキュスがそろそろ戻らなければならないということで、あの後すぐに別れた。
「また後程お会いしましょう。」
そう言ってカトレアの手を取ると優しく口づけを落としたのを思い出す。
カトレアが少しどきっとしたのは内緒である。
確かウイエにも今日同じことをされたが、特に何も感じなかった。
この違いは何かしらとカトレアは首を捻ったが、彼女に考える暇は与えられなかった。
うるさい小鳥たちに見つかったからだ。
「あーら、どこの下働きが紛れ込んだかと思ったらカトレアではなくて?」
背後から掛けられた声にカトレアの気分は一気に下降した。
知らないふりは出来ないものかと思ったが、そんなことをしてもしつこく絡んでくるだけだとすぐに諦める。
にこやかな顔を作って、くるりと振り返るとやはり思った通りの人物がいた。
「相変わらず地味ねぇ。なんだか辛気臭いわ。」
「本当ですわね、お姉様。カトレア、貴女ここが何処だかわかってらっしゃって?」
「御機嫌よう、オルタンシア、メレーズ。お元気そうでなによりだわ。―――ここは王宮だけれど何か?それより貴女たち挨拶もろくに出来ないのかしら?」
「・・・御機嫌よう、カトレア。」
2人そろって苦い顔で挨拶をする。
オルタンシア・メシャンスとメレーズ・メンシャス―――例の公爵家の娘たちである。
カトレアは彼女たちの後ろをそっと覗いたが、誰もいないようだった。
とりまき程度ならどうにかするが、親鳥が付いているとなると少し不味い。
不味いというか勘弁して欲しかったのでほっとした。
しかし改めて2人に向き合うと、目がくらくらしてたまらない。
オルタンシアは胸元の開いたディープピンク色のドレス、メレーズはさらに深く胸元に切れ込みが入ったライム色のドレスを着ていた。
それぞれが大きい宝石をあしらったネックレスとイヤリングを付け、キラキラと輝かせている。
そしてメンシャス姉妹は見事な金髪に緑色の瞳をしていたので、なんとも目に優しくない配色だったのだ。
各々が主張しているため、結局魅力が半減してしまっている。
そう、この姉妹は趣味が悪い。
「ふふふ、私たちの装いがあまりに素敵で驚いているようね。」
「・・・ええ、驚いているわ。何とも言えないわね。」
「そうでしょうとも。」
「貴女には無理でしょうよ。おほほほほ。」
「・・・そうね、到底無理だわ。ふふふふふ。」
とりあえず会話に合わせさらりと本心を言う。
カトレアが遠い目をしても、彼女たちはぺらぺらとしゃべり続けている。
こうなると収拾はつかない。
周りがなんとなく遠巻きにこちらを見ているのがわかった。
皆よほどの事情がない限り、メシャンス姉妹には自ら進んで関わりたくないようである。
ちなみに皆が注目しているのには、滅多にお目にかかれないプリュダント家深窓の令嬢カトレアがいることにも要因がある。
「カトレア!!」
救いの神、とカトレアは自分の呼ばれた方に顔を向けた。
少し急いだ様子でこちらにやって来たのはコルヌイエ―――メシャンス家の長男で問題の2人の兄である。
絶対的頼れる存在に顔が綻んでしまう。
その表情に気が付いた彼は苦笑していた。
「コルヌイエ。お久しぶりですね、お元気でしたか?」
「ああ、見ての通りだ。君も元気そうで・・・また綺麗になったな。」
「ふふふ、本当かしら?でも貴方にそう言ってもらえると嬉しいわ。」
「本当だよ。」
コルヌイエは目を細めてカトレアを見つめた。
するとカトレアはらしくなく頬が染まるのを感じた。
姉妹とは違って見事な金髪ではなく砂色の髪だが、彼にはその方があっているように思う。
瞳は薄い緑色で、どうもその目に見つめられると昔からどきどきしていまうカトレアだった。
何を隠そう、コルヌイエはカトレアの初恋の相手なのだ。
昔からメシャンス姉妹から絡まれていたカトレアを助けるのはコルヌイエの役目だった。
公爵家という身分の高いお嬢様たちから、身を張って助けてくれる人は全くと言っていいほどいなかった。
メシャンス家次男であるマルグリットも助けはしてくれるが、姉妹に見事に返り討ちを食らってしまう。
そんな中ただ1人庇ってくれるのは彼女たちの兄であるコルヌイエ。
正に魔女の危機からお姫様を救い出してくれる王子様である。
好きになるのは自然の流れであった。